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第20話 入学おめでとう、退学試験開始

 王歴1980年4月7日。ついにその日はやってきた。


 日差しに照らされ桜が散る早朝。今年もその重たい天将学園の門が開かれる。


 今年も何百人、何千人と入学試験を受ける者が現れた。しかし、その狭き門を突破したのは、一般枠、特待生枠、合わせてたったの90名である。


 ──その中には、当然三月も混ざっていた。


(落ちることもある程度は視野に入れていたが、で通すということはなまじ中途半端な学園ではなさそうだな。……果たして俺は試される側なのか、それとも……)


 三月はそんなことを考えながら天将学園に向けて歩みを進める。


 そして、そんな三月の隣を彩香が歩いていた。


「三月くん、三月くん。目を瞑りながら歩くのはやめてください。目立ちますよ」


「ん? あぁ」


 三月は彩香に言われ、目を開く。


「たまにそうやって目を瞑って考えることがありますけど、癖なんですか?」


「いや、両目が無くなったときようにな。ある程度盲目には慣れておこうと思ってるだけだ」


「両目が無くなる!? そ、そんなことあるわけないじゃないですか」


「まぁ、そうだな。……癖でやっているだけかもな」


 三月が元居た世界では、勝負に負けて体の一部を欠損させるなど日常茶飯事だった。


 特に将棋の世界においては盲目が評価されることも多い。棋譜さえ把握できれば対局に影響はなく、盲目だからこそ集中力が増すなんて噂もさることながら、大金を前に両目を対価に賭け将棋をする者も少なくなかった。


 三月はそんな事態に陥ってもすぐに順応できるよう、たまにこうして目を瞑りながら物事を考える癖をつけるようになっていた。


 しかし、彩香はそんな三月の事情を知る由もない。


「ところで、なんで付いてきてるんだ? 彩香は天将学園の生徒じゃないだろ」


「そりゃあもちろん! 三月くんが天将学園でもやっていけるか見守るためですよ!」


「保護者かよ」


「保護者みたいなもんです! ……まぁ、冗談はさておき、本来の目的は学園の取材ですね。天将学園は全国でも有名ですから、入学当日にどんな優秀な生徒が入学したのか、それをチェックするのはこの分野の記者としては欠かせない事情です」


「なるほど」


 どうりでいつもの正装で付いてきてるなと三月は納得する。


「そういえば、以前一緒だった男は仕事先の後輩か何かか?」


「山内くんのことですか? はい、私の後輩です。まだ研修期間が終わったばかりなので今は事務仕事がメインですが、たまに私と同行して取材を行うこともあります」


「へぇ、彩香はもっとポンコツだと思っていたが、その歳でもう後輩を持っているのか」


「ポンコツってなんですかポンコツって! わ、私はこう見えても歴は長いんですよ?」


「ふーん」


「せめて興味をもって! 自分で投げかけた問いの答えにくらいもっと反応して!」


「ついたぞ」


「ノーーーウッ!!」


 三月と彩香がそんなやり取りをしている内に、本日の目的地となる天将学園に到着した。


 既に学園の門は開かれており、大勢の生徒が様々な顔色でその門をくぐっている。


 三月もその流れに続く。そしてその後ろから彩香もトコトコとついてきた。


 そこから少し進んだ先で巨大な校舎が目の前に立ちはだかると、三月と彩香はその場で止まる。


「じゃあ俺は校内に入るから、また後でな」


「はい! それでは三月くん、頑張ってください!」


 そうして二人は、天将学園へと入っていくのだった。


 ※


 天将学園の門をくぐり、校舎の中へと足を進める今年の新入生合格者達。


 彼らの手には合格者を照合する自身の『番号札』と『天将印』しか持っておらず、学生らしいカバンやバッグといった手荷物がなかった。


 そのことに彼らは多少の違和感を覚えるも、天将学園ではそういうものなのだと自分を納得させる。


 その歩みの先が自分達の在籍する『教室』ではなく『体育館』のような場所であることも、そういうものなのだと納得させる。


 疑問を持つ者はいない。不審に思う者はいない。


 自分達は合格者なのだと、天将学園にその手を届かせた一流の将棋指しなのだと信じて疑わない。


 特待生枠の合格者である三月を含め、延べ90人が校内の体育館へと足を運んだ。


 辺りに一帯に置かれた机とテーブル、そして将棋盤と駒箱。なんで体育館にそんなものが大量に置かれているのか分からないが、将棋の学園なのだから当然なのだと誰もが受け入れる。


 ──本当にそうなのだろうか?


「……」


 それらを鋭い目つきで睨むように見つめる三月。


 周りの新入生たちはのんきに自己紹介やら挨拶やらでキャッキャしている中、三月は一言もしゃべらずに周りを注視していた。


「やぁ、三月くん。やっぱりまた会えたね♪」


 そんな三月の背後から肩をポンと叩いて接触してくる少女が一人。


 金色の髪がわずかに靡く。萌え袖からわずかにはみ出た手はその少女の愛らしさを増幅する魔性のチャームポイントだ。


「アンタは確か……九條くじょうだったか」


「そ♪ 覚えててくれて嬉しいな」


 ヒョコっと三月の横から顔を出す九條。


「合格したんだな、おめでとう」


「ありがと♡ そういう三月くんこそ、余裕だったみたいだね?」


「さぁ?」


 いつものようにはぐらかす三月に、九條は話題を変えて三月に急接近する。


「ねね」


「?」


 普通の男子であれば赤面必須の至近距離、しかし顔色一つ変えない三月に九條は耳打ちするように告げた。


「今日の入学式、普通に終わると思う?」


 その言葉を受けて、三月は少しだけ嬉しそうな顔を浮かべる。


 ──そう、九條は気づいているのだ。この入学当日の"違和感"に。


「……俺はあの試験の日、校舎の中を少しだけ見て回っていた」


「うんうん」


「この学園には色んな施設がある。でも全部見て回るのは時間的に不可能だ。だから自分の入る教室くらいは見ておこうと思ってな。九條、アンタも同じことをしていただろ?」


「そうだね。やっぱり自分の入る教室くらいは確認しておきたいし」


 偶然にも三月と同じ行動を取っていた九條。それは本当に偶然か否か、三月は口角を上げならその続きを、この場における"違和感"の正体を九條に告げる。


「──ここにいる90人、全員が入れるスペースが教室そこにあったと思うか?」


「……♪」


 九條は恋に落ちたような表情を三月に向ける。


「なんだよ」


「ううん♪ やっぱりアタシの勘は正しかったなって♡」


 勝手にテンションを上げている九條に、三月は徒労のように肩をすくめる。


 九條の妙に嬉しそうな態度の真意は知らないが、自分と同じくらいの洞察眼を持っている事実に三月は再び九條の評価を改めた。


 そうして二人の会話がある程度済んだところで、その足音は厳格に体育館の中で響いた。


「──全員、静止しろ」


 突如、マイクを持った男が壇上に上がり生徒達に指示する。


 中年ほどの風貌に鋭い目つきが印象的なその男は、持っていたマイクを冠水瓶が置かれた演台にセットすると、両手を突いたまま三月たちを見下ろした。


「せんせー、なんで体育館なんですかー? 寒いんですけどー?」


 一人の女子生徒がふざけるように笑いながら男に問う。


「というかなんで体育館に将棋盤あるんですかー?」


 次いで、もう一人の生徒が先程の女子生徒に倣って質問を投げかける。


 天将学園に合格した彼らはまるでエリート気取り。将来を約束されたその余裕からくる態度は、まさに思春期特有の傲慢だった。


「まぁまて、必要な説明は今から行う」


 壇上の男は冷静な声色でそう告げると、未だざわざわと駄弁っている生徒達を注意することもなく話を進めた。


「まずは全員、入学試験合格おめでとう。この場にいるお前達は、一般枠、並びに特待生枠のいずれかで合格となった者達だ。まずはその点で胸を誇っていい」


 男の言葉を聞いて、生徒達の表情はさらに調子づく。


 しかし、三月の表情はさらに険しくなり、隣にいた九條は周りの生徒とは別な意味で口角を上げていた。


「ここにいる者の多くは、本日から天将学園の授業を受けられると思っているだろう。だが、天将学園の正式な新学期は4月8日からとなっている。つまり本格的な授業が始まるのは明日からだ」


「じゃあ今日は何するんすかぁ?」


 どころから聞こえてきた生徒の問いに、男は即座に答えた。


「今日行うのは実にシンプルな試験だ」


「試験?」


 ざわざわとし始める新入生達。


 せっかく天将学園の入学試験に合格したかと思えば、入学早々試験を受けさせられるなど予想できたものではない。


 しかも、この場にいる全員がその試験内容の予習をしていない。過去問も出題範囲も分からない試験に、生徒達は段々と嫌な予感を感じ取る。


 しかし、その試験の本質はそんな不安とは桁違いのレベルのものであることを彼らは知らない。


「改めて言おう。新入生諸君、入学試験合格おめでとう」


 それまで落ち着いた声色で話していた男は、不気味に口角を上げて悪魔のように三月たちを見下ろした。


「──ではこれより、"退学試験"を執り行う」


 新入生全員の顔から、笑顔が消えた。



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