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ダモクレス

 「ダナァン……どうしたぁ? 俺との再会が嬉しくなかったのかぁ?」


 「……」


 「黙るなよダナン‼」


 超電磁クローが鋼の咆哮と共にアスファルトを砕き、瓦礫の山を吹き飛ばす。空気中の酸素を奪う紅蓮の中、汗を額に滲ませたダナンは超高速で飛び交う瓦礫片を紙一重で躱し、ダモクレスの攻撃に合わせて襲い来る始末屋の鉄杭を鋼鉄化した腕で弾いた。


 『退却を要請。撤退を要求。此方が圧倒的に不利な状況です。ダナン、戦線からの離脱を推奨します』


 「―――ッ‼」


 ネフティスの声が脳に響き渡り、強烈な殺意と燃え滾る激情を前にしたダナンは息を吐く事も忘れ、吹き荒ぶ嵐のような暴力に眩暈を覚える。


 不利なことなど知っている。理不尽な暴力の前では個人の戦闘能力など無意味なことも理解している。不条理で道理を解せぬ狂人を敵にする……それは道理や理性を踏み躙ることに他ならない。


 「ネフティス‼」


 『何でしょう』


 「機械腕のクールダウンまであと何分だ‼」


 『波動砲発射可能まで後一時間。機械腕の正常稼働であれば五分です』


 最大一時間、最短五分……? それまで、この攻撃を避け続けなければならないのか? へレス一本でダモクレスと始末屋を相手にしなければならないのか? 


 無理―――。ダナンの脳裏にその二文字が浮かび上がり、始末屋が纏う強化外骨格パワー・アーマーのコンクリートをも砕く蹴りを腹に打ち込まれた青年は地面をバウンドしながら朽ちたビルに激突し、すぐさま立ち上がるとチェーンガンを展開する始末屋を視界に映す。


 生態融合金属によって鋼鉄化した皮膚と骨肉はチェーンガンの弾丸を通さないだろう。しかし、視界を土煙と粉塵で塞がれればダモクレスの攻撃に反応出来ない。狂人の圧倒的火力はルミナが不活性化している状態では致命傷に成り得る。抵抗の糸筋を見出そうと思考をフル回転させたダナンは舌を打ち、奥歯を噛み締める。


 「死ね、黒き蛇よ」


 「ダナンの命は俺のモノだ‼ 上層の始末屋如きが横取りすんじゃねぇ‼」


 銃口をダナンへ向けていた始末屋の頭部装甲をダモクレスのクローが斬り裂き、黒鉄の破片が宙に散る。


 「無頼漢首領‼ 血迷ったか⁉」


 「俺ぁ何時でも真面、素面だ‼」


 斬り飛ばされた装甲の向こうにはどす黒い瞳を持つ男の顔が存在し、エラーを吐き出すメインモニタを邪魔だと判断した始末屋は頭部装甲を剥ぐと緊急措置マスクを展開する。


 これは好機だ。ダモクレスの介入は天災或いは不慮の事故のようなもの。始末屋と狂人が行動契約を交わしていないことを察したダナンはダモクレスの胸にぶら下がる手帳を視界に収め、二人の戦闘に割り込むとへレスを振るう。


 「黒蛇が‼」


 「ダナン、殺してやる‼」


 「お前等が死ね‼」


 激化する戦いと廃ビル群に響き渡る射撃音。炎の中で三者三様の殺意を滾らせ、命を狙い合う三人はダモクレスの行動……全身機械体の耐久性能と無限の活力に任せた行動によって再び膠着状態へ移行する。


 「面白くなってきたなぁダナン‼ 俺も本気を出させて貰うぞ‼」


 五本の超電磁クローが刃と刃の間に新たな爪を展開し、周囲一帯を微塵切りにする。危機を察知して飛び退いたダナンと始末屋が目にしたものは、脇腹と背部から展開された全自動追尾ターレット……敵対する存在を一掃する大口径マシンガン、小型多弾頭ミサイル、エネルギーレーザー砲の銃口が二人を見据え。


 「逝っちまいなァぁア‼」


 光線と弾丸、爆炎、爆風を一斉に撃ち出した。


 狂っている。耳をつんざく爆風がダナンのアーマーを弾き飛ばし、始末屋の纏う強化外骨格パワー・アーマーに煤を纏わせる。

 使い物にならないと判断したのか始末屋は大破した強化外骨格パワー・アーマーから離脱し、腕に埋め込まれた操作パネルを弄ると自爆コマンドを選択する。暴走した動力炉がエネルギーの暴発と爆縮の連鎖反応を示し、外骨格そのものが光を纏う。


 『強化外骨格の暴走を確認。緊急シールドを形成します』


 「止める術はッ!!」


 『私達には存在しません。備えて下さいダナン。爆発迄残り五秒……四、三、二、一』


 視界が純白に染まり、ダナンの身体をシールドが包み込んだ瞬間轟音が下層全体を震わせ、キノコ雲が立ち上る。廃ビルが一掃され、巨大なクレーターだけを残すとそこに立つ者はダナンとダモクレスの二人だけとなっていた。


 『敵全身機械体フルメタル、尚も健在。分析……電磁バリアの展開を確認。ダナン、退却して下さい』


 「……」


 『ダナン』


 「駄目だ」


 『理解出来ません。勝つ事は不可能。全身機械体を構成する部品はフルチューニングされたワンオフパーツです。退却を要求します』


 「駄目だ……‼ 奴は此処で殺す‼ 殺すんだよネフティス‼」


 青白い多構造電磁バリアを解除したダモクレスが口元に歪な笑みを浮かべ、傷一つ無い武装をダナンへ向ける。


 「ダナン……邪魔者が消えたなぁ。さぁ、俺を殺してみろよ……‼ そして、俺にお前を殺させてくれ‼ 俺はお前を殺したいんだ‼ だからダナン……お前も俺を殺してくれぇエ‼」


 「黙れよダモクレス……‼」


 ターレットの全銃口がダナンを射線に収め、一斉に火を噴いた。


 生態融合金属の性能に頼り、弾丸を弾きながら前進するダナンはへレスを構え、眼前に迫ったレーザーを刀身を以て滑らせる。


 「お前も遂に全身インプラント施術に手を出したのか⁉ 違う……違う‼ ダナン、お前は真人間であるべきだ‼ 人間だけが化け物を、化外に堕ちた屑を救う事が出来るんだよ‼ 違うかダナン⁉」


 「俺は人間だ‼ お前のような全身機械体に文句を言われる謂れは無い‼」


 「それか⁉ そのお前の中で蠢く何かがお前を変えたのか⁉ 待っていろ……腹を掻っ捌き、心臓を抉り出し、脳を取り出し洗浄してやる‼ ダナンお前は人として俺を殺すんだ‼ そして俺は無頼漢だからこそお前を殺す‼ それに何の違いがあるという云うかぁア‼」


 言っている事が滅茶苦茶だ。何を話し、何を語っているのかをダモクレスは己自身でさえ理解していない。狂気に囚われ、万象一片を焼き尽くす狂人は戦闘欲求と無頼漢の役割に身を任せ、絶えぬ激情を狂乱の鍋へ放る。


 「化け物は人が殺すべきなのだ‼ 人は化け物に殺されるべきなのだ‼ 化外を生むは腐れ落ちた傷の膿‼ 鋼とは膿を覆い隠す蓋にして逆流を妨げる弁也や‼ 罪は罰を下し、罰は人を陥れる聖人の狂気也……‼ 

 おぉ神よ何故人はこんなにも罪深い……‼ 何故化け物は罪と罰を赦されぬ……‼ 否ァ‼ 神など居ない‼ 命は誰にも頼らざる無頼で在れ‼ そう思わねぇか、ダナン‼」


 「聖職者にでもなったつもりか⁉ 狂人が‼」


 「俺は俺だ‼ 無頼漢首領ダモクレスが俺の名に他ならん‼」


 近づけば近づくほど火器の火力は激しさを増し、生態融合金属から火花が散る。


 下層街を牛耳る三組織の一角……それも首領相手に完全勝利を得ることは不可能だ。豊富な資金から構築される武器武装、固く守られている信仰にも似た信念、頭のネジが飛び理性と人間性を半ば放り投げている狂人共。彼等に逆らい、我を貫くということは死を意味する。


 だが―――超電磁クローの一本を断ち切り、吼えたダナンはダモクレスへ殺意を燃やし、その首を叩き斬ろうとへレスを握る。今此処でこの男を殺さなければ、殺せなくとも胸にぶら下がる手帳を燃やさなければ、命を狙われ続けることを知っているから。


 『ダナン』


 「ッ‼」


 『管理者が到着しました。戦闘継続を強く推奨致します。管理者―――イブよりコードの譲渡を確認。コード・アニムスをルミナへインストールします』


 闇を斬り裂く一閃が空から飛来する。雷光を思わせる一撃が、ダモクレスの電磁バリアを貫き、五本の銀翼を広げた少女はダナンを一瞥し。


 「ダナン、手は必要?」


 クスリと―――妖艶な笑みを浮かべた。


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