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第21話 30人の枠を賭けた生き残り

「──ではこれより、"退学試験"を執り行う」


 突然告げられたその言葉に、生徒達は呆然と立ち尽くす。


「え、は……?」


「退学試験……?」


「なに、それ……」


「は……?」


「た、退学って、じょ、冗談でしょ? ありえないんだけど……!?」


 体育館に集められた新入生達の間に緊張が走る。ざわざわとした不安の声が次第に広がり、先ほどまでの浮かれた雰囲気は跡形もなく消え失せた。


 壇上に立つ男、いや……試験官は、生徒達の反応を見渡し冷たい笑みを浮かべる。


「まさかとは思うが、ここに集められたお前達90人全員がこの天将学園のクラスに属することができるなどと、そんな甘い考えを持っていたわけじゃあるまいな?」


 一瞬、沈黙が訪れる。しかし次の瞬間、ひとりの生徒が意を決して声を上げた。


「ちょっと待ってください! 入学日早々こんな試験があるだなんて聞かされていません! 去年までは無かったはずです! これは例年とは異なる対応を取っている不平等な試験ではないのですか!?」


 その生徒の抗議の声が体育館に響く。しかし、壇上の試験官は眉ひとつ動かさず冷然と返答した。


「不平等、まさにその通りだ。これはお前達が味わう最初の理不尽である。不平等を乗り越えるための最初の試験である」


 試験官の声には一切の感情がこもっていなかった。その冷たさに、生徒達の動揺はさらに広がる。


「天将学園を甘い蜜の吸える場所だと勘違いしていたか? だとしたら夢物語も良いとこだな。何の試練もなく、何の理不尽もなく、適度な競争意識の中で伸び伸びと自由に過ごす。……そんな理想的な環境の中で卒業したお前は、果たしてこの世界の天下を取れるだけの逸材へと進化しているのか?」


 試験官が壇上から一瞥を送ると、その言葉に抗議をしようとしていた生徒は言葉を詰まらせてしまう。


「理不尽とは無駄を省かず作れるものではない。合格という希望の先に待つ楽園を失墜させる。入試で決めず、入学後に退学者を決める、実に手間のかかる試験だ。だが、理不尽とはそうやって生み出されていく。予想出来ない壁を前に、そこで立ち止まることなく突き進むことで人は無理やり成長していくのだ。実に能率的で、実に合理性に欠ける試験だろう?」


 その言葉に、生徒達の間には重苦しい沈黙が訪れる。


「この学園に娯楽が集まっているのも、最先端の設備で環境が整っているのも、全てお前達がこの先味わう地獄に対する対価に他ならない。相応の結果を残す者は、相応の褒美を受け取る義務がある。だからこの学園には莫大な資産が投じられているわけだ」


 誰もが、目の前に立つ男の冷酷さと、放たれる言葉の異様な説得力に押されていた。


 壇上の試験官は冷たい笑みを浮かべて続ける。


「さて、ようやく現実が見えてきたお前達に、今回の退学試験のルールを説明する。試験のルールは実にシンプルだ。お前達が今日持参した『天将印』をチップに、この体育館内で『天将印』の奪い合いをしてもらう」


「奪い合い……?」


 生徒達は凍りついたように試験官を見つめる。彼の言葉が意味するものを飲み込めず、呆然と立ち尽くす者、顔を青ざめさせる者、冷静に受け止めようとする者、それぞれの反応が場を埋め尽くしていく。


 それでも、試験官の口が止まることはない。


「お前達が持つ『天将印』はまだ天将学園の名が刻まれていない純正のものだ。しかし、本来の『天将印』は表裏の両面を組み合わせて出来上がる。つまり2枚必要となるわけだ」


 試験官がそこまで告げると、生徒達はその先に待つ内容を段々と察しはじめ、顔から血の気が引いていった。


「この退学試験で生き残る条件はたった1つだ。試験終了時点で『天将印』を2つ以上所持していること、これだけでいい。……だが同時に、この試験には制限時間もある」


ざわめきとどよめきだけが支配する空間の中で、試験官は告げる。


「──3時間。この試験の制限時間は3時間だ。この時間になった時点で、天将印をより多く持っている者を上から順に数えで30人。同順位は全員切り捨てだ。……それがお前達の生き残る枠となる」


 試験官の言葉に、生徒達はただ呆然と見つめる。


 天将印を2つ持つだけでいいのなら、たった1回の勝負に勝てば良い。だが、試験官は制限時間終了時点で天将印を持っている者を『上から順に30人』と言った。


 30人、つまりこの場にいる90人の中から僅か3分の1しか生き残れない。


 なんたる難関。この場における、天将学園の入学試験を潜り抜けた90人のエリートの中からさらに30人に選別される。


 まさに理不尽だ。自身と同じくらいの実力とはいえ、倍率3倍の戦いに生き残れるほどこの試験は簡単には思えない。


 ──そう思っている彼らを前に、試験官は更なる追撃を口にした。


「あぁ、言い忘れていたが、今回の試験は現在在籍しているクラス1の生徒と合同で行う」


「「「……!?」」」


 その場にいた全員が固まった。


 入学試験を勝ち抜いた90人で行う選抜試験……などと、現実はそんな甘いものじゃなかった。


 試験官が告げたその言葉と同時に、クラス1に所属しているであろう生徒達が続々とこの体育館へ入ってくる。


 10人、20人、30人……この学園における最下位ワーストの面々が暗い顔色で体育館の端に集まっていき、新入生である自分達に憐みの目を向ける。


 ──彼らは既にこの状況を受け入れているようだった。


(……天将学園の入学倍率は常軌を逸していると彩香から聞いていたが、なるほど、その実態がようやく見えてきたな)


 今にも発狂しそうになる生徒達とは違い、三月は冷静にその状況を分析する。


 驚きはない。不満もない。理不尽など生まれてきたからずっと受けてきた。そんな三月にとってこのひりついた状況は懐かしさすら感じるもの。


 瞼を閉じ、この張り詰めた空気感に安らぎを感じ取る。


(入学試験はあくまでその舞台に立てるかどうかを測るもの。元より20問程度の問題集で個人の実力を判断できるなど学園側も思っておらず、この退学試験こそが本来学園側がやりたかったことなんだろうな)


 三月がそのように考えていると、試験官が声量を上げて告げた。


「今回はこの場に集まった126名で天将印の奪い合いをしてもらう。どうやって奪うかは、言葉にする必要もないだろう? お前達はこの天将学園で戦っていくのだから」


 試験官がそう告げると、再びぞろぞろと体育館に大人達が入ってくる。


 それは天将学園の"教員"だった。


 教員たちはそれぞれ将棋盤の置かれたテーブルの間に一定間隔で陣取る。


(なるほど、この場では教員が立会人を務めるというわけか)


 どれだけ無茶苦茶な試験を行うにしても、その結果は公平に決められる。そんな天将学園のポリシーが窺える。


 しかし、その光景はあまりに異様。この状況を文句も言わず受け入れているクラス1の生徒達が麻痺しているとしか思えない。


 年々退学者を大量に出していると噂のこの"天将学園"の本質がいよいよ見えてきた。


 死んだ目を浮かべているクラス1の生徒達は固唾をのむ。


 これは、その始まりに過ぎないのだと。


「不正と判断される行為は即退学、暴力や脅しも即退学だ。お前達がこの場で生き残らんとするのであれば、使うべきはだけだ」


 そう言って試験官は人差し指で頭の横をトントンと叩く。


 それを見ていた生徒達……いや、生徒になろうとしている者達はただ口を開けるばかりで言葉を紡げない。


 その手に握られる合格番号だけで、誰もが天将学園の生徒になったつもりだった。


 しかし、何も決まっていない。何も始まっていない。


 自分達が持っているのは、あくまで天将学園の入学試験に合格したという証明だけである。


 学費に関する契約も、教材に関する売買も、制服の規定すらまだ伝えられていない。


 ──何も始まっていなかったのだ。


「ウソでしょ……」


「こ、こんな騙すような形で……!」


「在学生ととの合同で奪い合いなんて理不尽すぎるだろ……! 最下位のクラス1とはいえ、入学したばかりの俺達で太刀打ちできるわけがない……!」


 相手は天将学園における7つのクラスの中で最も落ちこぼれとされる最下位のクラス、それがクラス1。


 しかし、その実態はあくまで"学園の中"だけで成立するカーストであり、入学したての自分達から見れば格上も同然。


 ──今この場にいるクラス1の生徒達は、今回の退学試験のような理不尽な環境を1年間も耐え抜いてきた紛れもない『猛者』なのである。


 そんな生徒を含めて126名。その中から生き残れるのはたったの30名。


 4分の1というあまりに狭き門を前に、新入生の生徒達は抗議の意を示そうとする。


 だが、この場では学園のルールこそが正義である。そんなものが通用しないことは彼らも内心で理解しており、だからこそ声に出さない怒りを試験官へと向けていた。


 そして、そんな視線を受けても口角を上げたままの試験官は、その手をゆっくりと振り上げ──。


「さて、準備は整ったようだな。ではこれより、天将学園クラス1の退学試験を執り行う!」


 試験の始まりを告げたのだった。

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