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始末屋

 『遺跡発掘には資金が必要でございます‼ 私達金融ローン・コーポレーションは遺跡発掘者の皆さまを応援いたします‼ 連絡先は―――」


 『外生物や実験生物を相手にするには大口径の拳銃じゃ物足りない‼ 重火器や刀剣類は武器の基本ですよお客様‼ 貴方の命は自分自身で守るのです‼ 武器のお求めは―――」


 エレベーターの壁に背を預け、ショットガンの弾倉に弾丸を詰めたダナンは口と鼻をガスマスクで覆い、多目的ゴーグルを被る。


 『お客様‼ 此処で耳よりの情報です‼ 下層で最も信頼できる生命保険を御存じですか⁉ 私達は―――』


 アサルトライフルのマガジンを交換し、スライドを引く。チャンバー内に弾丸が装填され、安全装置を外したダナンはライフルをガンホルスターに差し、大口径マグナムの弾丸も同時に装填する。


 「……」


 モニターから垂れ流される合成音声の詐欺広告が耳障りだった。


 「……」


 銃口をモニターへ向けたダナンは撃鉄を下ろすと引き金を引き、液晶に風穴を開ける。赤い火花が舞い散り、音声と映像が途切れ、室内を静寂が包む。


 心臓が五月蠅い程高鳴っている。鼓動一つ一つが鼓膜を叩き、生の証を刻み込んでいるようだった。知らず知らずの内に奥歯がカチカチと噛み合い、青年はそこでやっと己は恐怖しているのだと気付く。


 「……俺は、死なない」


 怖気づく心を鼓舞するように、恐怖を捩じ伏せるべく、苦難に立ち向かう為の口癖を呟き銃のグリップを握り締める。震える手をもう片方の手……機械腕の鋼で抑え込み、深呼吸を二度繰り返したダナンは徐々に上がる数字を見据えた。


 チン―――と、細い電子音が響くと同時に多目的ゴーグルの暗視機能を起動し、ショットガンの銃口をエレベーターのドアへ向けたダナンは、今まさに蹴破られようとしている扉へ視線を向け、ショットガンを背負い直すと腰に差した刀剣へレスを抜き、扉へ突き立てる。


 やったか? 生唾を飲み込み、一切の抵抗も無く扉を貫いたへレスを抜いたダナンは薄い硝子のような刃を一瞥し、脇に転がると蹴り破られた扉の奥……黒鉄の強化外骨格パワー・アーマーを纏う始末屋を視界に映す。


 刃に血がついていなかった。火花が弾ける音も、呻き声も一切聞こえなかった。それはつまり、へレスの刃が敵を斬り裂けなかったという証明。態勢を立て直し、機械腕にショットガンを握ったダナンは引き金を引き、硝煙を撒き散らせながら弾丸を放つ。


 「ッ‼」


 始末屋の―――頭部を守る頭部装甲の赤い単眼が己を見つめると同時に、腕部装甲が開く。装甲の中から覗くはチェーンマシンガンと鉄杭を撃ち出すパイルバンカー。息を飲む暇なくエレベーターの影に身を隠したダナンは、部屋の壁をへレスと超振動ブレードで斬り裂き、退路を開く。


 刹那、背後から響いた音はコンクリートを抉り、鋼を叩き潰す圧倒的暴力の咆哮。強化外骨格パワー・アーマーの脚部に搭載されたローラーダッシュの駆動音。全身の毛穴という毛穴から汗を吹き出し、脇腹をチェーンガンの弾丸で貫かれたダナンは口から血を吐き出しながらも逃亡の一手を選択し、隣室の錆びた扉を蹴り開ける。


 馬鹿げている。下層街の住人……それもただの遺跡発掘者と情報エンジニアを殺す為に、上層街が本気で命を取りに来た。階段を転がり落ち、天井を滑る始末屋を視界に収めたダナンはアサルトライフルとコンバットショットガンを乱射し、目の前に突き出されたパイルバンカーの杭をブレードで叩き斬る。


 「―――」


 息を切らし、乾いた唇を舌で舐める。


 銃弾を放つチェーンガンを半身で躱し、頭蓋をかち割ろうと振り下ろされるパイルバンカーをブレードで受け止め、鋼鉄の装甲を斬り裂く。


 「―――」


 火花が闇に舞い、脅威を悟った始末屋が後方へ後退すると同時に、階段を駆け下りようとした青年は生身の腕に鋭い痛みを感じ取り、視線を映すとそこには真っ赤な血が流れ出していた。


 違う、痛いのは腕だけじゃない。身体中が痛むんだ。それに―――走れない。足に何かが撒き付いている。鋼の鎖のような……何かが。


 派手に転び、足に巻きついた何かを視界に映したダナンは叫び、へレスに手を伸ばすがもう遅い。返しが付いた捕縛用鍵鎖は青年の骨肉を貫き、一気に始末屋の下へ引き寄せると背部装甲から展開されたガトリング砲の銃身を回す。


 駄目だ―――あれは、駄目だ‼ 手の爪が剥がれることも承知で地面にしがみ付き、ブレードを突き立てようとしても無駄。迫り来る死が……命を散らす銃弾が低い唸りをあげて弾丸を滅茶苦茶に撃ち、ダナンの身体を木っ端微塵に吹き飛ばす。


 「……対象の抹殺を確認。黒き蛇を塔より完全に排除。これより帰投する」


 血塗れの廊下と肉片に成り果てたダナンを一瞥し、重い鋼の音を響かせた黒鉄から低い男の声が漏れる。


 「……えぇ一瞬、ほんの僅かに脅威と感じましたが、所詮は下層の屑。我々の障害には成り得ません。はい……貴女様の御心の儘に。救世主は常に一人……白の君、御身の心労を排除する事だけが私の務め故に」


 頭部倉庫に指を当て、遠隔通信を用いて独り言と思わせる会話を繰り広げる始末屋は深々と頭を下げ、祈るような仕草をする。


 「蟲? いえ、そのようなモノは一切見当たりませんでした。ルミナ? 白の君よ、一体何を……。はい、貴女様を疑う事など在り得ません。えぇ、私は貴女様の忠実なる猟犬にして刃。はい……死体を確認しろと? 必要であるならば……燃やせ?」


 血溜まりを見つめ、肉片一つ一つへ生体センサーを奔らせた始末屋は細かな生体反応を察知する。


 地中に蠢く蟲のように、離れた細胞と失った血がそのままの形を残す心臓目掛けて集まっていた。時間と共に肉体を象り、壊れたアーマーさえも修復する異常性を目の当たりにした始末屋はチェーンガンを乱射し、再び肉片へ帰す。


 在り得ない……そんな筈が無い‼ 殺した人間が、木っ端微塵に吹き飛んだ人間が未だ生きているなど……不可能だ‼ 撃てば撃つ程修復と治癒は加速し、時間が巻き戻るようにダナンは死亡前の状態へ復帰する。


 「化け物が……‼ やはり貴様は悪なる蛇‼ 不死の黒蛇とはやはり‼」


 「……」


 パイルバンカーがダナンの腹部を貫き、アーマーを血に染める。


 「貴様の事だったのか‼ 白の君は間違ってなどいなかった‼ やはり救世主はあの御方しか居ないのだ‼ 黒き蛇よ朽ち果て堕ちよ、これは聖務である‼」


 顔面が潰れ、筋繊維が千切れ、肉と骨が砕かれる。血を噴き出し、痙攣を繰り返すダナンは鉄杭ごと地面に叩き付けられ、火薬の炸裂と同時に崩れた瓦礫の中へ落ちる。


 最早死に体……死人に口無し。下層街の穢れた土地には花は咲かないが、もし一輪だけ梔子くちなしの花が咲いていたならば、今の襤褸雑巾のようなダナンに相応しい。


 「死んでしまえ下層街の塵が……貴様など何の価値も無い粕に過ぎん。白の君の障害となり、塔の生存を阻む蛇は完全に排除する。何度再生しようが、復元されようが、殺し尽くすまで」


 血に塗れ、瓦礫に埋まり、機械腕を突き出したダナンを見下ろした始末屋は下階へ飛び、手掌装甲に格納されているレーザー兵器のエネルギー充填を始め。


 「死ね、不死の黒蛇よ」


 カウントダウンと共に、上昇するパーセンテージを視界に収めた。


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