エリカのその予想どおり、翌日の朝、また愚痴を叫びに魔法薬局へやってきたベルナデッタは、笑顔でエリカの頼みを引き受けた。
「エレアノール商会? 分かった、探っておくわ! お姉様はドーンと大船に乗ったつもりで構えていてちょうだい!」
ベルナデッタはやる気満々だ。疲れのせいか、少し顔色が悪いことが気になる。
「お願いね。でも、顔色が悪いから無茶はしないでちょうだい」
「分かったわ。今日は余分な仕事はやらずに、午後から休む!」
「うん、素直でよろしい。そう言いつつ悪いけれど、アメリー・アルワインについても身辺調査をしてほしいの。先日見かけたんだけど……ちょっと、怪しい動きが見られて。最近何をしているのか、貴族学校を卒業してから音沙汰なしでしょう?」
もちろん名ばかり貴族のエリカが知らないだけで、社交界にも情報網を張っているベルナデッタならばまた違うだろう。
しかし、ベルナデッタが引っかかるのは、そこではなかったようだ。
「うーん、そうね……あれを卒業と言っていいのか、かわいそうだけれど退学や放校に近いような」
形のいい眉を困ったように下げて、ベルナデッタは言いづらそうにする。
貴族学校というのは、生徒は規定の在学年数を迎えて単位を取って一斉に卒業、というわけではない。入学年齢が小学校に相当する初等部、中学校に相当する中等部、高校に相当する高等部の三つがあるが、家の事情次第でいつ入学するかは違う。地方の貴族だと金銭的な問題もあって在学するのは高等部だけ、ということだって多い。それと同じで、結婚を機に中等部で卒業する令嬢もいれば、高等部で十分興味のある単位を取ったからと卒業する令嬢もいる。素行や成績が悪くて特別コース、下手すれば退学させられるような劣等生でもないかぎり、卒業時期は自由に決められるのだ。
だから、エリカもベルナデッタも卒業時期は違う。二人よりもずっと早くアメリーが貴族学校の卒業を選んだときも、突然のことで驚いたほどだった。
アメリーは親しい友人知人がいなかったこともあって、卒業の理由さえも不明だった。ただ、エリカはゲーム内キャラクタープロフィールから何となく察していたものの、さして親しくもない人間が——貴族学校在学中にエリカは親しくなろうとはしたのだが、会う機会に恵まれなかったのだ——卒業理由を尋ねたり止めたりするわけにもいかなかった。結局、風の噂で、家の事情で卒業した程度しか分からなかったのだ。
「実はね、お姉様、私、あの子と喧嘩したことがあるの」
「え!?」
「いじめられているところを目撃して、助けたつもりだった。でも、あの子はそんなこと望んでいない、って逆に私を責めてきたの。今思えば、彼女も精神的に限界だったから、八つ当たりになってしまっただけって理解できるわ。当時はアルワイン侯爵家内で彼女が虐待されていることも知らなくて、誰にも心を開かなかった彼女のことを助けてあげられなかった」
どうやら、ベルナデッタはアメリーを気にかけていたようだ。『ノクタニアの乙女』のシナリオと同じく、アメリーと知り合う
それはさておき、エリカもアメリーが虐待、いじめを受けていたことは知っていても、その詳細は知らない。なぜなら、ゲーム内ではほぼ語られないからだ。ヒロインのベルナデッタ視点でもそのくらいだから、ひょっとするとベルナデッタも知らないかもしれないが——エリカは一応、尋ねてみる。
「その、家での虐待って、どんな……?」
「ことあるごとに、アメリーは母親違いの姉たちと比較されるのよ。美人で貞淑で何でもできる姉たちと違って、器量が悪くて不器用でパッとしない、って感じでね。侯爵がそんな調子だから、家庭教師や使用人たちも彼女を侮って、とても厳しく当たっていたそうよ」
器量が悪い、不器用……エリカはその罵倒が、アメリーに何も当てはまらないと気付く。
アメリーは美人だ。少し憂鬱そうではあるが、それもまた魅力の一つで、貴族令嬢らしく大人びていて物静かな淑女で、しかし対人関係に難がある、という設定だったのだ。
ちなみにアメリーは不器用でもなく、むしろ器用だ。レース編みや刺繍はお手のもの、手先が器用と『ノクタニアの乙女』世界観ガイドブックに明記されていたのだから、間違いない。
家族からの理由のない悪意が、罵りが、アメリーをどれほど傷つけていただろう。それを思うと、エリカはアメリーが受けた貴族学校内でのいじめの内容まで聞くことがためらわれた。
(貴族のお嬢様がそれは……つらいというか、プライドがズタズタにされたでしょうね。結局、アメリーは帰るべき家もなく、そのはずなのに)
ここで、エリカは一つ疑問が浮かんだ。
——アメリーは、今、どこに住んでいるのだろうか?