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装備

 半壊したボディアーマーを身に纏い、刀剣へレスをベルトに差したダナンは無事な装備を見繕い、使える武装と損壊した道具を別々に仕分ける。


 「ダナン、何をやっているの?」


 「見て分からないのか? 使える装備と使えない装備を仕分けているんだ」


 「そう、意外ね」


 「何が言いたい」


 「いいえ? 何も」


 地べたに座り込み、残った左腕を器用に扱いながら拳銃のマガジンに弾薬を補充するダナンを眺めていたイブは瓦礫に座り、膝に頬をくっ付けながら冷ややかな笑みを浮かべた。


 「手伝ってあげる。銃を貸しなさい」


 「不要だ」


 「どうして?」


 「銃を貸す程お前を信用しちゃいない」


 「あら、少しは和解出来たと思っていたけど、それは私の勘違いだったみたいね」


 「……」


 少しだけ本音を曝け出したとて、二人は互いを信用していないし、信頼もしていない。


 美しく、それでいて妖しい微笑みを湛えるイブを一瞥したダナンは血塗れのガスマスクで口元を覆い、真紅に染まったフィルターを新しいフィルターに交換すると右目部分が割れたゴーグルを被る。


 此処が遺跡のどの階層なのか、毒素濃度がどれくらいなのか分からない。ガスマスクを着けずに呼吸が出来るということは、深層であろうとも毒素濃度が地上と限りなく近い場所なのだろう。完全隔離されていた区画か、隆起物に通じていない階層か。


 遺跡の中を探索するには……況してや来たことも無い階層を歩き回ることは命を投げ出す行為だろう。せめて破壊された機械腕の代わりになるモノが欲しい。


 深い溜息を吐き、機械部位と人体の付け根を撫でたダナンはゼリーパックのキャップを捻り、チューブを通して簡単な食事を摂る。


 「なぁに? それは」


 「飯だ」


 「食事? それが? 随分と貧相な物ね」


 「上に行ったらもう少しマシな飯がある」


 「へぇ、どんな?」


 「肉の缶詰と野菜缶、少し金を出せば合成肉の料理も食える」


 「……へぇ」


 興味があるような、無いような……。ダナンの様子を観察し、瓦礫の上から青年の隣に飛び降りたイブは勝手にポーチを漁り、ゼリーパックを一つ手に取った。


 「一つくれない? 試してみたいの」


 「……勝手にしろ」


 「ありがと、じゃぁ遠慮なく」


 キャップを捻り、中身を啜ったイブの顔がみるみるうちに青褪め、咽込みながら口腔内のゼリーを全て吐き出してしまう。


 「なに、これ? 不味いったらありゃしないわ」


 「だろうな」


 「貴男……知っていて飲ませたわね?」


 「あぁ」


 「……いい性格してるわ、本当に」


 パックの中身は生存に必要なカロリーと栄養素を含んだ半固形上の無色透明なゼリーだった。長期間保存可能、過酷な環境下でも変性変質しない成分、蓄積された体内毒素を分解する群生ナノマシン……。遺跡発掘者が常飲し、愛用する完全栄養食は泥水と錆鉄を混ぜ合わせた最低最悪の味だった。


 その味を知っていてイブに飲ませたダナンは口角を僅かに上げ、クツクツと笑い、突き返されたゼリーパックにチューブを刺す。


 「意外と」


 「何よ」


 「いいや、何も」


 「意趣返しのつもり? 性格が悪いわよ、貴男」


 「それはお互い様だろ? イブ」


 貴方と私は違うわ、勘違いしないで。そう言い返し、銀翼を己の身体に密着させた少女は仄暗い通路へ進む。


 「付いて来なさい」


 「何処へ行くつもりだ?」


 「腕が一本しかないのは不便でしょう? 代わりの腕をあげるわ」


 「……」


 「そう警戒しなくてもいいのに。前の腕よりも良い機械腕を付けてあげる。必要無いならそう言って頂戴。その方が私としても楽だからね」


 「……いや、必要だ。案内してくれ、イブ」


 「初めから素直に話せば? こっちよ、来なさい」


 武器を構える事無く闇の中へ歩み出すイブを追うダナン。拳銃のグリップを握る手に知らず知らずの内に力がこもり、ゴーグルの暗視機能に頼りながら歩を進める青年は少しの違和感を覚えた。


 妙に視界が明るいような気がする。暗視機能で補助されていない右目側が夜目を獲得したように、闇の中であっても目が効くのだ。


 おかしい―――と、片方の目を擦ったダナンは左目を覆うレンズに表示される数値を目にし、驚愕の色を瞳に宿す。


 毒素の数値が地上の倍……否、二十倍の数値を叩き出していた。ゼリーに含まれるナノマシンであっても分解出来ぬ毒素量に目を見開いたダナンは足を止める。


 「どうしたの? 置いていくわよ?」


 「……なぁ」


 「何よ」


 「この毒素の量は、俺はもう、助からないんじゃ」


 「あぁ、その事なら心配無用よ」


 「どうしてッ⁉」


 「ルミナに適合した肉体がこの程度の毒素で腐り落ちる筈が無い。まぁ、常人ならものの三分で腐肉を通り越した状態……即ち塵屑になってしまうけど、貴男は別よダナン」


 だから私も人の姿を保てているでしょう? くるりと回り、己が身体を見せつけた少女は半信半疑の表情を浮かべる青年の顔を上目遣いで覗き込む。


 「……」


 ルミナの蟲……心臓に寄生する線虫のような蟲の群れ。


 「……ルミナの蟲ってのは、本当に、何なんだ?」


 「ルミナはルミナよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」


 「知ってることを―――」


 「貴男が知る必要は無い。幸運だったと思いなさい、ダナン」


 本当にそれ以上話す必要はないと口を閉ざし、ダナンを置いて先を行くイブは通路の奥にある電子ロック付きの扉を見据え、銀翼を広げるとセキュリティパネルのソケットへ差し込み、ロックの強制解除を試みる。


 「イブ」


 「少し黙っていて頂戴。脳が焦げるわ」


 一秒、二秒、三秒……。耳障りな電子音が端末から吐き出され、けたたましい警報音が通路中に響き渡った。


 「……」


 「……何よ」


 「ハッキングしたのか?」


 「……」


 「沈黙は肯定と受け取ろう。だが、イブ……これは非常に危険な行為だ。現に、ものの数秒で敵が来るぞ」


 「そうね」


 「そうね……じゃないだろ⁉ 何を馬鹿な事を‼」


 「だってこの扉の向こう側に機械腕があるんだから仕方ないでしょう? そもそも私はハッキングが得意じゃないのよ。こういう電子制御はカナンの―――」


 続く言葉の前に、反対側の通路の影が揺らめいた。


 「……イブ、電子ロックの再施錠は可能か?」


 「可能性は半々ね」


 「……どうしてそんなんで強制解除なんてしようと思ったんだ? 阿呆か?」


 揺らめく影が次第に獣の姿を形作り、鮮血を思わせる真っ赤な瞳を二人へ向ける。


 「施設侵攻兵器丙種一類ね」


 「何て?」


 「……貴男が理解出来る言葉でアレを呼ぶなら、影狼。実験生物が野良に帰属した存在と云うべきかしら」


 影狼……。遺跡の深層に生息する食欲の化身。雌雄同体の人型生物。無機物有機物見境なく喰らい、常に己が身を苛める飢えを満たそうとする獣はダナンとイブを視界に映し、大きく吼えた。


 「……イブ、一度部屋に逃げ込むべきだ。影狼を殺す事が出来る装備は」


 「アレは小物よ、ダナン。脅威でも何でもないわ。私達が警戒するべき存在は」


 もっと別の場所から来る筈よ。そう言ったイブの銀翼が瞬く間に獣の首を撥ね、胴体部に位置する心臓を貫くと翼を覆い尽くす羽根を以て、獣そのものを破裂させる。


 「……」


 「取り敢えず中に入りましょう? 時間が惜しいわ」


 黒い血に塗れる翼を振り払い、電子ロックが解除された部屋へ足を踏み入れた少女の後を追う青年は、影狼の死体を一瞥するとセキュリティパネルを操作し、扉を閉めた。

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