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第8話 厄介な叔父、来襲-2

 螺旋階段を登りながら、こほん、と一つ咳をして、ルーパートはこんなことを言ってきた。

「それはそうとだ、彼とは、そう……どんな話題を?」

「え? いえ、ごく普通のお話を。天気からお薬のことまで」

 なぜそんなことまで知りたがるのか、不可解なエリカは階段の途中で足を止め、無意識のうちに不審そうな目を向けてしまったのだろう。同じく足を止めたルーパートは慌てて、その意味について付け加える。

「いいか、エリカ。もし彼が『公爵家』の話題を持ち出したら、それとなく聞き出しておきなさい」

「『公爵家』? どちらの?」

「こほん、彼が口にするのは、ただ一家のみだろう。とにかく、それについて耳にしたら、私へ報告するように。いいかね?」

 エリカはピンと来た。

 ——これは、エルノルドのトゥルーエンドに関わる情報だ。

 エリカは俄然、興味が湧いてきた。というよりも、知らなければならないことだ。叔父からそこを聞き出すため、少しばかりかわい子ぶってみる。

「叔父様、それだけじゃ気になってしまうわ。公爵家といっても我が国には十二もあるもの、詳しく教えてくださらない? そうじゃないと、もしエルノルドの機嫌を損ねてしまえば恐ろしいことになってしまうわ」

 まるで世間知らずで無知な令嬢が、本当に婚約者の機嫌を損ねることを恐れるように、そんな口調をしてみたが——どうだろうか。エリカは上目遣いにルーパートを窺う。

 そう、なのだ。おまけにルーパートの場合、、だ。

「あ、ああ、仕方ない、分かった分かった。『公爵家』というのは、彼の実母の実家、エーレンベルク公爵家のことだ」

「え? エルノルドのお母上は、確か、隣国の辺境伯家からいらっしゃったのではなかったかしら。先日のお見合いでお会いしましたわ」

「その方はエルノルドの戸籍上の母だ。血を分けた親ではない。ニカノール伯爵……当時はただの次男だったその人が、エーレンベルク公爵家の姫君《エレアノール》と駆け落ちして生まれたのがエルノルドなのだ。エルノルドを産んでから実家のエーレンベルク公爵家に連れ戻され、ニカノール伯爵は無理矢理事情を知らぬ他国出身の妻があてがわれた」

 おどろおどろしく、ルーパートは無知な令嬢へ教えて差し上げよう、と芝居がかった口調だ。

 正直見ていられないが、エリカは「まあ、そんなことが」と口を押さえて驚いてみる。その反応が彼の期待どおりだったらしく、ルーパートは上機嫌にこう締めくくった。

「とまあ、社交界では『公爵家の悲劇』とだけ呼ばれる公然の秘密だが、未だそれをエルノルドが恨んでいる、という話もある。万一だ、そうなったときには我が家は立ち位置を見極めねばならん! いいか? 『公爵家』に関する話を聞いたら、すぐに私に伝えるのだぞ?」

「はい、叔父様。そうしますわ、ではこれでごめんあそばせ」

 エリカは大仰に一礼をして、螺旋階段を昇っていく。——『公爵家』と『公爵家の悲劇』について探りを入れる——をエリカに忠告できたルーパートは、さすがにもう追いかけてはこなかった。

 当然だが、エリカはルーパートの言うことを聞くつもりはなく、その義理も道理もない。足早に自室へ辿り着くと、しっかりと扉を閉めて、誰の足音も追いかけてきていないことを確認してからベッドにへたり込むように座った。

 ここならば安全だ、防音も効いているし、扉には鍵もかけた。エリカは勝手知ったる自室を見回して、何も変化がないことを確認する。ベッドと机と椅子とソファ、そして壁一面の本棚だけ、という少しばかり手狭な部屋だが、エリカは気に入っていた。隣の衣装部屋のほうが広いものの、前世の性分が抜けないエリカはこのくらいの広さが落ち着く。

 とはいえ、一日中歩いて、色々と考えごとをして、疲れがどっと溢れてきた。服を着替えるのは後回しにして、エリカはそのまま目を閉じて、真新しいシーツと毛布で整えられたベッドに倒れ込む。

 疲れていても頭は妙に冴えてくるくると回り、一日の出来事と収穫から、今後の行動について考えが巡っていく。

(この流れで叔父様の言うことを聞いたら、エルノルドの立場が悪くなるだけじゃない。まあ、貴重な情報をくれて、トゥルーエンドとも変わりないことが確認できたからよかったけれど)

 叔父ルーパートに会うのは想定外だったものの、欲しかった情報が手に入ったという点では実にありがたい。トゥルーエンドのフラグとなるであろう『公爵家』、『公爵家の悲劇』という単語がエリカの事前知識と一致することが判明しただけでも、大収穫だ。

(とりあえず、今分かっていることを再確認しましょ。トゥルーエンドでは、エルノルドは母を監禁しているエーレンベルク公爵家を追い落とそうとして失敗し、陰謀の数々を暴かれ、協力者たちは軒並み処刑される。肝心のエルノルドはベルナデッタの助けで危機一髪、他国に逃れる……って流れ。つまり、陰謀が露見しないで成功するか、あるいはそもそも陰謀自体を諦める道がある。多分、前者は『公爵家』のほうが上手で成功率が低いから論外、後者はエルノルドの説得が私では難しい)

 そもそも、エリカはエルノルドにとっては突如現れた婚約者だ。同じ貴族学校出身とはいえ交流はほとんどなく、信頼関係を築くには時間が足りないし、エルノルドはそれさえもやんわり拒絶するだろう。彼からしてみれば、野望を成就する道のりの中で、エリカには特に利用価値がないからだ。無理に親交を温める必要がない、とさえ思っているに違いない。

 ならば、エルノルドが失敗するトゥルーエンドに辿り着く前に、どうすれば止められるか。

(そうね、誰だったら説得できるか……やっぱり、ベルナデッタか。仕方ない、ベルナデッタに頼るしかないわね。あれだけデレデレしてるんだから、説得を重ねていけば何とかなるはず。できないならベルナデッタの力で誘拐してもらって他国へ送って、帰ってこられないようにする。そのくらい強制しないと、みんな死んでしまうもの)

 多少強引ではあるものの、『ノクタニアの乙女』全エンディングのうち、トゥルーエンドがダントツで犠牲者の数が多いのだ。これだけは実現させてはならない、そのためならばどんな非情な決断だってしなくてはならない。

 エルノルドの、ベルナデッタへの恋心だって利用して、だ。

 心が痛まないと言えば嘘になる。エルノルドもベルナデッタも、エリカが好きだった『ノクタニアの乙女』の登場人物で、すっかり情が移ってもはや小さいころから面倒を見ていた親戚の子のようなものだ。だからこそ、誰にも死んでほしくない。

(頼りっきりでベルナデッタに悪いから、気が進まないなぁ……うぅ、どうにかならない?)

 エリカは罪悪感で胃がキリキリと痛む。ベルナデッタなら二つ返事で引き受けてくれると分かっているだけに、それを利用してつけ込むようで後ろめたい。

 とりあえず、エルノルドの説得に関してはまだ事態がそこまで進展しておらず、説得のタイミングを見計らうために置いておくとして、差し当たってベルナデッタに頼むべきことは——アメリー・アルワインとエレアノール商会の調査だ。

 エリカは、、と見ていた。

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