貴族令嬢も含め、上流階級の女性たちはお茶会を好む。
前世でもドラマや演劇経由でうっすらそんな知識は持っていたエリカだったが、実際自分がその立場になってみると、決して好きだからやっているわけではないと思い知った。
エリカにとっては、ベルナデッタとのお茶会以外はすべて、情報収集や調略を目的とした女の戦場だと言っても過言ではない。
貴族学校で何度かお茶会に誘われたエリカは、ひたすらにエリカから情報を引き出そうとおしゃべりを続け、お茶会に参加しなかった欠席者をあげつらって仲間外れにしたり、疑いをかけるドロドロな雰囲気のあまり、出されたお茶とお菓子の味をまったく憶えていない。やれ欠席したのは他の女子生徒たちを優先したからだの、やれ意中の男性とデートに行ったからだの、本当かどうかさえ疑わしい話がポンポン繰り出され、しまいにはそれがすべて真実とばかりにお茶会のメンバーは信じ込んで納得する。
つまり、貴族令嬢のお茶会とは仲間のつながりの確認と、外敵を見定めて攻撃対象を決めるために行うもので、実に恐ろしい習慣だった。それからというもの、エリカはどうしても断れないお茶会以外はすべて欠席を決め込み、その後幸いにも行動が派手なベルナデッタとよく付き合うことになったおかげであらぬ疑いをかけられることはなかった。ゲームヒロインたるベルナデッタ様々である。
というわけで、エリカは以前から約束していたベルナデッタのお茶会にお呼ばれして、招待状片手に高級ホテルへやってきた。ちょっと洒落っ気を出して白の清楚なデイドレス、レースの日傘を装備して、いざエリカは目的地の高級ホテルを見上げる。
王都の目抜き通りに面する四階建ての、ベージュの砂岩を積んだ重厚な建物。他の建物に比べて柱や梁以外の装飾はさほどないが、看板代わりのベルベットと金の旗が門前に吊り下げられ、たったそれだけでここが歴史ある三つ星ホテル『ノクテュルヌ』だと証明している。
一応は男爵家令嬢であるが、エリカは何度来ても慣れない。格式ばった高級ホテルなど前世でも馴染みがなく、ましてや名ばかり貴族の令嬢に高級ホテルでの用事などほぼないと言っていい。あったとしても、勝手に叔父のルーパートがサティルカ男爵家代表という
そうこうしていると、エリカは豪奢な制服で着飾ったドアマンに見つかり、中へと案内される。
「どうぞ、エリカお嬢様。中でベルナデッタお嬢様がお待ちです」
しかも、顔を憶えられていた。エリカは憶えていないのにドアマンが職業柄とはいえ憶えているとは、何となく気まずい。エリカは会釈して感謝しつつ、そそくさとホテルへ入る。
その中は、外観からは想像もつかないほど贅を尽くした、暗色の赤い壁紙と金で構成されたゴシックな空間だ。階段の一段一段に赤絨毯を留める金の止め棒が設置され、手すりは当然総金製だ。シャンデリアは眩しすぎるため、あちこちに装飾過剰な大型ランプが置かれているが、それも魔法道具の一種で、半永久的に可視光を放つ
近くで眺めることを前提にした暗色の絵画、黒檀や黒曜石の彫刻、チェックイン時にサインする万年筆まで金で彩られたホテルのエントランスに場酔いしそうになりながらも、エリカは案内役のベルデスクからやってきたハンサムなベルボーイに先導され、どこも似たような景色でさっぱり順路の分からない廊下を歩く羽目になる。無論、それはホテルを利用するVIPである王侯貴族の暗殺防止という目的があってそうしているのだが、関係ない者からすればただのお高い迷路だ。
そうして、ようやくエリカはホテルの一室に案内される。階段を二回昇って、一回降りて、中二階のような渡り廊下をいくつか通ったが、暗色の赤の壁紙と金と黒の扉ばかりでさっぱり現在地が分からない。もはや、エリカはこのホテルの内部構造を把握するのは諦めた。何かあれば窓から飛び降りよう、と投げやりになった気分のまま、金と黒の扉が開かれる。
しかし、
ベルボーイが恭しく扉を開ければ——そこは、白亜の中庭だった。壁が青々とした蔦まみれの円筒形の空間にはガーデンテーブルとクッション付きの籐編み長ソファ、ティーセットも白磁で揃えられ、香り高い紅茶から漂う新鮮な匂いが鼻腔をくすぐる。白枠の天井ドームは当然のように偏光ガラスで覆われ、どことも知れぬ、少なくとも薄青のノクタニアの王都の空にはないコントラストの濃い雲が流れていた。
エリカが歩を進める。完全に部屋の中に入ったところで、背後の扉が閉められ、霧がかったように輪郭も色もぼやけていく。
先にソファに座っていたベルナデッタが、手を振っていた。
「お姉様! こっちよ!」
嬉しそうにブンブンと手を振るあたり、ベルナデッタの興奮が見て取れる。お嬢様らしからぬ行動だが、久々のお茶会とあっては子どもっぽくなるのも致し方ないだろう。
エリカがソファに辿り着く前に、ベルナデッタは待ちきれないとばかりに立ち上がって、結局挨拶代わりのハグをしてきた。まるで懐きに懐いたゴールデンレトリバー……というエリカの感想はさておき、ベルナデッタと並んで長ソファにやっと着席する。
「毎回毎回、ここは心臓に悪いわ……」
「ふふっ、お姉様だってこういうところに慣れないといけないわ。それに、ノルベルタ財閥の魔法道具開発部門が手がけたものも多く仕掛けられているから、安全性はピカイチよ」
ベルナデッタは鼻高々だ。それもそのはず、ノルベルタ財閥の銀行業と並んで急成長中の魔法道具開発部門は、エリカの発案でこの『ノクタニアの乙女』世界にすでにある「魔法そのものや魔法に似た現象を素養のない者でも簡単に扱うための道具、ただし精度や威力は劣悪」でしかなかった魔法道具をより洗練させ、より大規模に発現させる
三つ星ホテル『ノクテュルヌ』には、各階に『
この『
「お姉様の発想にこそ、毎回毎回驚かされるというものよ。火を着ける魔法道具と水を溜める魔法道具、それにちょっとした歯車付きの工作装置を組み合わせるだけで……何だったかしら、あの」
「蒸気機関?」
「そう、それ! すごいものができたって!」
はしゃぐベルナデッタは、多分蒸気機関の歴史的位置付けをよく分かっていないだろうが、それでもエリカが考案したその品の価値を信じてくれている。他の『
その期待は少し怖いが、エリカもまんざらではない。世界観を壊さずに人の役に立つものを作っていくのなら、悪いことではないからだ。