「今回の依頼内容は二つ、既存サーバーの破壊及び現存情報記録の完全抹消です。死者の羅列は既に移転サーバーの構築を終え、各種情報記録を分散した上で次の組織計画に段階を移行しております」
「知ってるわ、今回の依頼内容も、何処に目標のブツがあって、死者の羅列が私達に何をやらせたいのかも全部知っている。テフィラ、確かに仕事の話をしようと言ったのは私の方だけれど、もっと詳しく詰めたい場所は其処じゃないの」
クロームメッキのテーブルを指先で叩き、口元に妖しい笑みを浮かべたリルスの切れ長の瞳がモニターに映るテフィラを射抜く。
「報酬、対価というものは此方が背負うリスクに相応しいモノじゃなきゃいけない。そう思わない?」
「……その件は既に了承済みかと存じ上げていましたが? リルスさん」
「いやねテフィラ……メール内じゃずっと暈し続けていたのは貴女達よ? そうね、一応これも仕事の話に入るかしら? 貴女はどう思う? イブ」
不意に声を掛けられたイブは、表情には出さないものの内心驚き、指先を僅かに上下させた。
交渉事は得意じゃない。嘘や騙し合いは己の専門分野ではないのだ。相手の腹を探り、痛いところを言葉のナイフで刺す血が流れない殺し合い……。リルスの視線に頷き返し、曖昧な笑みを浮かべたイブは個室の壁に背を預け、動揺を抑え込むように腕を組む。
「……死者の羅列相手に交渉ですか? 正気を疑いますねリルスさん」
「ビジネスは何事も交渉から入るものだと思うけど? あぁ、仕事に関してはそちらの言い分を聞くし、此方も出来る限り譲歩するつもりよ? けど……依頼報酬については私達の条件を必ず飲んで貰う。いい? テフィラ」
「善処しましょう、リルスさん」
嘘だ―――。二人とも腹の内にナイフを隠し持ち、時折刃をチラつかせては相手の首を掻っ切ろうと画策しているに違いない。顔には笑顔を貼り付け、言葉という布でナイフを覆い隠しながら握る様は年若い少女とは程遠い存在……老獪した毒狐を思わせる。
「先ずは」
「報酬の話をしましょうか」
「どうぞ」
「一つ、死者の羅列は私達にゲート近郊の居住マンションを与えること。二つ、死者の羅列が管理する違法サーバーと独自ネットワークを私とイブに貸与すること。三つ、これからもビジネスパートナーとして仲良くしていくこと……。どう? 飲んで貰えるかしら?」
「三つ目は此方としても魅力的な条件ですが、前者二つは今回の依頼内容と差し引いても死者の羅列に利益を感じられません。リルスさん、大変申し訳ありませんが拒否させて頂きます」
「あら、魅力的な条件だと思ったのに残念ね。えぇ、本当に残念よテフィラ」
残念なのはそっちだろうと、テフィラが薄く笑う。それに応えるようにリルスもまた笑みを浮かべ、HHPCのコネクト・ケーブルを情報端末から引っこ抜く。
「交渉は終わりですか? リルスさん」
「貴方達に応じる意思が無いのなら、意味が無いでしょう?」
「残念です。もっと楽しめると思ったのですが」
「楽しむも何も……依頼主詐称をしていて、仕事の対価を払えない人間に用は無いと言っているのよ、私は」
座布団を手で払い、レンズに付着した埃を布で拭いたリルスがテフィラを睨む。
「何のことでしょう」
「しらばっくれても無駄よ? 死者の羅列って組織は秘密主義者の集まりの筈。自分達の名前も出さず、仕事の情報も必要以上に出さない連中なのに、どうして貴女だけテフィラって云う自分だけの名前を出したのかしら? そうね……貴女の兄ならもっと上手く事を運ぶし、こうして突っ込まれる事も無い。だから」
これ以上は時間の無駄なのよ、テフィラ……。手を振り、ドアノブを握ろうとしたリルスの腕をイブが掴む。
「どうしたの? イブ。もう此処には用が無いんだけど」
「リルス、羽虫って知ってる?」
「小蝿とかよね? 何よいきなり……貴女、テフィラに用事でもあるの?」
「一個だけ言っておく」
「ん?」
「伏せて、扉から離れなさい」
瞬間、扉が爆発四散する。電子ロックの機械部品が木っ端微塵に吹き飛び、吹き上がる白煙の向こう側に立つ黒の巨躯。重々しい駆動音を響かせ、鉄鋼パイプを連想させる人工筋肉を軋ませた巨躯は真紅の単眼にイブとリルスを映し、右腕に装着した弾薬式パイルバンカーに新たな炸薬を装填する。
「対象を発見……身元不明の少女が二名。指示を願います、ボス」
頭部を覆う多目的装甲からくぐもった声が漏れ、単眼がテフィラを見据える。
「はい、はい、はい……。了解しました、ボス」
ウゥン―――と、左腕にぶら下がるチェーンマシンガンの銃身が回り、次第に熱を帯びると烈火の如く弾丸を射出する。一発一発が防弾ガラスを一撃で貫く凶弾であり、一瞬にして部屋を文字通り蜂の巣にし、睡眠カプセルや情報端末を滅茶苦茶のスクラップに変えた。
黒鉄の襲撃者……強化外骨格を纏う襲撃者は黒煙の中へ足を踏み入れ、火花を散らす情報端末へコネクト・ケーブルを差し込もうと首筋に手を添える。破壊された情報端末であろうとも、テフィラ……死者の羅列首領メテリアの妹を回収できれば全ての問題に片が付く。この娘の能力があれば、何事も上手くいく。
コネクト・ケーブルが接続ソケットに差し込まれようとした瞬間、銀の閃光が強化外骨格の右腕を一太刀で斬り落とした。
「リルス、大丈夫?」
「……一つ言っていいかしら? イブ」
切断面から流れる黒色の人工血液と生物のようにうねり曲がる鋼の筋繊維。予期せぬ反撃に目を見開いた襲撃者は、銀翼を羽ばたかせたイブの七色の瞳に言い得ぬ恐怖を煽られる。
「私はね、貴女やダナンと比べて荒事は苦手なの。分かる? 見なさいよ、こんなに手が震えてるじゃない。可愛そうだと思わない?」
「可愛そうだと思わないけど、仕方ないとは思うわね。リルス、テフィラは無事?」
チェーンマシンガンの弾丸を真正面から食らって生き残れる人間は、己と同じように強化外骨格を纏った者か完全機械体の人でなしだ。だが、銀翼を振るう少女は何処からどう見ても生身の人間で、強化施術や機械化手術の痕跡一つも見当たらない。
「無事……間一髪って言ったところね。いえ、電気信号模擬体をどうやったらその場で殺せるか検討もつかないけど、貴女が思うほど深刻な事態にはなっていないわ」
「そ、なら良かった。話が変わるけどリルス、女の子に銃を向けた人間はどうするべきだと思う?」
「愚問ねイブ。半殺し……いぃえ、全殺しに決まってるじゃない」
「奇遇ね、私も同意見よリルス」
刹那―――ストンと襲撃者の視界が地面に落ち、頭部装甲ごと銀翼に貫かれる。斬られた事実を認識できないまま絶命した襲撃者はイブに強化外骨格ごとバラバラに分解され、ガラクタ同然の鉄屑に成り果てた。
「で、これからどうするの? リルス」
「……」
「私としてはこの塵を排除して、貴女の安全を確保出来たらそれでいいのだけれど……貴女はそうじゃないわよね? もっと別の……考えてることがあるんでしょう? 話してみなさいよ、私達の仲じゃない。ねぇ……リルス」
コフィンの曇ったガラス窓を手で拭い、通りに集まる強化外骨格の集団を見下ろしたリルスはHHPCに向かって「テフィラ、正直に話して貰えないかしら? 下層街じゃ馬鹿らしいと思うけれど……仕事ってのは信用が第一なんだもの」と、静かに問う。
「……」
「話だけでも聞いてあげる。これでもかなり譲歩しているのよ? だから」
「震え狂う神」
「……」
「兄さんは、ソイツらに利用されているんです。今回の依頼……本当の依頼内容は、震え狂う神の教団の秘匿サーバー破壊……奴等の取引帳簿から、死者の羅列の名前を消すこと。お願いできますか? お二方」
少女は、重い口を開いた。