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第8話 厄介な叔父、来襲-1

 エリカはキリルに自宅近辺まで送られて、その日は解散となった。

「何かあればすぐに言うように、この地区担当の巡回兵や警察に見回りを増やすよう掛け合える。何なら俺が」

「あ、それはいいです。大丈夫よ、一応私の住むところは貴族が多い住宅地だし、ここまで追いかけてくることはないでしょうから。心配してくれてありがとう、キリル」

 キリルは「むぅ……」とちょっと不満そうだったが、それ以上何かを言うことはなかった。

 街灯の光石灯が点灯しはじめ、人々の足が家路に急ぐ。キリルと別れて、エリカはその流れに入り込んで、角を曲がってすぐの自宅に難なく辿り着く。

 そこは、古ぼけた屋敷が立ち並ぶ通りだ。決して門や柵が金ピカに派手だったり、車寄せがあるほど大きかったりはしないが、由緒正しく古風な——壁一面のヒビ割れやツタまみれの——築百年をゆうに超える建物ばかりがその区画にずらりと建っていた。

 その真ん中にポツンとある、小さな庭付きの三階建ての屋敷が、エリカの実家であるサティルカ男爵家だ。サティルカ男爵領で採れる上品な黒のシェード石という、ページをめくるように割れる特殊な石を屋敷の外装に使っているので、他の家に比べれば少しは古さを誤魔化せている。

 サティルカ男爵家の黒地に金鶏の紋章が玄関の上に掲げられており、先日金メッキを塗り直したため、妙に立派な金鶏が浮き出ていた。それだけ見ればとても立派な貴族の屋敷のようだ、とエリカは思ってもみなかった皮肉が胸中に湧く。

 何せ、玄関上の紋章を塗り直そう、とエリカの父サティルカ男爵へ提案してきたのはお節介な叔父ルーパートで、その思惑は透けて見えている。

「貴族の社交界に出入りする以上、少しでも見栄を張って家を立派に見せなければ!」

 という、何ともよこしまな意気込みがあってのことだからだ。

 現在社交界に出入りしているのは叔父だけだし、その影響でエリカはエルノルドという婚約者を得てしまった。

(何というか、見栄を張って貴族ぶりたい人なのよね、叔父様。そこのところお父様と性格が違ってて、そのためならサティルカ男爵家も乗っ取りそうで怖いから、どうにかしたいんだけど……)

 シェード石の整備も、紋章の塗り直しも、結局叔父はろくに費用さえ出さなかったのだから、口は出して金は出さないなんて人間に男爵家を持たせればどうなるかなど、火を見るより明らかだ。

 エリカの帰宅を察して、老執事と二人のメイドが玄関扉を開け、出迎えてくれた。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 いつもどおりの、家族同然の使用人たちの挨拶と笑顔に、エリカはホッとする。

「ただいま戻りました——」

 ところが、だ。

 そこに、一人の中年男性が混ざってきた。

「おかえり、エリカ」

 整髪料で黒髪を後ろに撫でつけた、顔立ちだけは人好きしそうな男性。着ている一張羅のスーツだって決して安くはなく、ただそれだけしか持っていないだけ——エリカからすれば、見栄を張って虚栄心を満たそうとする理解できない生き物男性

 一瞬、エリカは「ゲッ!?」と口からまろび出そうになった声を、何とか呑み込んだ。

 ぎこちない作り笑いの仮面を必死に被って、エリカは貴族令嬢らしく、叔父ルーパートに会釈した。

「ルーパート叔父様? え、ええと、ごきげんよう。お父様とお母様はどちらに?」

「おや、お前も忘れていたのか。今日は二人の結婚記念日だよ、私の伝手で二人の好きな魚料理の美味い店に予約を入れておいたんだ。今日は遅くなるだろうから、お前が帰ってくるまでとりあえず留守を預かっておいたというわけだ」

(白々しーい……何か探られていないか、あとでチェックしとかないと)

 なぜ兄夫婦の結婚記念日の祝いを、今まで何もしていない弟が手配するのか、という疑問から見えてくるのは、どう考えたってやましい本音だ。

(サティルカ男爵夫妻を家から出して留守にさせて、その間に金庫や重要書類を見たり盗んだり、ってところかしら。お生憎様、それは私が予想して、もしこいつが来たら絶対目を離さないよう執事たちに言いつけておいたもの)

 どうやら老執事とメイドたちはその言いつけを守ったらしく、目配せと無言の頷きでエリカへ家内の安全を知らせてくれた。

 そんなことはつゆ知らず、ルーパートは親しげにエリカへ話しかけてくる。エリカはさっさと自室に逃げ込みたくて廊下を進んでいくのだが、ついてくるので仕方なく相槌を打つ。

「それより、婚約者のニカノール伯爵家嫡男エルノルドとはどうだね? ちゃんと会っているのかね?」

「もちろんですわ。先日……は偶然、お会いしたくらいで」

「ほう! うむうむ、サティルカ男爵家のためにも、しっかり仲良くなっておくように」

「はーい、心得ましたわー」

 ルーパートは自分の紹介で得た婚約者のことが心配らしく、エリカはうんざり聞き流す。男爵家令嬢が伯爵家の後継と結婚となれば、仲人となった叔父も鼻が高い、という取らぬ狸の皮算用だろうが、残念ながらおそらくその未来は来ないだろう。エリカがその未来ルートを潰すからだ。

 しかし、ルーパートが探りたいものは、それだけではなかったようだ。

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