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第9話 アメリーは何を?-2

 アルワイン侯爵家の屋敷? 実家暮らしとも限らない。それほど虐待を受けていては戻れないだろうし、誰かが支援している可能性もなきにしもあらずだ。たとえば、婚約者とか。

「そういえば、アメリーの婚約者は? まだ結婚していないわよね?」

「ああ、そういえば。確か、ロイスルじゃなかったかしら。トネルダ伯爵家次男の」

 ロイスル、その名を聞いてエリカは即座に顔が浮かんだ。

 前世でも、貴族学校時代でも見た、アメジストの輝きを持つ金髪で細身の美青年。ゲームのキーヴィジュアルでは必ず、黒っぽいエフェクトを背負っていたキャラクターだ。

(えー……ロイスル、悪の魔法使いって感じの攻略可能キャラで、性格悪いけど美形だから人気だったやつよね。あいつが特別な事情もなくルートもなくアメリーを大事にするわけがないわね、うん)

 エリカの知るかぎり、ロイスルとアメリーがくっつくエンディングはなかった。ロイスルがアメリーを気にかけるセリフの一つさえなく、必ず破局する。であれば、現状ロイスルがアメリーに対して支援する理由がない。さっそく、アメリーの住居先候補が一つ潰れた。ロイスルの元にはいないだろう、きっと。

 好みではないキャラクターに対しては、エリカは無自覚に冷酷だった。

「じゃあ、アメリーは今、どこに住んでいるのかしら?」

「それも急いで調べておくわ。ひょっとしたら、困っているかもしれないし……あのとき、あれで放っておかなくて、ちゃんと助けてあげられたらよかった、ってずっと後悔していたの」

「ベルナデッタ……」

 しゅん、と珍しくしおらしくなっているベルナデッタは、本気でアメリーのことを心配している。

 これがベルナデッタの、ゲーム中ではプレイヤーにしか見せない内心だった。基本的に、彼女は善人だ。富豪の娘とはいえ平民で、明るく才気に満ち溢れた美少女であっても貴族を妬み、されど彼女は変わっていける。本来であれば、ゲーム中の貴族学校でのイベントで知り合った身分違いの貴族の子女たちに対抗心を燃やしつつも、貴族の子女たちもまた友人や恋人になれる同じ人間なのだと見方を変え、影響を受けていく。

 本来ゲームでは起きえないモブのエリカと親友になったことで、ベルナデッタは『エリカの思考・目的に影響されて協力する』方向へ変化、その豊かな才能を目一杯人助けに活用するようになった。

 つまり——善人度合いに磨きがかかり、とてもいい子になった、というわけだ。

 ベルナデッタのためにも、エリカは強く頷く。

「うん、そうね。アメリーが変なことに関わっていなければいいけれど」

 だが、もし、アメリーがすでに何かに関わっていたら、どうすべきか。

 アメリーを案じるベルナデッタの前で、それを言うことは憚られた。まだそこまで事態が悪化したわけではないのだ、とエリカは自分に言い聞かせ、口をつぐむ。

 エリカとベルナデッタ、互いに目指すところは同じだ。だったら力を合わせれば、何とかなる。

 希望的観測を自分に言い聞かせるエリカへ、ベルナデッタはこの話はさておきとばかりに軽く手を打ち、エリカのいる木製カウンターへとずいと体を傾かせて声をひそめる。

「それはそうと、お姉様。私もお願いがあるの」

「え、なぁに?」

「本当はお姉様にこれ以上迷惑をかけたくはないのだけれど、そうも言っていられないわ。お願いしたいのは……新薬の開発よ!」

 なんと。エリカは驚く。まさかベルナデッタから、というよりもこの世界のキャラクターからそんな言葉が出てくるとは、思いもよらなかった。

 ゲームシナリオにはない新たな言動、行動、それ以前に前近代のヨーロッパ風世界で『新薬の開発』だなんて発想が生まれるだろうか。いや——おそらくは、エリカの影響だ。ドミニクス王子の病気を治した特効薬は、既存の魔法薬とは異なる思想で生まれたようなものだ。だからこそ、エリカの作る新薬ならばもっと色々なことができる、とベルナデッタは思ったのだろう。

 とはいえ、胸を張って引き受けられるわけではない。エリカは慎重に、説明を求めた。

「待って、ベル。私にもできることとできないことがあるわ、まず話を聞かせてちょうだい。引き受けるかどうかはそのあとよ」

「もちろん、そのつもりよ、お姉様。そうね……簡単に言うと、解呪薬リカースをもっと使いやすく、効果を長持ちさせられるようにできないかしら? 今までのように呪いの影響を確認してから使うのではなくて、予防的に服薬するような、そういうもの」

「対処療法的な頓服薬とんぷくやくではなく、予防?」

 エリカはすぐに、ベルナデッタの考えを見抜いた。

(つまりそれは……解呪薬リカースのワクチン化ね。なるほど、それができれば呪いに怯えずに済むし、ロイスルみたいな呪い専門の魔法使いをすぐに無力化はできなくても牽制できる)

 一応、一定回数だけ呪いを防ぐ護符アミュレットも存在するが、あまりにも強力な呪いの場合は持ち主を守りきれなかったり、偽物を掴まされることも珍しくない。

 それなら、呪いがかからないようにする仕組みを体内に作ることができれば、というわけだ。

(魔法や呪いの仕組み自体は魔法学院で習ったし、魔法薬なら現代ほど医学や薬学が発達していなくても何とかなる抜け道があるかも……?)

 まったく希望がないわけではないのだから、開発に取り組む意味はある。それに、巡り巡って誰も不幸な死を遂げないで済むように、というエリカの目的にも貢献するだろう。

 であれば、エリカはひとまず引き受けることにした。

「分かったわ、取り組んでみる。できるだけ急ぐけれど、気長に待っていて」

「やった! お願いね、お姉様! 上流階級と付き合うと、何かと呪い対策をしないといけなくて困っていたの」

 ベルナデッタは安心したのか、胸を撫で下ろす。

 しかし、それを聞いて、エリカは目の覚める思いだった。あるいは、に気付いて、心底肝が冷えた。

(危ない、危ない。のよね。勝手に幸せになったりはしないでしょうし、ベルナデッタも守らなくちゃ、うん)

 すっかりエリカの頭は、主人公たるベルナデッタは協力者であって非業の死を遂げるエンディングに辿り着かない、と思い込んでしまっていた。そんなはずはないのだ、ベルナデッタだって『ノクタニアの乙女』のゲームキャラクターで、どのエンディングにも登場する主要人物だ。彼女にも、運命シナリオによる危機はまず間違いなく波及する。

(そこまで考えるのって、けっこう大変なんですけど……あーもー、もっと協力者がいてくれれば……)

 各キャラクターのゲームシナリオを把握してのエンディング回避、サティルカ男爵家を狙う叔父対策、新薬の開発にと、エリカはさらなる負担に頭を抱えていた。

 もっとも、エンディングに近づくにつれ、運命シナリオは複雑になっていく。

 このままでは破綻は見えているだけに、エリカは焦っていた。

 ——何とかしなくては。

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