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ドーム

 薄い強化ガラスの下を奔るは遺跡の状況を知らせる蒼の電子と非常電源から送られる緑の粒子。情報の集積と蓄積、保存を司る大規模情報保存庫は乱立する黄緑色の円柱一つ一つに膨大なデータを溜め込み、沈黙を貫く。 


 遺跡の情報は塔全域のインテリに高値で売買される代物だ。遺跡の真実と過去を求める者は遺跡発掘者に情報回収の依頼を出し、二足三文で買い叩く。無知は罪と揶揄されるが、取り扱う情報の価値を知り得ず言われる儘に売り渡す下層の遺跡御発掘者にも問題があるのだろう。


 黄緑の電子情報媒体の間を歩き、情報データを蓄積する円柱を探し求めるダナンは機械腕を唸らせ柱の操作パネルを隠す金属製の戸を外す。


 コンソールソケットが付属している操作パネルならば、機械腕のハックケーブルを用いて情報データを吸い出す事が出来る。逆に、そう云った機器が無ければ諦める他無い。一つ一つ、金属戸を外しながらハックケーブルを差し込む事が出来る円柱を探すダナンは外れを引く度に舌打ちし、次へ行く。


 知識を持たない遺跡発掘者の生活はその日暮らしと云っても過言ではない。明日の食事や命さえ保証されない一般的な下層の遺跡発掘者に情報の価値を知り得る機会は無いに等しく、第三者から重要性を説かれねば彼等の目に映る価値の優先順位は情報よりも遺跡の遺産の方が遥かに高い。


 遺産は回収し、交換所に売るだけでそれなりのクレジットが入金され、有用な物なら手元に置いて武装してもいい。だが、情報となればデータの中身を吟味し、己の頭で解釈せざるを得なくなる。依頼主が欲していた情報か否かを精査し、違っていたならまた遺跡へ潜り、依頼された情報を探す。


 無知は罪である。罪を抱きし者は罰を与えられ、その身に降りかかる不幸を嘆く。昔、老人が読んでいた本に書き記されていた一説を思い出したダナンはその言葉に嘘は無いと頷いた。


 知識と知恵は生きる為の術であると同時に、身を守るための武器と成り得るのだ。無知が罪と嘯かれ、罰を齎すのならば、知は罪を遠ざけ、罰を浄化する不可視の盾と逆説的に考えられようか……。


 だが、悲しきかな。読み書きが出来る下層民はほんの僅かであるが故に、指定された情報を探し出せたとしても字が読める者に依頼の達成報酬を誤魔化されたり、依頼金ごと持ち逃げされる場合が殆どなのだ。そう云った事情があるせいか、データ・情報回収の仕事は遺跡発掘者に敬遠される傾向にある。

幸いにもダナンは文字の読み書きを老人から教わっていた為、情報やデータに関する依頼で失敗した例は無い。


 一流の遺跡発掘者として、他者と関わらず一人で遺跡に挑むダナンはありとあらゆる知識を育ての親である老人に叩き込まれ、名も知らぬ内に死んでしまった老人の教えを忠実に守り、生きていた。


 あの老人は何処の誰で、何故己を拾って育ててくれたのか理解出来ずにいた。年を重ねる毎に、彼の死体が埋まっている小さな墓の前で青年は自問自答を繰り返すが、結局答えは見つからない。皺だらけの鉄仮面の向こう側で何を思い、何を考えていたのかダナンは皆目見当も付かなかった。


 「……」


 これは、彼と過ごした日々の記憶は生存と関係の無いモノだ。今考えていても仕方が無い。頭を振るい、思考を切り替えたダナンは円柱の一本に近づくと金属製の戸をこじ開け、機械腕から伸ばしたハックケーブルをコンソールソケットへ差し込む。


 文字の羅列がゴーグルを通して視界を埋め尽くし、年表とその日の天気が詳細に映し出される。リルスが言っていた情報の詳細を聞き忘れていた青年は己の迂闊さに舌打ちするが、彼女の依頼傾向から求められるデータを洗い、探し出す。


一秒、二秒、三秒……。次々と映し出されるデータを読み解き、精査するが遺跡に関する情報は見つからない。ログで視界が覆われ、埒が明かないと判断したダナンはソケットからケーブルを抜き、情報保存庫の中央に位置する真っ白いドームを見据える。


 集積され、蓄積した情報がどの円柱体に振り分けられているのか、それを当てずっぽうで調べるのは至難の業。一々機械腕を通していては途方もない時間が掛かる。


 ならば……元を調べればいい。ドームへ向かい、端末を操作して振り分けられたデータを探せばいい。遺跡の過去と塔に関する情報を。


 銃を構えたままドームに近づき、入り口のドアノブに手を掛けたダナンは電子ロックが仕掛けられていないことを祈り、ゆっくりと捻る。


 意外にも……喜ぶべきか、喜ばざるべきか。ドアは呆気なく開き、するりと身をドーム内に滑り込ませたダナンは詰まりそうになっていた息を吐く。


「カナン、こんなところに侵入者が来るとは聞いていないぞ」


「カァス、私も此処に用事がある人間が居るとは思いませんでしたもの」


 黒で統一されたボディアーマーを着込み、黒コートを羽織る大男と白無垢を思わせる白装束を纏った小柄な少女。二人は銃を構えるダナンを一瞥し。


 「殺すか?」


 「ご自由に」


 即座に戦闘態勢を整えた。


 「カナン、お前はデータの消去を優先しろ。奴は俺が始末する」


 「えぇ、任せました。邪魔者を消して下さいカァス」


 「あぁ」


 一瞬、カァスと呼ばれた男の姿が揺らめいたと同時に彼は虎狼のような身の熟しでダナンの懐に潜り込み、猛禽類のような瞳で青年を睨む。


 甲高い金属音が鳴り響き、両者が展開した機械腕のブレードがかち合い、火花を散らす。一撃、二撃と打ち合った末にダナンの握るアサルトライフルの銃口が火を噴き、アーマーを砕くと男の脇腹を撃ち抜いた。


 鮮血と肉片が宙に舞い、白いタイルに血の雫が散った。これで殺せるとは思っていない。もっと、決定的な一撃を、絶命に至らせる火力が必要だ。


 「見えているぞ、あぁ、貴様の考えは全て見えている。遺跡発掘者……その手に握る手榴弾は何だ?」


 「ッ‼」


 ベルトポーチに忍ばせていた手にカァスの視線が突き刺さり、ピンに掛けられた指が男の言葉に惑わされ。


 「迷うなよ、遺跡発掘者」


 鈍色の光を反射させるブレードがダナンの頬を斬り裂き、耳を貫いた。


 接近戦は分が悪い。適度に距離を保ち、奴の腹へ銃弾を撃ち込め。首を断とうとするブレードを紙一重で避け、機械腕の指先に仕込まれている9mmパラベラム弾を撃ったダナンは、弾丸が全て弾かれた事を確認し、小さく舌打ちする。


 男の動体視力はどうなっている。銃弾を全て弾き落とす等在り得ない。頬を伝う生温かい血液を拭う暇なく連撃を躱し、男の隙を窺う青年はカナンと呼ばれた少女を瞳に映し、アサルトライフルの銃口を向け、引き金を引く。


 連続した射撃音と血肉が飛び散る厭な音。ダナンの持つアサルトライフルの銃口がカナンへ向かれた瞬間、男はすぐさま少女の肉壁となり、撃ち放たれたライフル弾を己が身で受け止めたのだ。


 「何だ? そんなにそのガキが大事か? ならこんな場所に連れて来るんじゃなかったな。ソイツはお前の弱さの象徴だ」


 アーマーを貫かれ、破損した鋼の隙間から生身の肌を露出した男は血を吐き、少女の銀髪に血が飛び散らないよう手で口元を覆うと細かな蟲を傷口に這わせ。


 「……」


 憎悪と憤怒に塗れた殺意を真紅の瞳に滾らせた。


 「ハッ……反論も無しか。ならお前ごとそのガキを殺してやる」


 ポーチから取り出した手榴弾を握り、ピンを抜いて投げ放ったダナンは宙に舞う榴弾を正確に撃ち抜き、爆炎に包まれる男と少女を一瞥する。


 「……この娘が俺の弱さだと?」


 規格外の爆薬が詰まった手榴弾は容易く人を殺傷する能力を持ち。


 「遺跡発掘者……決めた。貴様は骨の一片も残さず殺す」


 その炎の中、人間が人の姿を保つ事は不可能な筈で。


 「カナン、ルミナの使用を許可しろ」


 「いいでしょう。穿ち、喰らい、捻り潰しなさい。ニブの獣よ」


 焦げ煤け、焼け爛れた表皮と弾けた筋繊維を露出させたカァスは、口元を覆うガスマスクを毟り取ると獰猛な笑みを浮かべ。


 「コード・ニブ……開放」


 飢えた獣のような牙を覗かせると、幾億もの黒い線虫を己が心臓より湧き出した。

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