アメリー・アルワインという少女は、誤解されやすかった。
見目は大変美しく、しなやかで優雅な所作と憂いを帯びた深緑の瞳、濃紺に鮮やかな緋の差し色が混じった珍しい髪。その外見は、誰が何と言おうとも、ノクタニア王国有数の歴史ある名家アルワイン侯爵家ご令嬢の名に劣るところはない。
ところが、彼女はその容姿を誇るどころか、隠そうとした。本人は自身の美貌にさして興味もなく、さらに磨きをかけようとはしない。誰かに「お美しい」と褒められても、「そう、ありがとう」と抑揚のない声で素っ気なく返すのみだ。
これでは、褒める側もその甲斐がない。しかも、アメリーは人付き合いを嫌い、差し迫った用事がないかぎり自室から出ようとしない。
となると、必然、アメリーと進んで友人になろうとする同性はおらず、その恋人に名乗りを上げようとする異性もまた現れなかった。
しかも、無理やり父親のアルワイン侯爵の命令で入学させられた貴族学校高等部での退屈な日々は、彼女の評判を落とすことはあっても上げることはなかった。
何もしていない彼女があまりにも美しかったから、己の美を誇り、さらに求める乙女たちは、彼女をひどく妬んだ。世の貴族の女性たちは、美を追求するあまり、目の前に現れた美の体現者を貶めようとする。それはとても醜いことであったが、
一般的に、貴族として生まれた女性の第一の責務は、より家の利益となる男性と結婚し、後継を用意することにある。なら、どうやって男性と結婚に至るのか、となれば、そのもっとも効果的な方法は、女性としての魅力を活用することだ。生まれ持った肌や髪の色さえも変えて、より個性的なドレスが似合い、男性の目に止まる美的特徴を備えて、たおやかな口説きの手練手管に磨きをかける。
男性一人に対し何十人といる結婚候補者になり得る女性たちが、権力と財産を持つ男性を奪い合う熾烈な競争に勝ち抜き、最終的にたった一人が結婚相手の敬称のあとに続く妃や夫人という栄光の称号を得るまで——果たして、どれほどの苦痛と、恨みと、絶望を生み出すのか。
栄光の陰には、陰鬱があるものだ。どうやっても手に入らない美貌を手に入れるために、人体にとって毒となる化粧品に手を出す女性も少なくない。あるいは、どうしても敵わないライバルを蹴落とすために、あの手この手で醜聞を撒き散らそうと必死に働く女性もいる。
そんな彼女たちの前に、生まれ持った最高峰の美貌を惜しげもなく白日のもとに晒す『アルワイン侯爵家令嬢アメリー』の
あるとき、貴族学校の女子生徒の一人は、自身の意中の相手と家柄が釣り合い、親戚筋でもあるアメリーがライバルになるのではないか、と疑心暗鬼に陥った。
「アメリーには敵わない。容姿も、家柄も、財産も。だったら、アメリーが本気になる前に蹴落として、引きずり下ろすしかないじゃない……!」
その決意は、アメリーへの嫌がらせを正当化し、最悪なことに同じ女子生徒たちへ
貴族学校の女子生徒のうち、大多数を占める中下級貴族の令嬢たちは、学校のあちこちでこんな話を口にしていく。
「ああ、私もあなたと同じ気持ちよ。権力を笠に着て私たちの努力を全部台無しにすることだってできる人に、私たちの気持ちなんて分からないわ!」
「知っていて? アメリー様は、私たちのことなんて顔も名前も覚えてくださっていないのよ? 所詮、侯爵家令嬢からすれば私たちはその程度なのよ。友人どころか、お茶会で一緒になることさえお嫌なんだわ」
「はあ、もう、絶対お近づきになりたくないわ。目をつけられれば最後、こちらがどう足掻いたってダメだなんて……私たちから遠ざかるしかないじゃない」
「そうね、それ以外に方法はないわ。私たちのような家を背負っている下級貴族の娘は、ここで人生が決まるのだから……!」
アメリーに対する彼女たちの個人的な嫌悪も、彼女たちの悲壮な背景も、全部がないまぜになって、アメリーへの憎悪となり、指数関数的に増幅させられていく。
——アメリーを攻撃してもいいのだ。
——暴虐なアメリーから、可哀想な自分たちを守らなくてはならない。
——そのためなら何だってする。
多くの女子生徒たちの意思が一致したとき、彼女たちによるアメリーへの嫌がらせは公然と許されていった。
仲間内でアメリーへの悪口雑言を尽くし、ときには根拠薄弱な醜聞さえ喧伝する。貴族学校内でアメリーの姿を見れば遠ざかり、言葉を交わすことも視線を合わせることもしない。女子寮の共同生活さえもアメリーを遠ざけることで一致し、直接関わりのなかったエリカやベルナデッタたち以外はアメリーを亡き者のように扱った。
その結果、アメリーはひとりぼっちになった。
女子生徒たちの雰囲気を察して、最初はアメリーの美貌に夢中になって沸いていた男子生徒たちもアメリーから離れていき、最終的にはアメリーを嫌う女子生徒たちの望んだとおり、アメリーは誰とも親しくならずにいつの間にか貴族学校を去っていった。
アメリーは——彼女たちに対して、何もしなかった。
いじめられていると分かっていても、彼女たちの目に恐れと怒りが渦巻いていることを察したアメリーは、自室に引きこもることを選んだ。
そう、実家であるアルワイン侯爵家での生活と同じ——アメリーを疎む家族や使用人たちから自ら遠ざかり、部屋に籠ることを選んだときと同じだった。
人目のある昼間に外出するのは講義と食事の時間だけ、他は徹底的に人目を避けてアメリーは誰を煩わせることもなく過ごしていたつもりだったが、それでもダメだった。寮の自室から見える、中庭の花壇。それさえも、アメリーが部屋の窓から眺めていたというだけで、荒らされてしまったのだから。
もはや、花弁も葉も傷つけられ、何の花があったかも分からないほどにぐちゃぐちゃにされた花壇は、まるでゴミ捨て場のような有様だった。花屋が大量廃棄したってこんなことにはならない、その中にはアメリーが失くしたと思っていた万年筆の蓋だけが唯一夕日を浴びて光っていた。夕暮れどきになってから、アメリーは自室から出てきて中庭の花壇の前にたたずむ。