貴族たちのサロンでの集会は、王都では毎日毎晩どこかしらで開催されている。
きらびやかな世界で、美味しいものを堪能して、おしゃべりをして、秘密を探り合う。そんな貴族だけの楽しみは、いつも密やかに、しかし優雅に開かれるべきだ、と年老いた公爵から新婚の子爵夫人まで、信じて疑わない。
たくさんの蝋燭の火が、シャンデリアから吊り下げられたクリスタルガラスに反射して、サロンの一室を隅々まで照らす。部屋の主であるサロンの主催者は、壁紙となっている異国風の絹布を指差して、これははるか南の砂漠の国で美しい王女の輿入れのために織られた特注品で、などと聴衆に自慢ぶった説明をしていた。床に敷かれている大きな白い虎の毛皮は貴婦人たちに踏まれ、金のテーブルの上にある白磁の皿にたくさんの一口大の
穏やかで、平和で、ちょっと刺激的な話を聞きにきただけの貴族たちが談笑していたころ。
同じ屋敷内にある控え室は、薄暗かった。ソファに座る一人の美青年は、目の前に灯るランプの光でゆるやかに結んだ長い金髪が輝いていた。まるで、
その対面に、やはりソファに座る少し太った貴婦人がいた。ドレープの多いドレスで体型を隠していても、頬や首元の肉は隠せていない。小さな帽子から下がるふんだんなレースで顔を隠し、緊張しているのか喉を動かして固唾を呑む。
少し太った貴婦人は、美青年へとこう問いかけた。
「まだ、かしら?」
答えはない。美青年はただ微笑んで、余裕綽々とばかりに足を組んでいる。
それから、どのくらい経っただろうか。やがて、部屋の外が慌ただしくなった。
それだけで、何が起きたかを知っているかのように、美青年は口を開いた。
「お望みどおり、あなたの夫は死にましたよ、マダム。臓腑が徐々に動かなくなる呪いです、病と見分けがつきません」
にっこりと、恍惚さえ含んだ顔つきで、美青年は呪いを語る。
彼は呪いが好きだ、賢人たちとめくるめく呪いについて語り合いたいとさえ思っているが、生憎と世間は呪いを殊更に恐怖している。そう仕向けたのは彼の実家であり、呪いを生業とする魔法使いたちが自分たちの存在意義を示すかのように呪いの恐ろしさを喧伝してきたからだ。
誰もが呪いを恐れ、呪いに頼る。彼の仕事は客の要望どおりに対象を呪うこと、ただそれだけで大金が手に入る。やりたいことをやって金を得られるのはいいことだ、そういう意味では彼はとても勤勉で、真面目で、誠実だった。
あからさまに貪欲な表情を浮かべ、夫の死により利益を得られる未来を想像したであろう貴婦人は、ハッと我に返って、美青年に礼を言う。
「あなたに頼んで正解だったわ、ロイスル。約束どおり、支払いは明日朝一番に使いを出して、持っていくわ」
「そうしてください。では、僕はこれで」
アメジストの輝きを持つ金髪の美青年——トネルダ伯爵家次男ロイスルは、気分よく席を立ち、控え室の扉の前に立って、それから貴婦人へわずかに振り返る。
「くれぐれも、他言なきよう。でないと、あなたまで呪わなくてはならなくなってしまいますので、ね?」
少し太った貴婦人、すでに未亡人となったアイネベア伯爵夫人が、恐怖に肩を震わせ、何度も頷く。ロイスルはそれを見ることもなく、さっさと出ていった。
ロイスルはアイネベア伯爵家屋敷の裏手、一本隣の通りに待機させておいた馬車に乗り込む。目立たないよう馬車の窓には暗幕のカーテンが張られており、馬も御者も漆黒に染まっている。中では、裕福な商人の身なりをした従者が、書類を手にロイスルの帰りを待っていた。
「ロイスル様、次の依頼です」
「またか。まったく、忙しないな」
従者は書類をロイスルに差し出し、御者へ馬車を出発させるよう合図を送る。
まもなく走り出した馬車の行き先はトネルダ伯爵家屋敷ではなく、ロイスルの別宅だ。自前の呪いに関する研究資料や実験道具、呪いに必要なものを備えておくために用意した、郊外のちょっとした邸宅だった。
ふと、ロイスルは書類に踊る文字の中に、見覚えのある名前を見つけた。
呪いをかけられるのは王侯貴族、特に男性が多い。色恋、嫉妬、栄達、恨みを買うのはよほどの活躍をした英雄か、新進気鋭で先達にとって邪魔な若者だ。
だから、ロイスルはその友人の名を見つけたとき、少しだけ感心した。
「へえ。ついにか、エルノルド。君もそれだけの恨みを買う側に来たということか」
ロイスルは時の流れに感慨深くなり、
貴族学校を卒業してはや数年、呪いをかける候補者が載る名簿の何番目かに、友人の名前が載るようになった。
標的はニカノール伯爵家嫡男エルノルド・トラウドル、成功報酬は……。
ロイスルはどうやって呪おうか、それとも呪いをかけると宣言でもしようか、はたまたエルノルドにこの情報を渡して、それに見合うだけの金を要求しようか——嬉しさと楽しさと期待に胸を膨らませていた。