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第13話 王城の呪い対策-2

「はいはい」

 地上廊下から外を眺めれば、夏の草花が種別に広大な花壇を作ってもらっており、明日にも咲きそうなつぼみをたくさんこさえていた。気の早い数本を除けば、王宮のあちこちに新緑の絨毯が揃い踏み、盛大にガーデンパーティを開けそうな庭園を老若男女の庭師たちが土いじりの道具を持って忙しく走り回っている。

 それらは元々、病弱なドミニクス王子を慰めるためにと実母である王妃が作らせたものだと聞く。幼いころから部屋に籠りがちで、一時期だけは貴族学校に通ったものの、結局辞めて王宮に留め置かれたドミニクス王子は、『ノクタニアの乙女』ゲーム内では無視してもメインストーリーにはあまり影響しない。強いて言えば、大半のルートで病死が人づてに聞かされるのみで、ひどいものだと毒殺疑惑が浮上して死後ノクタニア王城では片っ端から政治的粛清が始まる。おそらく、そのルートだとドミニクス王子のそばにいた騎士キリルも疑いをかけられて獄死しているだろう。

 当然ながら、ベルナデッタがドミニクス王子を攻略するルートも存在する。貴族学校在学中にフラグを立てれば特効薬開発イベントがあり、二人は結ばれてハッピーエンド……ではなく、ドミニクスが国王になっても相変わらず病弱なままなのでベルナデッタが宮中すべてを取り仕切り、ノクタニア王国の屋台骨として隠然たる影響力を行使していく影の女王ルートに突入する。これがまたドロッドロの宮廷劇であり、平民出身の王妃は貴族と真っ向から対立して、陰謀により国内貴族の半分以上を廃し、徹底した弾圧を行なった末に『のろい』を稼業とする魔法使いたちから毎日かけられつづけた『のろい』に必死になって対抗しつづけ、やがて美しかった顔が腐っていく、というものだった。

 乙女ゲームにあるまじきシナリオだが、ベルナデッタ役の声優がベテランであったため、国王を守るために心を鬼にしていく王妃の演技が凄まじい迫力を醸し出してカルト的な人気を誇る。『ノクタニアの乙女』攻略wikiの解説ページには、これもまた純愛、という大見出しが踊っていたほどだ。

 とりあえず、今からそのルートには入らないことだけは確定しており、ドミニクス王子はおそらく国王にはならないし、ベルナデッタとも結ばれない。すでにドミニクス王子は王位を成人後の弟王子に譲ると宣言しており——そこにエリカも実は絡んでいた——肝心のベルナデッタはドミニクスとまったく面識がない。貴族学校でも顔を合わせないよう、エリカが見張っていた甲斐があったというものである。

 廊下の先には、飾り紐と肩章が金の衛兵が二人、年若いながらも背筋の真っ直ぐな侍女と事務連絡の言葉を交わしていた。その背後にある扉に掲げられた紺地に金糸の紋章旗は、間違いなく〈斜めにクロスする王冠と天使の輪〉、ドミニクス王子のものだ。

 やはりと言うべきか、白く塗られた両開きの扉は開け放たれている。

 キリルとエリカの姿を目にして、衛兵と侍女の三人がうやうやしく会釈してきた。

「キリル様、すでに殿下のお食事は下げております。のちほど、殿下とお客様へティーセットをご用意してまいりますが」

「うむ、いつもどおり頼む。俺は必要ないからな」

「かしこまりました。では」

 侍女はキビキビと早足で去っていく。エリカもこの世界に来て初めて、きちんとした侍女とそうでない侍女を目の当たりにしたときは驚いたものだ。前世ではいわゆる、日本人は真面目に働く、という言葉に含まれた意味さえきちんと理解していなかったが、世界中……一部を除くほとんどの場合、のだと知って目から鱗が落ちる思いだった。プロ意識がない、あるいはしつけの行き届いていない使用人は、サボったり主人の金銭や私物を盗んだりするもので、職務怠慢どころかしれっと犯罪レベルの行為をやらかすのである。

 だから主人へ使用人が忠誠を誓う、というのはレアケースであり、まともな主人であれば使用人に対する眼が厳しいものなのだ。当然、王族に仕えるレベルともなれば、実務能力だけでなく家柄や容姿も要求されてくる。中には騎士よりも家柄のいい中下級貴族出身の執事や侍女だっているほどだ。

(今戻っていった侍女も実家は地方の子爵家だし、王宮にいる衛兵はもれなく騎士以上の家柄出身。何かあれば実家の家族にお咎めが行くぞ、っていうことで、その脅しが効果のあるいい家柄で固めるくらいのことはしているから、まだマシか……)

 以前、あまりの王城内の適当な警備体制に不安を抱いたエリカが、ドミニクス王子やキリルへせめて使用人たちの履歴書レベルの情報くらいは教えてほしい、と訴えたため、エリカは基本的にドミニクス王子の周辺にいる使用人たちの出自を把握している。

 もっとも、二人とも親しい使用人たちを疑うと知れば協力してくれないことも考えられたため、エリカがドミニクス王子のためにも使用人たちの麻疹はしか天然痘てんねんとうなどの病歴を把握しておきたい、感染予防のため流行病はやりやまいにかからないように指導もしておく、と医学的知識を絡めて説明したため、快く情報を開示してくれた。結果として、使用人たちの出自に怪しいところはなかったし、手洗いうがいと石鹸の使用徹底を指導できたのでよかったとすべきだろう。

 そんな経緯もあって、衛兵二人は機嫌よくエリカへちょっかいをかけてきた。

「おや、エリカ嬢。最近見なかったが、綺麗になってきたじゃないか。恋人でもできたかい?」

「バカ、エリカ嬢にはちゃんと婚約者がいるんだよ! 確か、けっこうな男前だと殿下がおっしゃっていた」

「本当か? 殿下はちょっとセンスがズレているからな……」

「あはは……確かに顔はいいですよ、ええ」

 エリカはそう言って、笑って誤魔化す。間違いなくエルノルドは美形だ、しかしエリカには塩対応と決めているのか冷たいため、いくら美形であってもなびかないしなびかせないことが決まりきっていてはどうとも思わない。恋愛感情が生まれようがないのだ。

 そうこうしていると、キリルが先頭を切って円塔トゥールへ大股で入っていく。

「失礼いたします、殿下! サティルカ男爵令嬢エリカ・リドヴィナを連れてまいりました!」

 さっさとキリルが行ってしまったため、エリカも衛兵たちに会釈しつつ、慌てて後を追う。

「ちょっと待ってキリル、その前、に!?」

 円塔トゥールの中は、どうやらそれぞれ異なるらしいが——とりあえず、ドミニクス王子の円塔トゥールの内部床は滑りやすい。

 なぜなら、エリカが進言して床は金枠付きタイル張りであり、清潔に保つようしっかりと言い含めてあるからだ。

 外から入ってきた人々の靴に付いている土、植物からどんな病原菌が入ってくるか分かったものではない。拭き掃除は日に何度も行われ、割れたタイルがあればすぐに修繕される。

 その結果、エリカは今、ツルッと滑って体勢を崩した。

「うわわッ!?」

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