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第22話 解散! 解散だってば!

 こんなに青ざめたエルノルドの顔を見るのは、ゲーム全編を通して一度もなかった気がする。

 自分よりも動揺している人間を見ると冷静になる、というのはそのとおりで、エリカはあまりにも可哀想な有様となっているエルノルドのおかげで冷静さを取り戻した。

「エ、エリカ!? そこにいたのか!? いや、アメリーも一緒に!?」

 とはいえ、白々しい、とイラッとしないこともない。もはやエルノルドを見る目は変わり、ちょっと天罰を受けてほしいと思うほどだ。

 エリカの背後に、アメリーがやってきてつぶやく。

「どういうこと……?」

 エリカが振り返った先には、思わず鳥肌が立つような——嫉妬に狂った女の顔があった。

 これはまずい。エリカは大慌てでなだめに入る。

「アメリー! ちょっと落ち着こうね! 何がどうなってここに来たの?」

「……どうしてそれをあなたに言わなくてはいけないの?」

「落ち着け。アメリー」

 空気を読まない男、元凶たるエルノルドまでアメリーをなだめにかかったせいで、アメリーは震える唇からとんでもないことを言い放つ。

そうなのね。あの女が、また私から奪うのね」

 VIPルームに足を踏み入れたアメリーは、ベルナデッタをきつく睨みつける。当然ながら、ベルナデッタはいちゃもんをつけられたも同然で、少々怯えつつも生来の気の強さから反論を試みる。

「奪ってなんか」

「奪ったわ! あなたさえいなければ、! あなたが余計なことを言わなければ、あと一歩で勇気を出せたのに!」

「はあ!? いきなり来て何!? 訳の分からないことを言わないでちょうだい!」

「いつもあなたはそうよ! 他人のことなどお構いなし、好きなものを取って、好きなようにする! 私のことなんか何にも知らないくせに、気遣ったふりをして!」

「まるで意味が分からないわ! 何でもかんでも、不幸を私のせいにしないでよ!」

「その上、エルノルドまで奪うつもり!?」

 ——アメリー、それは正しくない。だってあなた、ゲーム全編を通して一度だってエルノルドに告白しなかったじゃない。

 そうは思いつつも、エリカは指摘を呑み込む。

 だが、同時にエリカはこうも思うのだ。

 ——あれ? じゃあ、今、アメリーが「エルノルドまで奪う」と口にしたのは、ゲームシナリオにはないセリフ、よね? もはや告白だし……?

 ほんの少しの、しかし重要な違和感だ。

 なのに、仲裁に入ろうとする情けないエルノルドの声が、エリカの思考を阻んだ。

「お、落ち着け、アメリー……ベルナデッタは」

「ええ、あなたの好きな人でしょう? 知っているわ、あなたがこの食事会をどれだけ楽しみにしていたか! 私は、ただの雇われだもの。あなたに恋なんてしなければよかった!」

(ちょっと静かにしてくれないかな、この人たち)

 以降、アメリーとベルナデッタの中身のなさそうな言い争い、仲裁に入ろうと何の役にも立っていないエルノルドの幼稚な争いが延々と続く。

 滅多に見ることのない、見事な三角関係だが、途中からエリカは飽きてきた。部屋の隅っこに退避し、初めて色恋沙汰の醜い争いを目の当たりにする呆然としていたキリルとともに体育座り状態だ。プライベートに立ち入らないようにか、いつの間にか給仕たちはナイフとフォークを回収して姿を消している。

 まもなく正気に戻ったキリルが、喧々轟々の目の前の光景について感想を漏らした。

「……よく分からんが、これは修羅場というやつか」

「あんたのせいでね」

「め、面目ない」

 キリルは謝りつつも、何が悪かったのかきっと分かっていないに違いなかった。

 しかし、それよりもだ。

 エリカとキリルの間にはボストンバッグがあった。その中から、妙な音が聞こえたのである。

 ヒビが入るような、分厚いガラスが割れるような、甲高い悲鳴とも似た音だ。

(……パキッ? え……中身は護符アミュレットよね?)

 音の出所を探るべく、エリカはボストンバッグのボタンを外し、中を見る。

 もちろん、中には護符アミュレットがあるに決まっている。特殊な製法で造られたガラス玉を核に、職人がそれぞれ伝統の魔除けの紋様を刻み、あるいは金銀の蒔絵を施し、『のろい』に対する抵抗力レジストを得た魔法道具の一種。あまりにも『のろい』の種類が多すぎるため、護符アミュレットもまた種類を増やしてきたことから、下手な鉄砲数打ちゃ当たるランダム性に賭けるがごとく『のろい』一つに対抗するため膨大な数の護符アミュレットを用意するという。

 そのぎゅうぎゅうに詰まった多種多彩な大量の護符アミュレットが、次々に音を立てて割れていく。不自然すぎる現象に、エリカは確信を抱いた。

「あ、護符アミュレットが割れてる」

 ボストンバッグの開いた蓋の中にあるたくさんの護符アミュレットが、今も現在進行形で一つずつ嵌め込まれた特殊なガラス玉が割れていっているのを確認する。

 これには、キリルが真面目な表情を取り戻した。

「む! ということは、『のろい』が発生した!? いや、防げたのか、よかった」

 見ているそばから、護符アミュレットは一つ、また一つと修復不可能なほど大きな、そして細かな傷が生まれては破裂するように崩れていった。そのあとには、カラフルな砂が残るばかりだ。

(どういうこと? 今、『のろい』がかけられていたの? まさか、そんな)

 エリカは咄嗟に周囲を見回す。『のろい』に関わるもの、『のろい』をかけられたもの……当てはまるものを見逃すまいと目を凝らした。

 そうすると、視界に入ってきた泣き喚く二人の美女、ベルベットのドレスを着たアメリーの背に、を見つけたのだ。

 目の錯覚かを見紛うばかりに、うなじから肩甲骨の間にかけての背中で、わずかにブレて空間ごと揺れている。

(アメリーの背後に、みたいなものが見える。何あれ、蜃気楼か何かみたいだけれど……まさか)

 それが『のろい』に関するかどうかまでの確信は持てないが、異変を見逃すわけにはいかない。

 こののち、エルノルドが音を上げてエリカへ助力を乞うてきたため、その観察は続けられなくなったが——エリカはアメリーかエルノルドの血液を手に入れる、という当初の目的は果たした。

 なので、エルノルドとアメリーを放置して逃げ、何とか強制的に事件に幕を引いたのである。








 エリカは、追いかけてきたベルナデッタとキリルに合流し、ルカ=コスマ魔法薬局に雪崩れ込んだ。

 幸い、すでに閉店時刻を過ぎ、店じまい担当の魔法薬調剤師も夕食を摂りに出かけていた。三人はこっそり当直室へ上がって、採取したアメリーの血液と割れに割れた護符アミュレット入りボストンバッグの分析に取りかかる。

 もっとも、主に分析作業はエリカの仕事で、二人には護符アミュレットの種別を記録し、リスト化する地道な作業が任された。

 その結果、朝日が昇る直前になって、徹夜明けのエリカは大まかな分析結果を二人へと発表することができた。

「結論から言えば、新発見要素が多すぎて嬉しい悲鳴よ。まだ仮説にすぎないけれど、おそらく間違いはないはず!」

 おー、と床に座り込んだ二人から、力ない歓声が上がる。

 ただの徹夜ならさして疲れもないのだが、昨夜の夕食会のせいで三人全員が謎の疲労感に苛まれている。それでも、エリカは虚勢を張って世紀の重大発表をとり行った。

「まず一つ、『のろい』は蓄積するものの、その残滓を代々受け継いできた血筋には耐性も付く!」

「おお! 魔法使いでもなく、道具も使わずに、人の身で対抗できるようになるのか!」

「まあ、それだけアメリーの血液には『のろい』の残滓がたまっていたんだけれど……なんとかなるわ、必ず」

 少し間が空いたものの、ベルナデッタも力強く頷いた。遺恨はあるかもしれないが、ベルナデッタは他人の不幸を喜んだりはしない。

 さらにエリカは発表を続ける。

「二つ目、護符アミュレットの種類によっては『のろい』そのものだけでなく残滓にも効く! これは今から分析しないと確実なことは言えないけれど、多分『のろい』との相性があるんだと思う」

「じゃあ、多種多様な護符アミュレットを用意していればいいのかしら?」

「そうね。でも、さすがにそれは面倒すぎるから、集約できるよう努力するわ」

「三つ目は何だ?」

 先を急ぐキリルは、好奇心の宿った瞳でエリカを見上げる。

 もちろん、エリカはその期待に応えられるだけの分析成果を挙げていた。

「『のろい』は一瞬で効いたりしない。おそらく一ヶ月、あるいはもっと時間をかけて『のろい』をかけていく必要がある。だから、あの場でいくつも護符アミュレットが弾けたの。血に溜まった『のろい』の残滓、今かけられている『のろい』、両方に反応してね」

 これらの分析結果は、アメリーの血液中に存在する『のろい』の魔力を、最新の『複合型魔法装置マルチツール複式魔素顕微鏡マギスコペオでエリカが自身の魔力を当てて顕在化させた上で経過観察したものだ。『のろい』も魔力も、。ゆえに、その因果関係を紐解けば、科学的思考での分析が役に立つ。

 ただ、そのせいでエリカは慣れない精密な魔力行使と、極度の眼精疲労による頭痛が襲ってきているのだが、それは黙っておいた。休めば治るし、治すための薬はここルカ=コスマ魔法薬局にはごまんとある。ドーピング万歳だ。

「とはいえ、護符アミュレットは解呪仕様も『のろい』の許容量もまちまちで、仮説を実証するためにも今からこれ全部もっと正確に分析するのは本当になんていうか疲れる……」

「もちろん、私も手伝うわ!」

「俺も、何かできることがあれば言ってくれ」

 ベルナデッタとキリルは、顔こそ疲れの色が見えているが、その意気は軒昂だ。

 ありがたいことに、二人はエリカを信じてくれている。何よりも、エリカはそれが嬉しかった。

「アメリーの血液に付いた『のろい』耐性を解呪薬リカースワクチンで再現できれば、『のろい』なんてほぼ効かなくなる。それこそ、新しい仕組みの『のろい』をごく短いスパンで開発しまくったりしないかぎり、今までのように人々が『のろい』に怯えることはなくなるわ」

 無論、それはあくまで理想であって、そこまで辿り着くのは骨が折れるどころの話ではないだろう。

 とはいえ、その第一歩は踏み出せた。あとは、エリカの努力次第だ。

 そこまで胸を張って発表したはいいものの、喉元過ぎれば暑さ忘れるとばかりに、エリカの頭には後悔が浮かんでくる。

「あのとき、ついでにエルノルドの血液も採取できていたらなぁ……比較研究できたのに」

 その名前を聞いて、ベルナデッタがちょっと渋い顔をした。

「……また彼に会うのは、ちょっと」

「ああ大丈夫、会うとしたら私一人だから。あの騒ぎだと婚約破棄されたってしょうがないし、ほら」

 昨夜の夕食会は、まず間違いなくエルノルドのプライドをボッコボコにしたことだろう。というよりも、初めからエルノルドはエリカとの婚約に乗り気ではないのだから、これを好機と捉えて婚約解消を申し出ることだって十分にあり得るし、別にエリカはそれでもよかった。あとはエルノルドとアメリーがくっつけば万々歳だ。

 ふと目を向ければ、いつの間にか、なぜかキリルまで渋い顔になっている。疑問に思いつつも、エリカは願望を口にした。

「今頃、エルノルドとアメリーが仲直りしていてくれれば御の字なんだけれど」

 残念ながら、乙女ゲーム以外ほぼ恋愛経験のないエリカでは、あの二人がその後どうなったかを予想するのは難しかった。





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