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別行動 中

 テフィラ……その名をリルスから聞いたイブは、顎に指を当てると「さぁ、誰かサッパリ分からないわ」肩を竦める。


 「本当に?」


 「疑うの?」


 「別に疑ってるワケじゃないわ。まぁ……これを見て貰った方が早いわね」


 マウスのカーソルがモニター・ディスプレイの中を泳ぎ、一通のメールを表示させる。


 「……これ、私宛じゃないわよ? 何処からどう見たって貴女に宛てたメールじゃない、リルス」


 メールの内容は仕事の依頼。下層街商業区に設置されている利用者データ回線の使用者解析業務だった。


 「そうよ、これは私への依頼だけれど、貴女への依頼でもあるわ」


 「理由を話して頂戴」


 「そう急かさないでよイブ、メールを最後まで読んでからでも遅くないわ」


 聞こえるか聞こえないかの浅い溜息と軽いドラッグ音。キーボードを叩く事も無く、メールに書かれていた文章全てに目を通したイブは、其処に書かれていた内容からこの仕事はリルス一人で処理出来るモノではないと判断する。


 「なるほどね」


 「分かった?」


 「大体は。リルス、貴女何時もこんな仕事を受けているの?」


 「貴女が居るから受けるのよイブ。私はダナンみたいに戦えないし、貴女が持つ銀翼のような武器も無い。そもそも荒事は私の得意分野じゃないしね」


 真っ黒いコーヒーを啜ったリルスは「あらそう」と頭を振ったイブを一瞥すると、キーを叩き改めて依頼内容を纏めた資料を表示する。


 「先ず何故テフィラの名前を貴女に確認したのか。それは、彼女がダナンの知人であると自分自身で言っていたから。私は仕事柄アイツとあまり行動しないし、ここ最近アイツと一番長く行動していたのはイブ、貴女よ」


 「だからテフィラを知っているかどうか確認した。そうよね?」


 「そ、理解が早くて助かるわ。で、この仕事に貴女を必要とした理由は」


 「戦闘と情報解析が得意な人員が必要だから。ダナンはステラを連れて遺跡に行ったし、別件の仕事も同時進行中。まぁ、手が空いている私に白羽の矢が立つのは当然よね」


 状況を説明する必要が無いわね。呆れと感嘆が絶妙に入り混じった表情を浮かべたリルスは、下層街商業区の全体マップをモニターに表示し、別のモニターに資料を映し出す。



 「今日は何だか色々と説明する時間が多いわね、さっさと進めても大丈夫?」


 「問題無いわ」


 「ありがと、イブ。依頼内容は貴女が確認した通り利用者データ回線の使用者解析。一見したら簡単な仕事だと思うけど、サーバーが在る場所が問題なの」


 資料がクリックされ、拡大されるとマップ上に赤い線が伸びる。線は赤丸で囲まれた一角へ伸び、緩衝地帯と書かれた雑居ビルを指し示した。


 「緩衝地帯?」


 「中層街と下層街の情報施設、違法サーバーが詰め込まれた箱物ね。中層街で法に触れるサーバーを管理して、商業区だけに便宜を図ってもらう情報的相互不可侵地帯。これがあるから死者の羅列は中層街の裏社会に顔が利くし、他の組織には無い独自ルートを築くことが出来たワケ」


 二次元的な地形図だけで構成されていたマップが3D加工処理によって細かさを増す。商業区に点在する監視カメラをハッキングし、独自プログラムで立体模倣図を組み上げる様は圧巻の一言であったが、画面に映った光景を目にしたイブはあぁ……と呟く。


 雑居ビルの入口と裏口を守る違法改造された殺戮兵器群と、黒いローブを纏った影のような男達。全員がよく手入れされた銃を構え、得物を持たない者であっても四肢を機械義肢に換装した完全機械体か半機械体。緩衝地帯とは名ばかりの、殺意に満ちた戦場を想起させる雑居ビル前は死の匂いに満ちていた。


 恐らく彼等の役割は雑居ビルに侵入しようとする存在の迎撃と抹殺なのだろう。二十四時間三百六十五日休まず敷地内を巡回する殺戮兵器、瞬きを不必要な動作だと断じ機械眼に換えた死者の羅列構成員……。リアルタイムで進む3Dマップの状況は常に過剰な爆薬で陰り、浮浪者の血肉が飛び散る凄惨な光景。


 「メールには戦闘の可能性ありって書かれていたけど、間違いなく戦う事になりそうね。リルス、利用者データの解析なんだけど、その利用者ってダーク・ウェブのこと?」


 「違うわ」


 「なら」


 「闇金融の利用者データ。それも中層街、下層街問わずってところかしら? イブ、メールの言語を表面上だけで理解しちゃ駄目よ? 裏の裏……言語プログラムの裏に隠された文字コードを再翻訳してみて」


 銀翼を羽ばたかせ、PCの接続ソケットへ突き刺したイブはメールそのものを構築するプログラムを解析する。


 コードの再構築、再解釈、別言語による再解析……。七色の瞳が目には見えないプログラム群を、少女の脳がルミナを通して理解させる。


 「……成程ね」


 利用者データの解析とは名ばかりのサーバー破壊工作。繋がりを持つ中層マフィアの壊滅を察した死者の羅列は、多額のクレジットを支払い債務者の債権を買収。中層街での闇金融業のリスクを学び取った組織は、別の形でビジネスを引継ぎ営業する。


 コピー・サーバーは既に移転済み。緩衝地帯に存在する箱物は保険に過ぎず、移転場所の安全が確保された後、速やかに廃棄される。だが、保険は保険……死者の羅列以外の組織、無頼漢と肉欲の坩堝が強行手段でサーバーを奪取する前に破壊することを首領メテリアが決めた。


 取捨選択、合理的判断、安定思考……。一つの失敗が負の連鎖を引き起こす可能性があるなら、死者の羅列という組織はその失敗を経験する選択肢を容赦無く切り捨てる。心身を金銭に捧げ、秘密主義を貫く死者の羅列は闇の中で蠢き、秘密が暴かれることを忌み嫌うのだから。


 「私達の仕事は汚れ仕事ってワケね」


 「汚れ仕事? 別にいいじゃない、報酬も良いし」


 「へぇ、詳しく話して頂戴リルス」


 「これからの私達に必要になるかもしれないブツよ」


 「例えば?」


 それは貰ってからのお楽しみ。可愛らしいウィンクをしたリルスは、サーバー保管室までの経路を古びたHHPCにダウンロードする。


 「HHPC? 貴女も持っていたの?」


 「父さんの遺品よ、十年も前のモノだけどね」


 「……そう」


 「何よしんみりした顔して、気にしていないわよ私は」


 傷だらけの、ホロ・レンズが割れたHHPCは本来の性能を引き出す事が出来ないジャンクに足を突っ込んだ年代物。破損した映像情報を補う為に取り付けられた液晶モニターは、黒と緑の二色を基調とした単純なもので、デザイン性よりも機能性を重視している見た目だった。


 「真っ直ぐビルへ向かう? それとも準備してから行く?」


 「先ずは協力者に会うわ。メールの差出人……テフィラって子が待ってるから」


 腕にHHPCを嵌め、モニターをタッチ操作するリルスの手がデスクの上に置かれているゴーグルへ伸びる。ダナンが使う多機能ゴーグルとはまた違う、情報処理機能に特化したリルスのゴーグルは彼女の両目を保護すると同時に、HHPCと接続することが出来る優れ物。


 「じゃ、行きましょうか。鍵は……私が持っておくわね。それでいい?」


 「お願いするわ。動き回ってたら落としそうだもの」


 「確かに」


 ケラケラと笑い合い、アパートを後にした二人はネオンが煌めく商業区へ足を進めるのだった。


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