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 武器ラックからアサルトライフルとコンバットショットガンを一丁ずつ取り出し、背中と腰のガンホルスターに吊ったダナンは部屋の戸棚を漁り、新品同然のゴーグルを見つけると破損したゴーグルと取り換える。


 「ダナン」


 「何だ」


 「準備はいい?」


 「少し待て」


 急かすように、組んだ腕を指で叩くイブの視線がダナンへ突き刺さる。だが、彼はそんなことなどお構いなしだと云った風にゴーグルから伸びるコネクトケーブルを引っ張り、機械腕の接続ソケットに差し込むと視界に機器情報を映し出す。


 機械腕……それも新しい腕は度々誤作動を起こし、予期せぬ事態を引き起こすモノ。内臓ブレードが何かの拍子で飛び出し、己の足を貫いたり情報端末制御機構が機械腕の動作不良エラーを吐き出すこともある。


 時間を掛け、接合部と接続部を馴染ませることでそれらの問題に対処出来るのだが、此処は未知の危険が潜む遺跡内部。そんな悠長な気持ちで居られる筈が無い。ダナンは一早く機械腕の異常を検知するべくゴーグルに機器情報を投影した。


 「……もう大丈夫だ」


 「そ、なら行くわよ」


 「何処へ?」


 「決まってるじゃない。上よ」


 天井を指差したイブを一瞥し、周囲を見渡したダナンは非常灯の明かりが照る扉を見つけ、操作パネルを覆い隠す埃を払うと機械腕のハックケーブルをソケットへ差し込む。


 「何をやってるの?」


 「開錠だ」


 「へぇ」


 「……何か文句があるのか?」


 「いいえ? 別に? ただ、無駄な事をしていると思っただけよ」


 「……」


 ゴーグルに流れるログを読み取り、機械腕に組み込まれているハックプログラムを走らせていたダナンはイブを睨む。


 「貴男の腰に吊っているへレスは飾り? それでこじ開ければいいじゃない」


 「……へレスのことを知っているのか?」


 「当然よ。正式名称は確か……分解切断用強襲刀剣だったかしら。まだ残っていたのね」


 遠い昔を見るように、青年の腰に吊られている刀剣へ視線を寄せた少女はじれったいと言わんばかりに銀翼で操作パネルを撫で、電子ロックを容易く解除した。


 「……イブ」


 「なに? 早く行くわよ」


 「お前は何を知っている」


 「貴男よりも多くの事を」


 「お前は中層街の人間……遺跡探索用に調整された存在か?」


 「いいえ」


 「ならば……上層街の遺伝子改造人間か?」


 「違うわ」


 「ならお前は」


 「口を開く暇があるなら足を動かして頂戴。なに? そこまで私のことを知りたいの? あれだけ警戒していたのに、随分と知りたがりじゃない」


 意地が悪い……妖艶な笑みを浮かべた少女は銀の羽根をダナンの頬へ寄せ、さらりと撫でる。


 無機質で冷たい白硝子のような羽根……。ゴーグルを通して見たイブの銀翼は細かな電子が絶えず流動していた。


 「無知は罪だけれど、知り過ぎるのはまた罠なのよダナン。確証も無く、予備知識も持たずに霧へ突っ込むのは愚かだと思わない?」


 「……」


 「そう、貴男が取るべき選択は沈黙。今は遺跡から脱出することだけを考えた方がいいわ。此処で問答を繰り返したところで無駄なのは分かる筈。いい?」


 「……合理的な判断だ。それには俺も賛成する」


 「そう、理解があって助かるわ」


 「だが」


 「……」


 「遺跡から脱出した後、話を聞かせて貰う。遺跡の情報を……いいな?」


 「えぇ」


 階段を上がり、背後でダナンの足音と重ねるように歩くイブを視界の端に置いた青年は、ライフルを構えながら段差に積もる埃を散らす。


 隔壁を閉ざされてどれだけの時間が経過したのだろう。埃が降り積もり、細かな塵が舞う非常階段は長い沈黙をどれ程保ち続けてきた。いや、そもそも遺跡とは何なのだ。


 塔の技術を遥かに上回る数々の遺産、異常に殺傷能力が高い武器、それに耐え得るよう造られた武装、壁にもたれ掛かるようにして放置されている遺骨……。


 多くの遺跡発掘者が遺跡で息絶え、死してしまった今では元から在った遺骨がどれか分からない。腐肉と死肉を求めてやって来る外生物や実験生物に食い散らかされ、遺伝子調査もあったものでは無い。だが―――ダナンは時々思う。


 これは陰謀論や終末論に近い考え方……リルスが聞いたら馬鹿馬鹿しいと一蹴されてしまう思考なのかもしれない。しかし、こうして遺跡を歩き、戦闘と探索を繰り返している内に青年は一つの仮説……否、推測に辿り着く。


 遺跡という存在は巨大な罠なのではないのだろうか? 煌めく財宝を口腔内に溜め込み、愚者を喰らう人食い箱。人減らしや人口調整の為に遺跡という罠が存在し、遺産をチラつかせて腹に溜め込む古代の逸話……パンドラの箱そのものだと。


 馬鹿馬鹿しい、ありきたりなパラノイアだ。日々人が死に、産まれる下層街でそんな悪意を振り撒いて何になる。頭を振るい、階段の踊り場で足を止めたダナンは細い電子音を耳にすると鉄扉へ向けて銃を構えた。


 「……誰かが電子ロックを解除しようとしている。戦闘態勢を取れ」


 「此処まで来れる遺跡発掘者が居ると思ってるの?」


 「人間じゃなければ放棄されたアンドロイドだろうな。どちらにせよ殺すだけだ」


 「野蛮ね、貴男は」


 何とでも言え。短い電子音が鳴り響くと同時に四人の遺跡発掘者がダナンとイブへ銃口を向け、扉の向こう側に立っていた。


 「お前等、何者」


 機械腕の指先が躊躇なくアサルトライフルの引き金を引き、空薬莢が空を舞う。青年の放った弾丸が一人を蜂の巣にすると、混乱する二人の首を少女の銀翼が断ち切った。


 「イブ、一人は残せ」


 「理由を話してくれる?」


 「情報源だ。それ以外に価値は無い」


 怯え、尻もちをついた男に近寄ったダナンはブレードの刃をチラつかせる。


 「上はどうなっている」


 「は、ぁ?」


 「お前達は誰に雇われた。言え」


 発言の意図が分からないと云った様子の男は荒い息を吐き、腰に差した拳銃を握ろうとしたが、それよりも早く青年のブレードが男の手首を断つ。


 「な、何だよ、俺達は何も‼」


 「何もしていないからだ」


 「は、ぇ?」


 「真っ先に殺すべきだったな。遺跡で会う他人は敵だと教わらなかったのか? まぁいい、お前達は何の目的で遺跡に潜っている。誰の差し金だ? 言え、言わなければ殺す」


 男の手首から流れる人工血液が床を朱色に染め「ぶ、無頼漢だ……‼ 無頼漢からの依頼で、武器を探しに」と話した瞬間、眉間にブレードの刃が突き刺さる。


 返り血に染まった機械腕を払い、死体が持つ銃器からマガジンを抜き取ったダナンは小さく舌打ちする。


 「無頼漢? それは組織の名前なの? それとも個人名?」


 「……組織の名前だ。イブ、此処から上に行けば何処に繋がっている」


 「そうね……貴男と私が落ちた情報集積所へ繋がっているけれど、どうしたの?」


 「……」


 ゲートを目指して進めば、恐らく待ち構えている連中は無頼漢の息が掛かった遺跡発掘者。戦闘は避けられない。暫し考え込み、小さく頷いたダナンはイブへ視線を寄せ「情報集積所へ行って、データを回収した後別ルートを通って塔へ戻る」と、再び階段を上がる。


 「そう、貴男の勝手にすればいいわ。けど……何をそんなに警戒しているの? 何か問題でも?」


 「……面倒事が増えるだけだ」


 「何が? ハッキリと言いなさいダナン」


 「相手が悪いとだけ言っておく」


 口を閉ざし、身を刺すような、鋭利な針を思わせる雰囲気を纏わせるダナンへ溜息を吐いたイブは、彼の後を追うように己も足を進めた。



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