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第11話 告げる真実

 ──天将学園の会議室では、数人の大人達が長机を囲んでいた。机の上には新入生の名簿がずらりと並んでおり、時折鋭い視線を向けながら、彼らは静かに言葉を交わす。


「そろそろ新入生の選抜が近づいているが、今年の特待生枠は例年以上に競争が激しいな」


 一人、厳格な表情をした男性が重々しく口を開くと、その向かいに座る女性教員が頬杖を突きながら不満を口にする。


「特待生は学園の中でも特に将来を担う可能性が高い逸材だ。だが、選抜は常に『音羽派閥』の意向が強く反映されている。我々の意見がどこまで通るかは……」


『音羽派閥』――天将学園を牛耳る現在最強の派閥であり、学園内外に強い影響力を持つ存在である。彼らは、表向きは学園の発展と将棋界の未来を担う人材を育てることを謳っているが、その裏には権力拡大のための策略が張り巡らされているのではないかと噂されている。


 そしてさらに厄介なのが、その派閥を率いている帷幕いばくが内部の存在、つまりは学生であるという点だ。


「今年も派閥の推薦生が数名いるそうだが……」


 近年の急激な改革に付け入る隙が大きいのは承知の上だったが、派閥には為政者も絡んでいるため、その影響力は単なる学生で視線を外せるほど小さくはない。


「奴らの目に気に入られた者が優秀であることは事実だ。だが、それは元々のスタートラインが異なっている。いくら才能があっても、音羽派に気に入られなければ学園内での昇級が厳しいというのは課題としてあるのではないか? 生徒達が食い合う構図こそが切磋琢磨の神髄だ、一方的な者が座る席などに価値はない」


 放たれた正論に沈黙が流れる。しかし、教員の一人が冷ややかに笑う。


「ふん、才能だけではここでは通用しない。それが天将の所以だろう?」


「如何にも。我々とて音羽派閥の意向に異を唱えたい気持ちは同じだが、それを覆す新星こそ将来輝く者になるというのもまた事実だ」


 そこから議論は過熱する。


「しかし、それでも真に実力のある者は見極めるべきだろう。特待生枠に何人入るかで、今後の学園の勢力図が変わるのは間違いない」


「些か過剰に考え過ぎではないか? いくら本校が一線を担っているとはいえ、まだ排出した生徒の実績が世に反映されるほど歴史が物語っているわけでもあるまい。果実が実る前に肥料を変えては愚行になりかねんよ」


「だが、そんな悠長な姿勢では他国に後れを取ることになるぞ。今や駆け足が当たり前の時代だ。才能の発掘に勤しむのは自由だが、今の天将に悠々闊歩するほどの余裕があるわけじゃない」


「それは、そうだが……」


「うーむ……」


「話を戻そう。今の議題は特待生の枠を増やすかどうかだろう? これまでの倍率を鑑みるなら、多少のコストを増やしてでも例年より多くの枠を取るべきであって──」


 こうして、天将学園の会議室は、今日も張り詰めた空気の中で議論が交わされていく。


 特待生選抜の裏には、ただの将棋の才能だけでなく、派閥間の熾烈な駆け引きも影を落とし始めていた。


 ※ 


 三月は彩香の家に到着するや否や、さりげなく部屋を観察し始めた。そして壁に並ぶ将棋の書籍を眺め、すぐに彩香の深い将棋への関心を感じ取る。


「彩香、これ全部読んだのか?」


「え、ええ。一応、記者としては知識が必要ですから」


 見るからに大量の書籍、端から端までギッシリと並べられたそれは、プロ棋士の体験談などを描いた、いわゆる『人間ドラマ』ではない。


 ──定跡書。つまりは将棋に関する知識を得るための本である。


(へぇ……)


 三月は珍しく感嘆する。


 部屋にある書籍は一目見ただけでも500~600冊は入っており、その全てを読み終えているとなれば、彩香は相当な勉強家なことが窺える。また、その内容を忘却していなければ、彩香は現役の将棋指しにも劣らない知識を持っていると言ってもいいだろう。


 三月は部屋の片隅に置かれた将棋盤を発見すると、無言の圧力をかけながら彩香に挑戦を示唆するような態度を見せる。


「驚いたな。アンタ、見かけによらず指せやれるタイプなのか」


 そんな三月の言葉に、彩香は驚いた表情を見せながらも三月の意図を読み取って戸惑う。


「わ、私と対局したいんですか……?」


「いや、ただ気になっただけだ」


「そ、そうですか……」


 三月としては、この世界の情報を手に入れた後にすべきことがない。世界のルールに迎合して生きるのも、反発して革命を目指すのも、惰性で余生を食いつぶすのも、三月の取るべき選択肢の中には確かに存在しているのだろう。


 しかし、自らの指針を客観的に振り返った時、果たしてその先に待っている未来が、行く末が、必ずしも三月にとって良い結果として終わることは限らない。


 ……それは、"前の世界"では叶わなかった。


 底辺の上澄みに立ったところで、底辺の枠からは抜け出せない。どれだけの富豪になろうとも、地獄から奪い取った金であることに変わりはない。


 自殺願望が無かったと言えば嘘になる。それほど三月は心のどこかで、自分の立ち位置に不満があった。


 だから前の世界では自らリスクを冒すような発言や態度をとるようになり、心の奥底にある願望を表現するかのように自分の命すらも天秤に乗せ始めていた。


 終わり切った生涯に花を咲かせることは叶わず、ただ養分を吸い続ける惨めな自分を投影されているだけの人生。それが三月の心の中に酷く突き刺さっていた。


(だが、この世界なら──)


 それは一縷の希望か、それとも死を体験したからこその欲望か。


 三月はふと、将棋盤に目をやりながらその思考を断ち切った。そして、好奇心をそそられながらも警戒する彩香を尻目にその場に座ると、じっと彩香の顔を見つめた。


「……三月くん?」


 そんな彩香の言葉に三月は返事をすることなく、その視線を部屋全体に移し、周りとをぐるっと一周するように見渡した後、再び彩香に視線を向けた。


 そして、その一言は放たれた。


「──俺がこの世界とは別なところから来たって言ったら、信じるか?」


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