日差しの強い晴れた日には、王都の上空を渡りの小型ドラゴンの群れが天高く北方の大山脈を目指して飛び、その下の日陰を利用して鳥たちが同じ方向へと向かっている。
季節は夏を迎えつつある六月の後半、春から秋にかけて人々の往来も活発になり、たくさんの物資が王都へ流れ込んでくる。その中には、魔法薬の原料も含まれていた。一般的な薬草から希少なモンスターの一部、樹海や雪山の奥でしか採れない植物や鉱物、まれに海岸に流れ着く海の底の生き物たちが残した不思議な太古の遺産。この時期にしかそれらは集まらず、それゆえに王都の人々も珍しいもの見たさに、用事もないのに各種市場へ足を運ぶことが習慣となっていた。
そう——『ノクタニアの乙女』でも市場でのデートイベントが定期的に発生していたので、エリカも自分の庭のごとく市場マップを憶えている。どこでどのキャラクターの好みの品物を扱っているかはもちろん、貴族学校関係、貴族の実家関係の特殊会話を備えた各ショップキャラクターの位置、出現時刻、市場に関わるイベントフラグが立つタイミングまですべて憶えている。
それゆえに。
絹のストールと丸い麻帽子をかぶって、夏仕様の涼しい素材でできたセーラードレス姿のエリカは、隣に鎧を脱いだキリルを従え、王都で一番大きな中央市場にやってきた。何でも揃うと評判だけあって、その面積は一つの街そのものだ。王都自体、エリカが前世で住んでいた
それだけに。
エリカとキリルが一歩、中央市場へ足を踏み入れた瞬間、周囲の空気がざわッ……! と一変し、近隣店舗の店主や店員、通りすがりの荷運びたち、さらには常連客たちの視線までもが、二十歳の女性であるエリカただ一人へと注がれた。
緊迫、期待、畏怖、そのような感情ばかりが人々の目から読み取れる。
さっきまで活気溢れる市場だったはずなのに、この近辺だけが音を切り取ってしまったかのごとき静謐さだ。
すぐに、エリカの前に一人の裕福そうな商人がやってきた。何度も会ったことのあるこのあたりの顔役、ビール樽のごとき腹を抱えた中年の織物商人オットーだ。
「これはこれは、エリカお嬢様! 今日はどのようなご用件で……?」
ペコペコと
「連絡せずにやってきて申し訳ないわ。ただ、急用があって……アレサンドロさんは最近どう? 忙しくしているならまた日を改めるけれど」
「ああ、アレサンドロ翁ならさっき店へ入るところを見ました! 昼からは忙しくするかもしれませんが、今なら大丈夫かと!」
「そうなのね。ありがとう、オットーさん。今度また薬品の濾し布が必要になりそうだから、そのときはよろしくお願いするわ」
「もちろんです! いつでもどうぞ!」
頭を下げっぱなしのオットーから、そそくさとエリカはキリルの右袖を引っ張って逃げる。周囲の視線がどうにも痛く、これ以上見せ物になる気はなかった。
そんな中、空気を読まないキリルが調子よく
「相変わらず、一目置かれてるぅ」
即座にエリカは能天気なキリルを睨みつけた。
「キリル、あなたのせいでもあるんだからね」
「いや、俺は何もしてない」
「嘘おっしゃい。何度喧嘩してそのへんの店の用心棒をぶん投げたのよ」
ぎゃあぎゃあ言い合いながら、二人は目的の店へ早足で向かうが、後ろから聞こえてくる人々のエリカに対する噂話は嫌でも耳に入る。
曰く、こんな感じだ。
「今のが……市場を裏で取り仕切るという?」
「何度も市場の危機を救ったそうな」
「商家のお嬢様じゃあないんだろう? 貴族の、それも男爵家の」
「しっ! あの方はかのノルベルタ家とも関わり深いんだぞ」
「と、とんでもねぇお嬢様だな」
大の大人たちが、それも海千山千の商人たちが口を揃えてエリカをそう評すのは、もちろん訳があった。
貴族学校時代から、エリカはベルナデッタを通じてノルベルタ家に元の世界の金融や経済の知識を与えて急成長させたのだが、その過程でどうしても敵に回るのは、既得権益者たち——すなわち、王都ですでに儲けている商家や商人たちだ。出る杭は打たれる、とばかりに彼らは急成長を遂げるノルベルタ家を敵視し、あの手この手で嫌がらせをしてきた。
たとえば、ノルベルタ家傘下の店には商品を卸さないとか、売値をふっかけてくるとか、血の気の多いマフィアじみた商人などはごろつきを雇ってノルベルタ家の銀行や店舗を破壊して回るという
それだけではないが、何にせよエリカの助言は功を奏し、いつのまにか痺れを切らしたエリカが最前線に立って敵対商人潰しに奔走したことも何度かあったため、すっかりエリカは恐れられてしまっている——ついでにキリルも——というわけだった。
そこまでやられれば、商人たちも「敵対が得策ではない」と考えを改める。つまり、
しかし、エリカも貴族学校と魔法学院を卒業し、きちんと魔法薬局へ就職を果たし、市場で魔法薬の原材料仕入れを担当する機会が生まれた。