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第16話 試験終了

 試験官の男は、自らが手配した問題を見つめる。


(今回の試験、配られた2枚の問題用紙にはそれぞれ10問ずつ問題があり、合わせて20問となっている。前半には比較的簡単な問題を用意しつつも、中盤は一度止まって考えなければ分からないレベルの妙手が求められている。そして肝心の後半は、時間を掛けなければ絶対に解けない鬼のような難易度の問題だ。60分という短い時間で全問解き切るのは、まず無理だろう)


 毎年、天将学園の入学試験で出される問題は、その担当についたプロの者が1年間じっくりと考えて作られている。


 そのため問題の難易度はバカみたいに高く、一部に至っては解かせる気を微塵も感じない構成になっていた。


(正解できないのは当然だ。だが、正解できないと判断する素早い取捨選択がその者の才を決める。特に1枚目の問8──51手詰という長手数の詰将棋に、見た者は一瞬解くのを諦めかけることだろう。……だが、序盤に手が続くよう細工されているこの問題は、一度解き始めると何故か最後まで行けそうな感覚を掴んでしまう。特に20手前後までは、なまじ簡単な手ではたどり着けないため、それが余計に手ごたえを感じさせる要因となるだろう)


 試験官は1枚目の問題用紙、問8を見ながら頬杖をつく。


(だが、問題は29手目。ここで一気に読みが止まる。それまで順調に進んでいたはずの手が一気に見えなくなるんだ。そして、ここまで順調に読めていた者は思ってしまう。ここで何か絶妙な手が、"妙手"があるんじゃないかと)


 試験官は口角を上げ、その問題用紙を握り潰す。


(──そんなものはない。この問題は学園の職員が命を削って創り上げたものだ。実際は序盤から妙手だらけ、奇怪で異常な一手がそこら中に跋扈している。プロでも数時間は掛けないと解けない問題だ。つまり、元から解かせる気などないんだよ、これは。いわゆる捨て問という奴だ。……これに気づけるか気づけないかで、残り時間が大幅に変わる)


 そう、実際はこの問8が一番の難所であり、後の問9、問10の方が簡単な問題となっている。


 しかし、詰将棋は解き始めるまで真の難易度は分からない。正確な取捨選択をするためにも、問題自体には挑まなければならないのだ。


 残り時間が10分を切る。いよいよ試験も終盤に入り始めた。


(そして、最大の問題は2枚目、これを解けるかどうかで合否が決まる。──はたして、この場に特待生足り得る未来の生徒は存在するのか、楽しみだ)


 ※


 試験の残り時間、その半分を使って問8を解き切った三月は、急いで問9と問10を瞬殺する。


 そして、残されたもう一枚の問題用紙をめくった。


『問1、次の一手を解答せよ』


(2枚目は"次の一手問題"か……詰将棋よりは早く解けそうで助かるな)


 次の一手問題とは、その言葉の通り、局面に対する正しい次の一手を解答するというものである。


 詰将棋との違いは、問題の局面における進行度合いがバラバラであること。


 詰将棋は王様を詰ます問題であるため、必ず終盤、最後の局面である必要がある。


 しかし、次の一手問題は、単純に次の一手を正解すればいいため、問題の局面は序盤から終盤まで幅広く出題される。


 そして、次の一手、とは言っているが、やることは詰将棋と同じく、何手も先を読んで最も正しい一手を解答しなければならない。


 そういった点では、詰将棋との難易度に違いはない。


 ただ、何手も書き込む詰将棋と違って、次の一手問題は『1手』だけ書けばいい。1手だけならマグレで当たる可能性もあるだろう。


 つまり、時間は早く済む。というのが三月の読みだった。


(さて、すぐに解いて…………ん? これは……)


 残り時間が差し迫る中、何かに気づいた三月は、その問題を1から10までじっくりと眺める。


(…………)


 長い沈黙、それは問題を解いている顔ではなく、もっと先の何かを見据えた表情でペンを持つ。


 否、ペンを持つ意味すらないことに気づいた三月は、2枚目の問題を1問も解くことなく裏返す。


 ──やがて時間が過ぎ、チャイムが鳴り響くと同時に試験官の声が響いた。


「そこまで! 全員手を止めろ、試験は終わりだ」


 試験官が静止の合図を出すと、他の職員たちが問題用紙を回収にやってくる。


 三月は1枚完全な白紙である用紙を渡すと、職員は一瞬驚いたような顔を浮かべた。だが、すぐに真顔に戻って回収していく。


「いや~、大変だったねぇ。……えーと、三月くん?」


「……!」


 突然、隣にいた受験生から声をかけられた三月は、自分の名前を呼ぶその少女に勢いよく振り向く。


 そこにいたのは、薄い水色の髪にショートボブで、表情を崩して可愛らしく笑う少女だった。


「あはは、ごめんねぇ。さっき回収する時にたまたま名前が見えちゃってたんだよ。あ、カンニングはしてないよ? ホントだよ?」


「いや、気にしてない。俺は今回記念に受けただけでな、解答欄は全部適当に書いた」


「えぇーーっ!? そうなのぉ!? アタシの努力返してよぉ!」


「カンニングしてたんじゃねぇか」


 思わずツッコむ三月だが、その少女は表情をコロコロと変えてにこやかに微笑む。


「あはは、嘘だよ、うーそ♪ こんな難しくて楽しい問題、自分で解かずにどうするのさ」


「……いうほど難しかったか?」


「あー! 適当に解いたからってマウント取りに来てるー! 性格わっるーい」


 喜怒哀楽が豊かな少女は、若干引いた目で見ている三月にもお構いなしで話しかけていく。


 三月も会話そのものに怠さを感じるタイプではないため、少女の問いにはしっかりと答えていた。


「そういう自分は全問解けた自信があるのか?」


「アタシ? うーん、1問以外はなんとか行けたかな~って感じ♪」


「そりゃ凄い、19問正解だ。でも俺は全部埋めたから20問正解な」


「いや、どんだけマウント取るのに必死なの!」


 本当は1枚丸々白紙だが、三月はそのことを隠した。


 そんなこんなで話している内に、緊迫から解き放たれた教室内の空気は、ざわざわと会話の声が聞こえ始める。


 いつの間にか試験官もいなくなっており、黒板には試験の終了を伝える旨と共に、帰宅しても良いという文字が書かれていた。


 受験生たちが続々と教室を出ていく中、少女は未だに三月に付きまとう。


「君、なんか他の人と雰囲気違うんだよねー」


 何やら考え込んでいる少女は、帰る準備をする三月にそう告げる。


「それだけ将棋の才に恵まれた男ってことなのかもな」


 三月は適当な返しで少女の考察を邪魔するが、少女は唸りを上げながら三月を凝視する。


「いや、将棋とか関係なく、人? 人格? なんていうかなぁ……時代?」


「……」


「うーん、なんかそんな感じ! ちょっと新鮮♪」


「そうか」


 両手を組んで可愛い子ぶった表情をする少女。


 薄っぺらない言葉を吐くのとは裏腹に、人を見る目があるようだ。


 意外と食えない女なのかもな、と……三月は内心少しだけ少女に対する評価を上げた。


「おや、もう帰っちゃうの? 奥は混んでるよ?」


「近道を見つけたんだ。この学園の図はある程度頭に叩き込んであるからな」


「へぇ……。ねね、三月くん」


「なんだ?」


 萌え袖からわずかにはみ出た手で、三月の方をポンと叩いた少女は、歯を見せた絶世の可愛らしい笑みでニコッと笑った。


「──アタシは九條くじょう、これからもよろしくねっ♪」


 そう言って、自分の名を九條と告げた少女は、これから三月が帰ろうとしていた"近道"を通って去っていった。


「……これからも、か。まだ合格したと決まったわけじゃないだがな」


 そう言って、三月もまたその少女の通った道を踏襲するように帰宅するのだった。





 ──そして、翌日。天将学園に衝撃が走る。


「バカな……!? 問8を解いた者がいるだと!?」

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