御用商人はごく丁寧な提案をした。アメリーが想像するよりもずっと、いや、アメリーが夢想してきた夢を、具体的な形にしてくれていた。
おそらく、御用商人はアメリーが貴族令嬢の趣味で人形の服を作っている程度で、手に職とするほどではないと思っている。だが、アメリーはそれを望んでいた。趣味以上に、もっと上手く作り出せるように、もっとたくさんの服を作れるようになりたいと願っていたアメリーにとって、進みたい道は明らかに——人形の服作りを仕事としていくことだ。
貴族令嬢では叶わない夢だ。しかし、今ならできるのではないか。アメリーは、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
ミニチュアワンピースを愛おしそうに眺めながら、アメリーは答える。
「世の中には、これを欲しがってくれる方がいるのね? なら、探してきてくれないかしら。このワンピースを欲しいと願う方に、お譲りするために」
控えめな答えだったが、快諾に近い。御用商人を飛び上がるほど喜ばせるには十分だった。
「もちろんですわ! ああ、でも、ちゃんとお値段は付けますよ。譲渡ではありません、お嬢様が努力し、時間と労力を費やした対価をいただかなくては。それに見合う額を支払える方を探してまいりますわ!」
メイドも一緒になって御用商人とはしゃぎ、喜び合う。ミニチュアワンピースの出来のよさを褒められて、さらにはアメリーのやる気が目に見える形で現れて、嬉しさが込み上げてきたようだった。
それから、ミニチュアワンピースを受け取った御用商人は、しばしば上質な端切れを集め、アメリーの望む糸や道具を仕入れてきた。そのたびにミニチュアワンピースの商談についてアメリーとやり取りし、約半月後、御用商人はミニチュアワンピースの買い手が決まったと報告にやってきた。
「聞いてくださいまし! なんと、エーレンベルク公爵夫人のクセニア様がぜひにと! 言い値でかまわないとおっしゃってくださいましたわ!」
喜び勇んでの報告に、使用人休憩室に集まったアメリーとメイドは顔を見合わせる。
「こ、公爵家!? そんな高貴な方が、お嬢様の作られた服をお求めに!?」
慌てふためき小声で叫ぶメイドをよそに、アメリーは信じられない気持ちだった。
「エーレンベルク公爵夫人が……ノクタニア王国十二公爵家の筆頭たる、私なんてお目通りも叶わないような方が、あのワンピースを欲してくれたなんて本当かしら? まさか、これは夢ではないかしら……?」
「夢ではありませんよ! お嬢様の腕前が認められたんですよ! ああやだ、まるで私のことのように嬉しくって、畏れ多いですー!」
ジタバタしながらメイドは喜び、感動さえしているようだ。御用商人もそんなメイドの反応に満足している。
アメリーも確かに嬉しい、だが突拍子もなさすぎてすんなりとは受け入れられない。エーレンベルク公爵家といえばノクタニア王国でもっとも歴史ある名家であり、ノクタニア王家の一の家臣として常に国王のそばに侍ることを許されている。その権勢たるや、代々多くの子女を婚姻に利用し、独自の国内外血族ネットワークを作り上げてきた成果もあり、他の公爵家を易々としのぐ。
そんな名家の夫人は贅沢など飽きるほど尽くしてきただろうに、アメリーの作ったミニチュアワンピースに目を留めた。アルワイン侯爵家の看板やアメリーという貴族令嬢だからそうなったのではない。アメリーがその裁縫とデザインの腕で勝ち取った、初めての、そして最高の評価だ。
「それに、公爵夫人は、もしよろしければ他の服もご覧になりたいと。ああ、もちろんご指示のとおり、お嬢様のお名前は出しておりませんわ。とはいえ、さる女性職人が、とは申しましたが、特定はできないかと」
「デザイナーやパタンナーならともかく、市井のお針子さんはほとんど女性ですもんね。でも、お嬢様が手ずからお作りになられたなんて、きっと想像もつかないことでしょうね!」
アメリーはチャンスを掴もうとした。その結果、とんでもない結果を引き当てた。老貴婦人の言ったとおり、アメリーに必要なのは、『いつか来るチャンス』だったのだ。
アメリーはすでに作ってある服や小物をいくつか御用商人に渡し、エーレンベルク公爵夫人クセニアへ見せることが約束された。とんとん拍子に進んでいく状況と打って変わり、新作に取り掛かろうとしたアメリーはようやく緊張と萎縮を実感し、よりひと針ひと針を慎重に考えながら縫っていくようになった——そのしばらくあとのことだ。
イスティエ子爵家の屋敷に、突然一人の商人を名乗る青年が来訪してきた。青年はアメリーを指名し、面会を申し込んできたのだ。
普段なら絶対に直接会うことはないのだが、御用商人の紹介状を見せられては追い返すわけにもいかない。だが、男性が未婚の女性をいきなり訪ねてくるなど、よからぬ噂が立ちかねないマナー違反だ。イスティエ子爵が不在だったからよかったものの——あるいは不在ゆえにアメリーは対応せざるを得ず、または
アメリーが応接室に入ると、すでに招き入れられていた青年は窓辺に立っていた。紳士然とした身なりのいい、そしてハンサムな鋭い目つきの青年は、帽子を取って濃茶にグレーのメッシュが入った頭を軽く下げる。
「失礼。君がアメリー・アルワインか?」
堂々と、居丈高とさえ捉えられかねない声と態度は、彼の持つ自信が裏付けているのだろうか。
少しだけムッとしたアメリーは、短く受け応える。
「そうですけれど、あなたは?」