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闇への驀進

 遺跡へ降りるエレベーターから足を踏み出し、周囲を見渡したダナンはゴーグルの端に表示される毒素数値を視界に映す。


 数値が示す毒素濃度は12%。下層街より7%程高い値は遺跡の浅層じゃ危険域には成り得ない。だが、用心しておくに越した事は無いだろう。ガスマスクのフィルターを固く締め直し、隣に立つイブへ視線を向けたダナンは思わず溜息を吐く。


 「イブ」


 「なに? ダナン」


 「俺がやったマスクはどうした?」


 「貴男の家だけど?」


 「……」


 「心配してるの? ならそれは不要よ。私の身体にはルミナがあるし、致死量以上の毒素を直接体内に注入されなきゃ死なないもの。ダナン、逆に疑問なのだけれど、どうして貴男はマスクとゴーグルを着けてるの? ルミナの蟲を起動すればいいのに」


 少女の問いにもう一度溜息を吐いた青年は「疑われない為だ」と話し、自分たちを舐めるように見つめる他の遺跡発掘者を睨み付ける。


 確かにルミナの蟲を起動し、イブと同じように空気中の毒素を無効化すれば探索はぐっと楽になるだろう。しかし、それは不要な敵を増やす事と同義なのだ。


 下層街の住人は毒素と暗闇に対抗する術を一つしか知らない。ガスマスクを装着し、ゴーグルの暗視機能を用いる方法だけ。毒素を浄化するフィルター残量に気を配り、ゴーグルに内蔵されている小型バッテリーの充電量に注意しながら闇へ進む下層民の遺跡発掘者は、イブのような存在を異常と判断し、その秘密を……ルミナを奪おうとするに違いない。


 故に、ダナンは少女へガスマスクとゴーグルを買い与え、持ち歩くように指示したが彼女は視界と口を塞がれると屁理屈を話し、中々身に着けようとはしなかった。


 「まぁ確かにそうね。体よく例えれば擬態ってとこかしら? 周囲の環境に溶け込み、身を守っては敵性存在を食い殺す。ねぇダナン、トカゲって知ってる?」


 「さぁ、知らん」


 「貴男みたいな存在よ」


 手をヒラヒラと振り、妖艶な笑みを浮かべたイブはダナンの前へ歩き出し、さも行き先を知っているかのように通路を進む。


 トカゲという生物は知らないが、擬態の意味は知っている。他のモノの様子に似せ、生存の為に取る手法。ダナンが他の遺跡発掘者と同じように対毒素用装備を身に纏い、武器を手に持っている様子が周囲に擬態しているとイブは見ていたのだろうか……。


 「何を突っ立てるの? 行くわよ」


 「……あぁ」


 白銀の髪を煌めかせ、五枚の銀翼を伸ばした少女は仄暗い闇の中ではよく映える存在だった。全員が暗い色のアーマーに身を包み、己の存在を誇張しない装備であるのに対し、イブは薄明かりの下に照る明星のような、そんな異質感を放つ奇妙な少女。一週間、遺跡発掘の仕事に同行させていたダナンからしてみても、彼女の腹の内を知る機会は無かった。


 いや……と、青年は頭を振りながら皮肉気に笑う。知る機会が無かったのではない。知ろうとしなかったのだ。彼女の過去を知ろうだとか、何故遺跡に居たのかさえ聞こうとしなかった己が腹の中を知る機会が無かったとほざくには無理がある。


 「……」


 イブの後ろを歩き、周囲を見渡したダナンは自分達を追う遺跡発掘者の一団を視界に映す。男が四、女が二、計六人。音も無く歩いている様子から、機械義肢による消音機構か遺跡の遺物による能力だと推測する。


 気づかぬフリをして罠を張るべきか。それとも今此処で掃討すべきだろうか。アサルトライフルのグリップを握り、引き金に指を掛けたダナンにイブの七色の瞳が向けられ「どうする? ダナン」戦いの選択を迫られる。


 「……M区画へのエレベーターと電子ロックまでの距離は?」


 「丁度二百メートルってところね」


 「そうか」


 なら、後々の問題を処理する為に敵を殺すべきだ。一切の予備動作無しで背後へ向けられた銃口が火を噴き、男の眉間を撃ち抜いた。


 血を吹き出しながら仰け反り、握り締められたライフルの引き金を機械腕の指が無制御で引き絞る。連続した射撃音と怒り狂った数々の怒号。通路の影から身を乗り出して銃を構える男と女。敵が二人だと油断し、殺意を滾らせた遺跡発掘者達は瞬時に腕を銀翼に断ち切られ、両腕から鮮血を噴出させる。


 「ねぇダナン」


 「何だ」


 「私達、結構良いコンビだと思わない?」


 「さぁどうだろうな」


 「あら冷たい」


 溜息と嘲笑と冷笑と……。子供の命を救うために力を振るう少女と、敵対する存在へ刃を振るう彼女の顔は全くの別人のように見え。


 「で、どうするの? どうせまた殺した遺跡発掘者から使えるモノを奪うんでしょう?」


 「そうだな」


 「どうかしてるわよ、貴男。神経を疑うわ」


 それはまるで鬼子菩薩のような二面性。地を這いながら逃げようとする遺跡発掘者の脳天を撃ち抜き、最後の一人へ銃口を向けたダナンは「誰に雇われた」と、血塗れの男へ問う。


 「だ、誰にも雇われちゃいねぇ!!」


 「そうか、なら死ね」


 「ま、待て!! アンタも遺跡発掘者だろ!? 襲ったことは謝る!! だから見逃して」


 乾いた銃声と薬室から排出される一発の空薬莢。男の身体が痙攣し、それでも尚改造された顎から銃口を向けたが、すかさず抜き放たれた刀剣ヘレスによって頚椎を銃口ごと貫かれ絶命した。


 「容赦無いのね」


 「許す必要性が無い。もし此処で逃がしたら、奴は街で俺達を襲うだろう。そして、また命乞いをして嘘を吐く。完全に脅威を排除するのなら、殺した方が確実だ」


 「理解できるけど、したくない言い分ね」


 「……そうか」


 別に理解されたくもなければ、分かってほしくも無い。これが生き残る為の最善手であるのならば、情を排除して実行するべきだ。死にたくないから殺す。生きたいから奪う。下層街では、この思考は間違っていない筈なのだから。


 「行くぞ」


 「死体漁りはいいの?」


 「特に有用なモノを持っていないからな。使った弾丸も十発に満たない数だ」


 「そう? あの不味いゼリーは?」


 「……お前が飲みたいなら回収するといい。俺は自分のがあれば十分だ」


 「いらないわよ!」


 「そうか」


 遺跡発掘者同士で殺し合い、助け合いの欠片もない地獄の路。遺跡で信じられるのは自分だけ。だが……怒った様子で己の足を蹴るイブを一瞥した青年は「イブ……お前は、多分別なんだろう」と呟く。


 「別? 何が?」


 「……少しは信用しているってことだ。信頼には足りないが、一週間お前は俺の命を狙おうとしなかった。出来た人間だと思うよ」


 「変な事を言うのね? 貴男が私に信じさせてくれって言ったのよ? その言葉を言われて、実行しない方が可笑しいわ」


 「……それもそうだな。あぁ、確かにお前の言う通りだよイブ」


 更なる闇へ続く電子ロックを操作し、厚い鋼で閉じられた隔離ドアを開けたダナンは古い臭いが充満するエレベーターへ足を進ませ。


 「俺は……お前を本当に信じてもいいのだろうか?」


 不安と猜疑に眩んだ黒い瞳をイブへ向けた。


 「……馬鹿ねダナン」


 「……」


 「私は貴男を信じていないワケじゃないのよ? まぁ確かに出会いは最悪だし、貴男の行動はどうかと思うことも多々あるわ。けど……その生きたいって心は本物だと思うの」


 今となってはルミナを与えたことにあまり後悔していない。妖しい笑みを崩し、微笑みながらダナンに近づいたイブは指をエレベーターの操作パネルに乗せ、下に滑らせる。


 足元がぐらりと揺れ、軋んだ鋼を響かせながら地下へ降りるエレベーター。毒素数値が急上昇し、フィルターを変えようとした青年の機械腕を少女が止め、ガスマスクを剥ぎ取るとゴーグルを奪い。


 「だから、ルミナにも慣れる必要がある。それは……明日を得る為の力なのだから」


 蠢き吠える地獄の底を指差した。


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