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第15話 解呪薬の開発-2

 密談をするにあたり、いきなり三つ星ホテル『ノクテュルヌ』の部屋は空いていないだろう——そう思っていたが、エリカの見通しは甘かった。すでにベルナデッタが何日も前から予約を取っていたのだ。

「ノルベルタ財閥が一週間に数回、必ず部屋の予約を取っているの。いろんな密談に便利だし、お得意様との商談もはかどるから。お、お姉様のためだけに予約を取っていたわけじゃなくって、私、そこまで重い女じゃないわよ!?」

 ベルナデッタの慌てぶりは意外にも可愛らしい。しかし彼女はツンデレではないので、エリカはただただ慌てるベルナデッタの頭を撫でてやる。

 今日案内された部屋は、森林の中の温室テラスだった。夕暮れではなくまだまだ日が昇っていて明るい、どこかもっと西の涼しい地方にある場所なのだろう。ついさっきまで都会の真ん中にいたのに、今は森林浴をしながら、温室で優雅にティータイムを堪能できる。まさに魔法道具あっての豪華なもてなしだ。

 ただし、そこでの密談の内容は、都会ならではの問題を取り扱ったものだった。

「『のろい』を無効化する魔法薬を作れそうなの!?」

 ベルナデッタの驚きの叫びは、近くの木の枝に留まっていたヒヨドリたちを飛び立たせた。

 エリカは淡々と、しかし内容を——ミニゲームの法則に従って薬を開発しようとしている、などと白状するわけにもいかず——説明するには専門的すぎるため、要約して話す。

「厳密には違うけど、とりあえずそう思ってもらって大丈夫よ。とにかく、『のろい』のせいでエルノルドやドミニクス王子……それにベルもね、みんなが被害に遭うのは嫌でしょ? だから、今私にできることはそれしかなくて」

 この世界の『のろい』は、簡単に他人を殺すことができる。たとえ死因が『のろい』と分かっていても、その犯人を特定することは物理的に困難で、追及すればその人物が次に呪い殺されると知れ渡っているため、誰も抵抗できなかった。しかも、『のろい』を行使する魔法使い側も周到に自分たちが排除されないよう、政治的配慮を怠っていないため、なかなかにガードが固かった。

 だが、彼らを排除せずに、『のろい』を無効化できれば話は違う。

 解呪薬リカースの開発、主軸となる解呪薬リカースのワクチン化が上手くいけば、あるいはどんな『のろい』にも対処できる解呪薬リカースがあれば、『のろい』の脅威は過去のものとなる。エリカの前世の世界で数多くの疾病が人類の脅威から葬り去られてきたように、だ。

 ベルナデッタは詳細こそ把握しておらずとも、その影響を推測できる。そのため、エリカの理解者としては十分すぎるほどの好反応を返した。

「お姉様は本当に、誰も彼も助けてしまいたいのね。呆れたわ!」

「だよね(あなたもそうでしょう、とは言えないけれど……)」

「でも、そうでないと私も協力しないわ。お姉様の考えは正しい、『のろい』なんて時代遅れな脅迫をやめさせないと、この国の未来はないわ」

 鼻息荒く、ベルナデッタはエリカの行動に賛意を示す。それだけでもエリカは嬉しくなるが、ベルナデッタは思い出したようにある重要な情報を語りはじめた。

「うちの魔法道具の開発部門に、『のろい』を専門で調査している研究者がいるの。魔法使いではないけれど、かなり知識が豊富で理路整然と話せる人よ。その人に『のろい』について改めて尋ねたことがあったの。新しい情報はないか、ってレクチャーを頼んでね。そうしたら、一つ気になることがあって」

「気になること?」

「ええ。『のろい』って、に蓄積するらしいの。たとえば親が『のろい』を受けていたら、子々孫々までその影響、残滓が広がる。普通は時間が経てば問題ないレベルまで薄まるけれど、何度もかけられればその分濃度の濃い『のろい』に満たないけれど害を及ぼすものが、受け継がれていく。そういうこともあるみたい」

 ——おおう? 新発見!?

 エリカは思わず、摘んでいたティーカップをテーブルへ落としそうになった。

 『のろい』が血統に蓄積する、というのは新しい情報だ。つまり、ある貴族の当主が呪われれば、その子どもたちにも『のろい』が伝播している、ということだろうか。また、呪われた貴族の当主の妻には何の影響もないのだろうか。

「じゃあ、『のろい』をかけられそうな王侯貴族とその子孫は、その血液に『のろい』の残りが溜まっていっているってこと?」

「その人曰く、そうらしいわ」

「つまり、その血統にかけられてきた『のろい』の履歴が残っていくってことね……一つ一つは大したことがなくても、積み重ねていけば害は出るだろうし」

「その可能性も否定はできないけれど、まず大丈夫だって言っていたわ。普通は『のろい』なんて一生のうちに何度もかけられるものじゃないし、世代を重ねるにつれどんどん薄まっていくから。大体、三親等以内の『のろい』の残滓を受け継いでいくみたいよ?」

 エリカは「なるほど」と頷く。確かに、死をもたらす『のろい』そのものは怖いが、伝播した残滓はそこまで強力ではなく、子々孫々も丸ごと呪い殺せるようなものではないだろう。何度も呪われればあるいは可能性が残る、程度にすぎないと思われるし、人体もまたその薄まった『のろい』に抵抗力を持つかもしれない。

 ——抵抗力?

 ——人体が『のろい』の影響をするために、自らの力で何とかしようとする?

 あたかも、それは流行性の病気にかかった人間が抵抗力を獲得するのと同じ現象だ——であれば『のろい』を何度も受けた血統の末は、それらの『のろい』に対する抵抗力を持っている可能性があるのでは?

 もし、その血液を調べることができれば、解呪薬リカースの開発にも役立つ可能性がある。

 エリカは、そのひらめきを見逃さなかった。

「これはひょっとして、突破口になるんじゃないかしら」

「本当!?」

 ベルナデッタは嬉々としている。自分の働きが実を結んだ瞬間、彼女はとても素直になる。

「今すぐ、血液のサンプルが欲しいところだけれど、代々何度も『のろい』をかけられていそうな貴族に思い当たる節は……ある?」

「うーん……ひとまず、候補を絞っていくってことでいいかしら。安心してお姉様、私のほうで目星をつけておくわ!」

「お願いね、ベル」

「任せて!」

 ベルナデッタが次の行動に移ろうと考えを走らせはじめたそのときだった。

 立ち上がりかけたベルナデッタが、何かを思いついた。

「あ」

 だが、その表情は浮かない。きっと、思いついたことが必ずしもいいことばかりではないのだ。

 案の定、ベルナデッタは申し訳なさそうな顔をして、エリカへおずおずとこう言った。

「お姉様、その、今思いついたのだけれど、嫌な予感が」

「ごめん、そうだろうと思った」

 ヒロインの嫌な予感など、当たる気配しかしない。エリカはそれがどうかマシなものでありますように、と祈ることしかできなかった。

 ベルナデッタは、意を決したように、思いついた内容を語る。

「アメリー・アルワインなら、どうかしら? アルワイン侯爵家なら、何度となく『のろい』を受けている……可能性はあるわ」

 解呪薬リカース開発のための協力者、その予想外の人選に、エリカはまたしても高価な白磁のティーカップを落としそうになり、テーブルに落ちる前に必死に受け止めた。どうにか少なくなった中身はこぼれなかったが、嫌な予感が妥当であるかのように思わせる不吉さだ。

 こんなところで、アメリーに接触する必要性が生まれてしまうなんて、誰が想像できただろうか。これもまた、運命のレールシナリオから外れた弊害なのかもしれなかった。

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