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第7話 作戦会議in公園-1

 王都のあちこちにある公園は、明るくて管理の行き届いた憩いの広場だ。どんな都市も広場を中心に建てられているように、その地区その地区の公園が広場の役割を果たして、周辺住民を繋いでいる。一本の大樹と溢れるような季節の花壇、それから人が集まる少し広めの平たい空き地があればいい。そうすれば、おのずと子どもたちが公園で遊びはじめ、それを見守る大人たちが公園へ興味を持ち、老人たちが日向ぼっこと歓談のために通うようになる。

 エリカが偶然見つけた路地裏の公園も、例に漏れず典型的なところだった。近所の誰かが好きなのだろうか、数種類の百合が咲き誇り、大樹のしっかりした枝には小さな子ども向けの手作りブランコが下がっている。午前中ということもあってひとけはあまりないのだが、日当たりのいい花壇脇にちょっと座って話し込むにはもってこいだ。

 通りすがりの古いパティスリーで買った麦芽クッキーの袋をそれぞれ持って、エリカとキリルは花壇を囲むレンガに座り、よし、と気合いを入れ直した。

「さて、作戦会議を始めます」

 すると、キリルはクッキーの袋を落とさないようにしながら、独り盛大な拍手を叩いた。

「うむ、これを待っていたのだ! それで、どうする? 俺は何をすればいい?」

「まあ待って待って。まず私たちがやるべきこと、目標をいくつか用意したからその説明からね」

 エリカとキリルのやるべきこと。正確には主体はエリカであり、キリルは協力者だが、この『ノクタニアの乙女』のゲーム内世界においてエリカの最大の目的は『トゥルーエンドを含めたすべてのエンディングが実現しないようにして、誰であってもできるかぎり平穏かつ不幸が訪れないようにすること』だ。

 そんな途方もない目的を一人で達成できる、などとエリカは思い上がるつもりはない。ベルナデッタやキリルたちをはじめとした誰かの多大な協力がなければ、どれほどゲームの攻略知識があったとしても不可能だ。

 逆に言えば、『ノクタニアの乙女』という。協力者となる人々は全員が『ノクタニアの乙女』というゲームの世界に生きる人物であり、運命シナリオを何一つ知らず、信じないのだから、のだ。

 まるで生身で戦略シミュレーションゲームをプレイするかのごとく——人はそれを人生ゲームと言うかもしれない——エリカにはエリカの役割が、キリルにはキリルの役割がある。どちらかが欠けてもいけない、それがエリカの目的の大前提だ。

 ——誰かを助けるためならば積極的に協力する善人たちを、納得させなければならない。

 もっとも、それはエリカの当初の目的から必ずしも外れていないし、何ならもう簡単に目的=人助けと標榜したって問題ない。

 差し当たって、協力者キリルと、その主君でありすでに助ける道筋を作ったドミニクス王子を「もう大丈夫」と言えるくらいにはしておこう、とエリカは決めてある。

「まず、ドミニクス王子の完治のために今までどおり魔法薬を作る。これがキリルの最優先目標ね。だから魔法薬の原料調達はついてきてもらっているわけだし」

「そうだな。だが、もちろん他のことにも協力するぞ」

「ありがとう。今はその気持ちだけ受け取っておくわ、今後はキリルにしか頼れない場面だって出てくるだろうから」

 すでにキリルの存在は、護衛として存分にその価値を発揮してもらっている。ついでに、荷物持ちも進んで引き受けてくれるため、魔法薬の原料調達ミッションは実にスムーズに進行した。

 そちらが軌道に乗ったなら、一旦別の方向違うキャラクターにも目を向ける余裕ができる。

「で、それ以外の私の懸念は……婚約者のエルノルドが何をしているかに関して、情報収集すること。ちょっときな臭い話もあってね」

「ふむ、それは心配だな」

「できればエルノルド本人のことも知りたいけれど、私あんまり好かれてないから、うーん」

「ならば、誰か親しい人間に話を聞いたほうがいいのではないか? 貴族の家ならば必ずどこかに御用達ごようたしとなっている所縁ゆかりある店や親類の家があるはず、貴族学校の伝手なども有効活用できそうだ」

「そうね、やっぱりそうよね。私はベルナデッタに協力してもらってそちらを調べてみるわ。キリルは……もし可能なら、ドミニクス王子へエルノルド本人や実家のニカノール伯爵家の噂について聞いてみてくれる? あまり無理強いはしないわ、殿下のお身体を気遣って」

「分かった、折を見てお尋ねしておこう。殿下も命の恩人であるエリカのためならば喜んで協力してくださる、心配するな!」

 大きく頷き、キリルは太鼓判を押した。クッキー袋の中身を全部口に放り込んで、もぐもぐしている。

 これで少しはエルノルドに関する情報が入ってくることだろう、エリカは内心安堵する。

 ここで、エリカはを思い出し、クッキーを食べ終えてから、キリルに念のため忠告しておくことにした。

「もう一つ、杞憂ならいいんだけれど、『魔法使い』には注意してほしいの。王子にも、キリルにも」

 キリルは、エリカが思っていたよりもずっと敏感に、『魔法使い』の単語に反応して、こう言った。

「というと、『のろ』いか?」

 キリルらしからぬ神妙な声色に、エリカは無言で頷く。

 『ノクタニアの乙女』の世界には、魔法が存在する。魔法薬調剤師であるエリカが作る魔法薬はこの世界では一般的で、普遍的に世界中に生息するスライムやオークといったいわゆるモンスターやファンタジックな動植物、鉱物を原料として、現実世界の薬よりもずっと効果のある不思議な魔法薬となる。

 こうした魔法薬は、魔法薬学の知識があって、少しでも魔力を備えていれば作成できる。原料の選別や処理に『魔力をこめる』という簡単な動作が必要であること以外は、勉強すれば何とかなる。

 それとは異なり、己の魔力を操作して不可思議な現象を引き起こす『魔法』は、天性の素養だけが求められる。多くは遺伝性で、血筋によって素養は受け継がれるため、魔法使いは一様にを持つ。ちなみにエリカもエメラルドのように輝く黒髪をしているが、これは隔世遺伝で、先祖の初代サティルカ男爵以来の発現なのだが、残念なことにサティルカ男爵家は魔法使いの家門ではないためノウハウがなく、エリカは魔法使いにはなれなかった。

 もっとも、エリカはなれたとしても魔法使いになる気など一切なかった。なぜなら、ノクタニア王国で言うところの『魔法』とは、ほぼ間違いなく『のろい』を指すからだ。

「私が知るかぎり、魔法の大家であるトネルダ伯爵家やアーセン子爵家はそういう需要他人に呪いをかけることを稼業にしているし、魔法薬調剤師と違ってあまり直接的に世間に知られていない。その割には誰も彼もが呪いのせいで身体的精神的被害を受けた、なんて言うものだから、うちの解呪薬リカースが常備薬としてもてはやされるわけだわ」

「効果のない護符アミュレットの違法販売や神殿からの横流しも後が立たないからな。それは騎士団でも耳にするし、たまに誤作動でロバの耳が生えたりもするそうだ……恐ろしい」

(恐ろしいかなぁ……?)

 珍しくとてもシリアスな顔をしているキリルにツッコむことは躊躇ためらわれたため、エリカは黙っておいた。

 『のろい』によって怪我をした、体調不良になった、あるいは死に至らしめられた、という風評はいつの時代でもある。ノクタニア王国ではそれが実在し、王侯貴族も『のろい』の存在を恐れて好き勝手する魔法使いたちを半ば放置しているくらいだ。物証を得ることがきわめて困難な『のろい』では罪や責任を問うことができないせいで、『のろい』に対抗するためには強力な解呪薬リカース護符アミュレットを使用するほかないのが現状だった。

(もしそんな連中に横槍を入れられれば、抵抗のしようがないわ。解呪薬リカースで間に合えばいいけど、もし服薬する時間さえ与えられなかったらどうしようもない)

 エリカが各キャラクターたちの不幸な結末を変えるためにどれほど努力を重ねても、そういった『のろい』を得意とする魔法使いに目をつけられれば一気に状況が変わってしまう。実際、あるキャラクターのエンディングでは、大勢の人が呪われて死ぬこともあったほどだ。

 ならばその横槍をどう防ぐか、そればかりはまだエリカにはいいアイデアが浮かばない。

 二人が頭を悩ませ、『のろい』の怖さを噛み締めていると、花壇の向こう、公園のすぐ外の道を、分厚い日傘を差した淑女が歩いていた。

 いや、歩いていたというよりも、コソコソと、そそくさと急いでいる、といったほうが正しい。しかも白の日傘と濃い紫のサテンドレスは相性が悪く、動作と相まってどうにも目立って仕方がない。そのせいでエリカはつい視線を送ってしまったのだが——。

「あら? あれは……」

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