対機械体アサルトライフルを肩から提げ、携帯端末を操作する治安維持兵の男は気怠げに欠伸をすると家族から送られてきた写真画像を閲覧する。
一歳になったばかりの息子と小学校の学生服に身を包む九歳の娘、二人の子供を両腕に抱いて笑顔を浮かべる妻。そして、三人の後ろで仲睦まじい様子を見せる男の両親……。中層街で暮らす家族の写真を眺め、狂ったように銃を乱射する麻薬中毒者を一瞥した男は銃口を上げると躊躇なく引き金を引く。
乾いた銃声と轟く砲撃音。ミサイルとロケット砲弾、他の治安維持兵の射撃音が麻薬中毒者や狂信者諸共爆炎で焼き焦がし、暴徒と化した下層民を一掃する。
面倒事は嫌いだ。仕事を真面目に熟す気は無いし、給料分の働きをしたら文句は言われない。そもそも、男の家族は彼が兵士であることは知っているが、下層街で大勢の人間を殺していることまでは知らないのだ。勿論、男もこの事実を家族に話すつもりは無い。
妻と両親へ長い出張だと嘘を吐き、高額な危険手当と下層治安維持手当が出る勤務地を選んだ。子供達は父が簡単に引き金を引く男だとは知り得ないし、部隊の誰よりも人を殺した人間だとも知らない。仕事とプライベートを切り離し、指と思考を別の生物に置き換えた男は何時の間にか最古参の下層勤務兵となっていた。
治安維持兵としての業務は人殺しの一言で片付けられるだろう。他にも細々とした仕事はあるが、それは銃の引き金を引く回数よりも少なく、味気ないモノ。遺跡へ続くゲートの管理や遺跡発掘者の入出管理、遺物取引、毒素数値の計測等……。妻へメッセージを送り、携帯端末の画面を閉じた男はゲートに近づくダナンとイブを視界に映す。
「遺跡発掘者、今日も遺跡に行くのか?」
「あぁ、今日もゲート管理か? 治安維持兵の兵隊さん」
「まぁな、仕事だから仕方ない。それと、助手のお嬢ちゃんも一緒に?」
「はい、宜しくお願いします」
機械腕に刻まれたコードをスキャナーに合わせ、二人分の料金を支払ったダナンは腕を組む。
「それにしても……」
「なんだい? 助手のお嬢ちゃん」
「また暴徒ですか?」
「そうだな、まただ。まぁ、慣れてるからどうとも思わないけど、最近は何だかやたら多く感じるな。お嬢ちゃんも気をつけなよ? 遺跡発掘者と一緒に行動して、身の安全を守るんだ。いいな?」
「はい、お心遣い感謝します。えっと」
「兵隊さんで構わないよ。俺と遺跡発掘者も、名前を教え合っていないからな」
乾いた笑い声をあげ、指先でデスクを叩いた男は若い兵士へコーヒーを要求する。
ダナンとイブのように世間話が出来る下層街の住民は男にとって貴重な存在だった。誰もが狂い、陰鬱極まる顔で生きる辺獄の街は中層街と比べて地獄のような有り様。身体改造を施し、機械義肢で生身の肉体を補う人間は中層街ではごく僅か……それこそ難病や事故で生体部位を切除した者が扱う技術だが、下層民の大多数は力を得る為に機械義肢や身体改造に手を出すのだ。
いや……と、男はダナンから聞いた話を思い出し、考えに多少の変更を加える。力を得る為に機械に頼ることは間違ってはいない。しかし、弱者が機械義肢で肉体を補っているのにはワケがある。
借金の担保による生体部位の剥奪……。元々の四肢よりも低性能な義肢は安価で大量生産可能。重い物を持ち上げるだけで付け根から千切れ、どこかしら故障する機械部位を着ける弱者は更に追い込まれ、全てを奪われた後に死ぬ。下層街を知らない中層民にとって、男が見聞きした現実は浮世離れした作り話だと笑い飛ばすだろう。
「あと少しでゲート開放の準備が整うが……遺跡発掘者、忘れ物があるぞ」
「金は支払った筈だが」
「馬鹿野郎! 俺と飲みに行く約束があっただろう? 全く、前回の探索から帰って来たと思ったらやっぱり忘れてやがったな? 店にはもうボトルと席を予約してんだぜ?」
「あぁ……あったなそんな事。だが兵隊さん、俺なんかと飲みに行っても」
「お前だから誘ってんだよ。同僚はもう上に帰っちまったし、若い兵士はみんな歓楽区で遊んでるか、精神を病んで休職中。おまけに上司は下層民の女子供を囲う屑。まともな話を出来る奴は貴重なんだよ。それに、お前は何だろうな……知人と言っても過言じゃない」
「そうか」
叩いても響かず、男の誘いにも靡かない武骨な青年。ガスマスクとゴーグルを装着したダナンはアーマーの装甲を叩くイブへ視線を寄越し「何だ?」とぶっきらぼうに問う。
「行ってみたら? 他人との交流も大事だと思うわよ?」
「必要性が無い。中層街の兵隊と仲良くなって俺に何の得がある」
「あのね、損得勘定無しにモノを考えてみたら? ほら、ご飯とお酒は人間関係を円滑にするって言うじゃない」
「興味が無い」
「そういうところよダナン。下層民は確かに話を聞かないし、自分の欲望を最優先にして行動するけど兵隊さんは中層民よ? 知人……自分を知ってくれる人が居るって最高じゃない。そう思わない? もし貴男が断るのなら、私がリルスと一緒に行くけど」
「……」
意外も意外。何度男が食事に誘っても答えを返さなかったダナンが、イブの言葉に逡巡していたのだ。機械腕の指が鋼を叩き、暫し黙ったダナンは男の瞳を見据えると「場所と時間は? あと、俺以外にも二人分の席を用意してくれ」溜息混じりに話した。
「ナイスだお嬢ちゃん! 場所はゲート近くの居酒屋……まぁ中層街のチェーン店だが味と酒は保証する。時間はお前が遺跡から帰って来てから俺に伝えてくれ」
「……分かった。だが」
「だが?」
「……いや、何でもない」
ゲートが完全に開き、薄明かりが灯るエレベーターへ足を進ませたダナンとイブは男へ手を振り。
「後悔するなよ? イブは大食漢だからな」
「ちょっと! 余計な事言わないでよ、私は普通よ!」
「鍋一つ平らげる小娘が普通? 馬鹿も休み休み言えよ」
少女が頬を赤らめ青年の太ももを蹴る。その様子を眺めた男は笑いながら操作パネルに指を滑らせ、鋼の扉を閉じる準備を進め、青い顔をして近寄った若い兵士へ視線を向ける。
「あの、先輩」
「何だ?」
「自分……中層街へ戻ろうと思うんです」
「理由は?」
「やっぱり……下層民相手でも人殺しは、耐えられません。俺は……誰かを守りたいから兵士になったんであって、誰かを殺すために銃を握ってるワケじゃないんです……」
「……まぁ、仕方ないよな。うん、若い連中がこんな場所で働くもんじゃない。分かった、上には俺が話しておくから、お前は異動願を申請しておけ。それと」
それと? 不意に拳銃の銃口が兵士へ向けられ。
「―――ッ⁉」
カチリ―――と、鋭い金属音を響かせた。
「驚いたか? これでビビるくらいじゃ、お前は元から兵士に向いていない。志と情熱は立派だが、きちんと職業適性診断を受けてから転職を勧めるよ。別に兵隊じゃなくても他人を守れる職業は中層街じゃ腐る程あるだろ?」
「……先輩は」
「ん?」
「なんで兵士になったんですか?」
「普通より高い給料を貰えるから。俺は子供が沢山欲しいし、老後は苦も無く暮らしたい。だから下層街で働いている。理由はそれだけだ。お前のように高尚な理由なんざ持ち合わせていないんだよ、俺はな」
「……」
頭を下げ、逃げるように去った兵士を見送った男は煙草を咥え、火を着ける。
紫煙を漂わせ、新たな暴徒と狂信者が路地と通りから現れる。仕事の時間だ。殺せばいい。引き金に指を掛け、照準を定めた男は薄い煙を吐き出しながら空薬莢を弾き飛ばした。