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介入戦線

 「次々と邪魔者がァ……小娘が俺とダナンの殺し合いの邪魔をするなァ‼」


 「あら? 私と戦いたくないの? それなら結構、私も貴男みたいな完全機械体フルメタルは嫌いなの。死んでくれたら助かるのだけれど……塵一つ残さず消し去ってあげる」


 ターレットが放つ弾丸を銀翼が弾き、多弾頭ミサイルの砲弾を真っ二つに切り裂き落とす。高圧縮レーザーのエネルギーを分解し、吸収したイブはその場から一歩も動かずに腕を組み、ダモクレスへ小馬鹿にしたような冷笑を向ける。


 「ダナン」


 「……何だ」


 「ルミナの蟲には慣れた? まぁ、その様子じゃ起動はしたみたいね。私の介入は不要?」


 「……色々聞きたいことがあるが、今はいい。イブ、手を貸せ」


 「えぇ構わないわ。それで、アレは何? 貴男のお友達? 随分と情熱的な馬鹿みたいだけれど、交友関係はしっかりした方がいいわよ?」


 「馬鹿を言うな……」


 『認証、構築、形成、アップデート完了。管理者イブ、コード・オニムスの発動許可を願います』


 「ネフティス久しぶりね。いいわ、オニムスを発動なさい。ダナン、一つ注意して頂戴」


 「何だ」


 疲労が滲み出す身体を引きずり、頭痛を訴える頭を手で押さえたダナンの瞳がイブを見据える。


 「コード・オニムスの発動時間は現段階じゃ保って三分。その間に最大限の戦闘支援はするけど、三分で片を着けて。方法は知ってるんでしょう?」


 「……殺せばいい。殺せば、全て終わる」


 「そ、なら頑張ってね。コード・オニムス……起動」


 ドクリ―――と、ダナンの心臓が早鐘を打ち、体温が急上昇する。全細胞に蠢くルミナが半暴走状態に陥り、人間の生存限界を超える力を青年へ苦痛を以て与え、血肉が沸き立ち燃える盛る。


 息が出来ない。目の前が真紅に染まる。口から液体が垂れ落ち、鉄の臭いが鼻腔を突く。全身の穴という穴から鮮血が吹き出し、生体融合金属ナノメタルを表皮で活性化させると血は真紅の鋼となり、騎士甲冑を連想させる形状に移行する。


 「全知全能の神なんてものは存在しないわ。だって、神様は人間の想像力が生み出した妄想の一種……それこそ精神病患者の妄言なんだもの。完全なんて不必要、不完全だからこそ魅せる美しさが其処にある。そう思わない? ダナン」


 「―――」


 『戦闘可能時間計測……残り二分三十秒。それ以降の身の安全は保証致しかねます。ご容赦を』


 「ごちゃごちゃと何をくちゃべってやがる‼ テメエ等は全員皆殺しだ‼ とっとと死んじまいなァダナン‼」


 電磁クロ―がイブへ迫り、それを軽々と躱した少女は銀翼を分離し、ダナンを包み込む鋼へ突き立て己の内に存在するルミナと接続する。


 「理性は本能に勝るモノよダナン。それが人間であるべき証拠にして、証左。足掻きなさい、藻掻きなさい、抗いなさい……オニムスの騎士」


 単なる物理攻撃で電磁バリアを貫くことは不可能。多構造バリア一枚一枚が超高密度の電磁結束を以て物理干渉を無効化し、反射させる機能を持っている。それを貫き、ダモクレスへ傷を与えるには分子レベルの攻撃が必要だ。


 しかし、もし電磁バリアを貫通させることが出来たとしても、次に立ちはだかるは超硬炭素合金装甲……即ちダモクレス本体である。彼の肉体にして、機械化心臓を守る合金装甲は遺跡の遺産を組み込んだオーバーテクノロジーの集合体。精神干渉から毒物劇薬防護の観点からして見ても、彼には一部の隙も無い。


 正に無敵。機械化故に得た超人的能力。無頼漢首領ダモクレス……又の名を個人要塞。組織構成員から畏怖され、下層街及び中層街、上層街から特級の危険人物と認識される狂人は一歩も動かないダナンへ牙を剥き、飢えた獣の咆哮をあげる。


 「―――」


 何を求め、何を得たい。何故この命は燃え続ける。


 「―――」


 決まっている。生きたいからだ。生きていたいから、死にたくないから他人を踏み台にしても醜く生にしがみ付いている。この歪んだ街で、腐った果実のような熟れた腐臭が充満する地獄の片隅……辺獄に己は生きている。


 「―――ア」


 喉が張り裂ける。くぐもり、濁った声が血液混じりの唾液と共に吐き出され、機械腕が唸りをあげた。


 生体融合金属ナノメタルは細胞を鋼鉄化させるナノマシンの一種に過ぎない。脳波を読み取り、思考制御によって使用者の求める最適な武器武装を表出させる機械群。複雑極まる使用方法と一歩間違えば脳を鋼鉄化させる非人道兵器はダナンの脳波を読み、その思考から導き出される武器を機械腕に取り付ける。


 『思考制御により機械腕・黒鋼零式に大型ブラスター顕現。同時にへレスのリミッター解除。シールド構成……生体融合金属ナノメタル、シールド及びバリア展開』


 身体を包み込む装甲からダナンの態勢を支える支柱が伸び、アスファルトに突き刺さる。機械腕がブラスター・ライフルに変形し、エネルギーを急速リチャージすると砲身に光球が収束する。


 『撃てます』


 キン―――と、耳鳴りのような音が一瞬だけ響く。直後、超圧縮されたエネルギーが強烈なレーザー光線を形成し、波動砲と同等の破壊力を伴ってダモクレスの電磁バリアと衝突した。


 「―――だ」


 この程度……ブラスターライフル程度ではダモクレスの電磁バリアを貫くことは出来ない。


 「―――だだ」


 まだ、あのバリアを砕き、斬り裂く為の武器が要る‼ そうだ、それはこの手に、鋼に覆われた左手に握られている‼


 「まだだッ‼ ネフティス‼」


 『了解、へレス準備完了。何時でもどうぞ』


 ブラスターの余波……周囲に舞った熱と電子を効率変換し、刀身を解放するエネルギーを溜め込んだへレスは硝子のような刃に黒々とした光波を纏わせる。


 「ダナァンッ‼」


 「消え失せろダモクレスッ‼」


 一閃。黒の光波がダモクレスの電磁バリアを斬り裂き、片方の機械眼へ傷を刻む。


 「ッ⁉」


 戦闘者としての経験か、本能が危機を感じ取ったのか……。狂喜乱舞していたダモクレスは返し刃で振るわれたへレスを装甲の一部を犠牲にしながら躱し、回避用スラスターを展開するとダナンから距離を取る。


 「……」


 装甲の一部が削られた? いや、まさか、在り得ない……。これを軽々と斬り裂くことが出来る武装は限られている。遺跡の遺産……そうか、アレは、あの刀剣は遺産に違いない。


 ダモクレスの精神を蝕んでいた狂気が一気に鳴りを潜め、冷静極まる思考を取り戻した男は真紅の装甲を纏ったダナンを観察し、彼の機械腕が別の形態へ移行する瞬間を目の当たりにする。


 低い鋼の音を響かせ、金属が噛み合う小気味良い音……。一撃必滅の大型ブラスターから連射が利くマシンガンタイプへ姿を変えた機械腕。スラスターの機動力をフル活用させれば此方の有利は揺るがない。だが……背に這う悪寒が危機を知らせ続けている。


 「どちらにせよ……」


 ダナンが己を殺してくれる。そして、己が奴の命を奪う。それだけは変わらない。変えてはならない。無頼漢として貫かなくてはならない。


 スラスターを吹かし、目にも止まらぬ速さでダナンの周囲を駆け巡ったダモクレスはターレット・ターゲッティング・システムを青年と少女に固定し、弾丸とレーザー兵器を掃射する。


 「躱せるか? ダナン‼」


 「豆鉄砲と水鉄砲なんて芸の無い。ダナン、貴男には見えている筈よ。それと、ちょこまかと地上を這わないで貰える? 五月蠅いわ」


 上空へ舞い上がり、銀翼を煌めかせたイブがダナンへ迫る凶弾を弾き、防ぎ、叩き落とす。少女の七色の瞳に映るは高機動戦闘を仕掛けようとするダモクレスと、此方の様子を窺う一人の影。


 「ダナン」


 「……何だ」


 「私は違う方を始末する。だからその男は任せたわ。あぁ安心なさい、制御は同時にやるから暴走の心配は不要よ」


 分かった。そう呟き、銀翼の一本を背に突き刺したままダモクレスへ視線を飛ばしたダナンは、ネフティスへ指示を下す。


 「ダモクレスの機動力に追いつく力が欲しい。出来るか? ネフティス」


 『お任せください。スラスター・ブースター展開』


 ネフティスの声と鋼の響き。背部装甲にブースターを展開し、脚部装甲からスラスターを伸ばしたダナンはダモクレスを見据え、へレスを構えた。


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