VIPルームにて、時間は二十分ほど遡る。
エルノルドとともに、ベルナデッタは大理石の円卓に着席し、食前酒で軽く乾杯を交わした。
「お招きいただき嬉しいよ、ベルナデッタ」
その言葉に嘘はなく、だからこそベルナデッタは困る。
ベルナデッタは正直緊張で何か食べたい気分でもないが、給仕たちに任せるままに料理は運ばれてくる。
しかし、我慢だ。ベルナデッタは笑顔を作った。
「こちらこそ、忙しい中おいでいただき感謝するわ、エルノルド。さあ、まずは食事を楽しみましょう。言葉にしたいことは色々あるけれど、楽しまなくっちゃ」
「では、遠慮なく。しかし、こんな高級ホテルの予約を取るのも大変だっただろう?」
「大丈夫よ。うちはこのホテルの改修に関わっていたから、ちょっとした伝手があるの」
「ノルベルタ財閥が開発した次世代の魔法道具、『
「あら、知っているのね。意外だわ」
「あちこちで商売をしていると、何かと君の家の噂話が入ってくるんだ。もちろん、財閥の発展に君が多数貢献しているという話も」
ベルナデッタは思った。(どうしてそんなに私に興味があるのよ実際ちょっとキモい)、と。
いくら社交性のあるベルナデッタでも、恋する男性の行動は傍から見ればおおよそそうなる、ということに慣れていない。今までベルナデッタに好意を抱いた男性たちは、あまりにもベルナデッタの行動が力強すぎてついてこられなかったため、
果たして、まったく好意を寄せていない相手から好かれるのは、幸か不幸か。
だが、エルノルドも普段は馬鹿ではないし、ベルナデッタを理解しようとする人間だ。ただベルナデッタにとってキモい言動を口にしたからと言って切り捨てるのは、いささか早計にすぎる。
ベルナデッタは心を落ち着けて、少しだけ手の内を明らかにすることにした。
「じゃあ、私が今、何を作ろうとしているのか、ご存じ?」
エルノルドの表情がほんの少しだけ険しくなった。どれほど噂話から判断しようと試みても、エルノルドが知るはずのない話だ。ベルナデッタは話を進める。
「まだこれは秘密だけれど、『
「『
やはり、エルノルドは『『
それだけに、なんとも惜しい。感情的な好悪はさておき、ベルナデッタは有能な人間が好きだった。
「私だけじゃなく、エリカお姉様も協力してくださっているし、この事業を進めないと『
「なら、ぜひ俺にも協力させてほしい。ちょうどトネルダ伯爵家のロイスルに宣戦布告されていたところだった」
「それはまた、怖い話ね……でも、
そのくらいなら間に合うはず——程度の意味で言ったつもりだったが、ベルナデッタは即座に後悔した。
口は災いの元、エルノルドをその気にさせるには十分すぎる殺し文句だった。
内心うろたえるベルナデッタへ、案の定、エルノルドは一つ咳払いをして、重々しく口を開く。
「ベルナデッタ。君には一つ、どうしても伝えなくてはならないことがある」
「何? 改まって、どうしたの? さては、商売のほうのご提案」
——ではないことは一目瞭然だ。
エルノルドは、真正面から告白する。
「ベルナデッタ、好きだ」
エルノルドは気持ちが高揚して顔を赤らめているが、ベルナデッタは逆に青ざめる。
——やってしまった。いつものように、人のいい令嬢のまま対応してしまった。
この部屋には二人と給仕たちしかいない、エリカは——こんな状況で出てきてくれるだろうか、いや無理だ——誰かが助けてくれやしないと思うと、ベルナデッタは一気に心細くなった。
「えっと……その……えぇっと……」
「いきなりですまない。だが、やはりそうなんだ。俺が君に惹かれていることは事実で」
「待って待って、えーと、それは……」
「君がエリカを慕っていることは知っている。あまり快く受け入れてもらえないだろうことも、承知の上だ」
ベルナデッタが戸惑う間にも、どんどんエルノルドの告白は進んでいく。これでは外堀を埋められかねない、とベルナデッタは立て直しを図る。
「それでも——俺は」
「エルノルド、それは違うわ。私はエリカお姉様に遠慮しているわけではないの。それに、なぜあなたが私に好意を抱いているのか、理由が分からないままはいそうですかと話を進められやしない。違う?」
苦し紛れの話題逸らしの割には、エルノルドはその話に納得したらしい。
「君の言うとおりだ。納得がいかないまま返事を焦るつもりはない」
「そうよね」
「俺は、君のようなしたたかで強い女性が好きだ」
「別に私は強くもしたたかでもないけれど」
「さすがに謙遜が過ぎるな。ノルベルタ財閥の礎とも呼ばれるご令嬢が、そんなふうに」
「だって、それだってお姉様の力あってこそよ!?」
「ベルナデッタ、たとえそうだとしても、エリカ一人ではどうにもならなかっただろうし、君がいなければ財閥は存在しないだろう」
もうどうにもならない。ああ言えばこう言うエルノルドへ、ベルナデッタはカチンと来た。
「エルノルド、あなた、勘違いしているわ! 私は強くなんてない……私一人では何もできない、強くなんてない! 違うのッ!」
最後は半ば金切り声のように叫んでしまったベルナデッタは、ハッと我に返る。
一人では何もできない、そのとおりだ。貴族学校に通っている間、ベルナデッタはエリカにずっと助けられてきた。だからこそ己の無力さが身に染みている。貴族社会のことも、貴族令嬢との付き合い方も、商品開発も、企業戦略も、何も進学前のベルナデッタの知識にはなかったことばかりだ。
それが今や、どうだ。時代の寵児のように『ノルベルタ財閥のベルナデッタ』と持て囃され、何もかもがベルナデッタの実力とばかりに喧伝されてきた。
ずっと、ベルナデッタはそれが気に食わなかったのだ。今、その感情の全容を掴んだベルナデッタは、心底自分を嫌っていた。
——私、他人の手柄を自分の手柄にすることが上手いだけだわ。それなのに、エリカお姉様にも、もしかしたらアメリーにさえも嫉妬していたのかもしれない。自分にないものを持っていたから、私はそれと気付かずに利用してきた浅ましさに無自覚だった。
そんな中、好かれる自分などというものを、ベルナデッタがどうやって受け入れるというのだろうか。
恋は盲目のはずのエルノルドでさえ、今のベルナデッタが自身に対する憎悪にも似た嫌悪感に満ちていると察するほどだ。
「なぜそんなふうに……」
「あなたが見ているのは、
ベルナデッタは言えなかった。あなたの好きな強さを持つ女性は、エリカお姉様なのよ、と言ってしまえたら——どうなる?
ぐちゃぐちゃの胸中を抱えて、ベルナデッタはそこまで想像力を働かせられなかった。ただ、エリカへ面倒ごとを押し付けてしまいたくない、という一心で黙っている。
そうして、無言で過ぎ去る一秒がはるか長く感じるほど苦痛に苛まれるベルナデッタを救ったのは、またしてもエリカだった。