乾いた銃声と空を切る刃の音。空薬莢が宙を舞い、銃口から硝煙が吹き上がると撃ち放たれた弾丸はゾンビの頭部を粉砕し、木っ端微塵に吹き飛ばす。
屍血が壁に飛び散り、腐った脳漿が弾け飛ぶ。吐き気を催す悪臭を振り撒き、動かなくなった死体を踏み越えたゾンビがダナンへ迫るが、彼の後方から真っ直ぐに伸びたイブの銀翼によって胴体を真っ二つに斬り裂かれ、上半身を勢いよく回転させながら真っ黒い臓物を撒き散らす。
M区画の通路を進む二人の前に立ち塞がるのはアーマーを身に纏った死体や崩れた病衣を着る死体。比較的新しいゾンビならば溶けかけた腐肉を垂らし、目が零れ落ちているのだが、病衣のゾンビは最早人型と呼ぶには無理がある様相。
皮膚や血肉は長い年月を経て風化し、心臓と脳を除いた臓器は既に塵へ帰していた。ネクロスウィルスの病巣である部位以外全て腐れ落ち、溶け消えた死して尚生かされている存在はこの世の者とは思えぬ醜悪さ……さながら餓鬼を超えた地獄の奴隷と言っても差し支えないだろう。
迫りくるゾンビへ弾丸を撃ち込み、リロードの暇も無いと判断したダナンは刀剣へレスを構えると機械腕の超振動ブレードを展開し、ゾンビの弱点である脳と心臓へ刃を突き立て両断する。黒ずんだ血が頬に飛び、彼の灰色の髪を黒に染めたが青年はそんなこともお構いなしに刃を振るい、通路の先へ走り抜ける。
「イブ、無事か?」
「えぇ、問題ないわ。ダナン、貴男こそ大丈夫? 疲れてるんじゃない?」
一言二言の会話を交わした二人の脳へ『信号発信源接近、右折後中央制御室にて強力な信号を受信』ネフティスが行先を指し示す。
敵の群れを蹴散らし、一瞬の合間に視線を交差させたダナンとイブは壁を突き破って乱入した二機の殺戮兵器の不意打ちを間一髪で回避する。
次から次へと……ッ!! 猛々しい駆動音を響かせチェーンソーを振り上げる殺戮兵器林道とチェーンガトリングの銃身を回し、ゾンビを一掃する対人制圧兵器羅刹。そして、天井を突き破って現れた全自動人型戦闘兵器修羅。混沌を極める戦いに舌打ちし、波動砲を展開しようとしたダナンをイブが止める。
「僥倖ね」
「何処がだ? 頭でも湧いたか?」
見ていなさい。イブの銀翼の一枚が修羅へ突き刺さり、七色の瞳がプログラム群を静かに見据え、戦闘プロトコルを構築するシステムデータを書き換える。
ターゲッティング・システム変更、管理者権限の書き換え完了、指揮系統の移行を確認、戦術プログラム再構成……。修羅という兵器を構成する全てのプログラムをハッキングし、データベースを再構築した時間は僅か三秒。驚異的な演算能力と処理能力を駆使し、
低い唸りをあげて修羅が振り抜くは迸る火焔を纏う二振りのヒートブレード。鋼鉄をも焼き溶かし、たった一撃で林道を破壊せしめた自動兵器は真紅の単眼を鈍色に輝かせ、特殊合金で鍛造された装甲を掻き毟るゾンビを一蹴する。
「システム系統をハッキングしたのか……?」
「えぇ、雑魚相手に一々戦ってちゃキリがないでしょう?」
個の暴力を体現した修羅はイブへ放たれたガトリング弾を全て弾き落とし、羅刹の細い関節部位を掴み上げると紙を丸める如く簡単に握り潰す。
生身の人間では到底敵わない機械兵器が味方になるとは……何と頼もしい事か。圧倒的な性能差を見せつけ、群がる敵を排除し続ける修羅を呆けたように眺めていたダナンはハッと息を呑み、イブを抱きかかえると背後に跳ぶ。
攻撃されると云った確証は無い。現に、二人の敵は修羅が排除し続けていた。しかし、戦士の勘と呼ぶべき第六感が叫んだ危機は先程までダナンが立っていた場所を危険と判断し、直ぐ真上から撃ち放たれた青白いレーザー光線による滅却をアーマーの一部分を焼き貫くだけで済ませる。
心臓が痛い程脈動していた。血が頭まで上り、急速に冷えると身体中から脂汗が溢れ出る。赤熱に燃え、溶けた鋼が滴り落ちる先、一つ目を瞬かせた筋繊維生物がぬらりと現れ眼球にエネルギーを収束させる。
スキュラ―――‼ 咄嗟に大口径マグナムを抜き放ち、撃鉄を弾くが一本の筋繊維の束で眼球を操る外生物スキュラはダナンの攻撃を器用に躱し、溶けた天井から更に六つの眼球を垂れ落とす。
すぐさまマグナムからアサルトライフルに持ち替え、空になったマガジンを交換する。どれだけ熟練した技巧を持つ者であったとしても、マガジン交換は最低一秒は掛かる作業。焦りの中に冷静さを湛えたダナンとて、鋼鉄を融解させる六門のレーザー眼球を向けられては手元が狂う。
急げ、急げ、急げ……‼ マガジン交換を終え、照準をスキュラへ合わせたダナンの視界が白い閃光で覆われる。
終わった。これは不味い。機械腕で顔を覆い、薄目を開けたダナンが目にしたモノは銀翼を盾として展開するイブの後ろ姿。強大な破壊力を誇る高圧縮レーザーを五枚の翼を使って防ぐ少女は「ダナン‼ しっかりしなさい‼ 撃って‼ 早く‼」と叫ぶ。
レーザーの余熱で肌が焼ける。白に染まった視界で正確に眼球を撃ち抜ける筈が無い。もし弾丸を撃ったとしても、高熱によって溶けてしまうだろう。だが……ダナンの腕は自然に上がり、イブの肩に銃身を乗せると機械腕の自動照準機能を用いてレーザーの先に存在するスキュラの眼球へ狙いを定めていた。
「鼓膜、破れるぞ」
「再生するから心配無用よ」
真っ向からの勝負は不可能。機械腕のセンサーが狂い、自動照準機能も半ば使い物にならない始末。
「ネフティス」
『御用でしょうか』
「生体融合金属を起動しろ。機械腕の補助と補正を最大限に。射角制御は任せた」
『了解しました』
ダナンの胸から湧き出した線虫が機械腕を覆い尽くし、アサルトライフルの銃身を最高硬度の鋼で包む。レーザーに焼かれ、真っ赤に熱された銃口はネフティスの補助機能によって僅かに右を向き、連続した射撃音を響かせた。
肉が潰れ、水が弾けたような鈍い音。レーザー光線の照射が瞬間的に止まり、焼き貫かれた天井から藻掻き落ちる筋繊維の集合体を思わせる体長二メートルの真紅の肉身。十二本の手足を痙攣させる醜い生物……スキュラは敵性反応を感知した修羅によって細切れに斬り刻まれた。
『対構造物破壊侵入型生物……訂正、スキュラの撃破を確認。戦闘支援を終了します』
焼けた銀翼を振り払ったイブと生体融合金属の使用によってルミナの機能を一時的に低下させたダナン。他の敵性存在の相手を修羅へ任せ、満身創痍でありながらも目的地へ一気に駆け抜けた二人は中央制御室の操作パネルの前に立つ。
イブの銀翼は高圧縮レーザーを受け止めていたせいで灼け朽ちていた。当然だ。余熱だけで皮膚を焼くレーザーを防ぐ為に己の身体装着型兵装を……たった一つの武器を盾として活用した少女に、これ以上何をしろと言うのか。機械腕からハックケーブルを引き延ばし、コネクトソケットに差し込んだダナンはイブを扉側に押し付け、銃を構える。
「なに? 別に隠さなくたって」
「武器が無いだろ、お前は」
「自己再生機能を持ってるわ。心配しない」
「何も言うな」
「……」
「お前は……俺を守ってくれた。だから、今度は俺が借りを返す番だ」
イブのハッキング能力と比べるとダナンの機械腕に組み込まれているハックプログラムは格段に劣るが、隔離扉の操作パネルであれば開く事は容易い。
浅い呼吸を繰り返し、解除を知らせる電子音を耳にしたダナンはイブを部屋へ押し込み、己もまた転がるように滑り込む。修羅の奏でる戦闘音を耳にしたまま隔離扉を閉めた青年は、中央制御室の真ん中に浮かぶ