炎天下の日差しが照りつく平日の学園。それぞれが寮に帰っていく下校中の生徒達は皆、なぜかその手に『将棋本』を持っている。
それも一人ではない、全員、数百人という学園の生徒全員が同じように将棋に関する本を持ちながら下校していた。
その中の一人である少女は、閃光のような何かに目を瞑ると、何か怪訝な表情を浮かべる。
「どうしたの?
それを傍から見ていたもう一人の少女が声をかける。
「……ううん、なんでもない」
「そう? 早く帰って将棋さそーよ!」
「うん」
凛と呼ばれた少女は頷いて歩き出す。
しかし、少し歩いたところで立ち止まると、おもむろに先程の閃光を放った場所を見上げた。
「……今、空が光ったような」
※
(何の冗談だ、これは……?)
川岸に生えた草原に腰を下ろした三月は、その第一声を心の中で叫んだ。
普段通りに回る思考、正常に映る視界。三月はその状態が『生きてる』という事実であることを認める。
「俺は……死んだんじゃなかったのか……」
近藤に突き飛ばされ、運悪く走っていたトラックにはねられた。いや、あの悪天候であれば運の良し悪しなど些細な問題でしかないだろう。
近藤に恨みを買っていた時点で三月の死は確定していた。そこに三月自身は怒りを感じることはない。
しかし、問題は既に次の盤面へと移っている。
「……ここは、どこなんだ?」
普段独り言を口にしない三月ですら、その心の声は驚きと共に口から漏れてしまう。
今こうして踏みしめている大地はもちろんのこと、すぐ目の前には癒されるような川の流れが続いており、耳を澄ませば微かに鳥のさえずりが聞こえる。
して、そこから立ち上がった三月の目に入ってきた光景は、まごうことなき"地獄"だった。
「……おいおい、勘弁してくれよ」
そこに広がっていたのは、写真の中の世界だった。
いや、厳密に言えば
昔、曾祖父が子供の頃に撮ったモノクロの写真で似たような風景を目にしたことがある。それかもしくは、テレビ番組とかで紹介された映像だろうか。
木造と瓦で彩られたレトロな雰囲気を醸し出す建物。時代を感じる商店街の並び。
そう、そこは、三月の知識が間違っていなければ──『昭和の日本』と呼べる場所だった。
(まさか、タイムスリップしたのか……? なんで俺が? よりによってこんな時代に?)
三月は思わず思考を巡らす。
起こされた事象には必ず理由が付随する。理由がなければ死んだはずの自分が今こうして生きているはずがない。
それも同じ日本で、なぜか昭和だ。昭和である理由は一体なんだ? 平成では、令和ではダメだったのか? そもそも全く別の異世界という選択肢は無かったのか?
あらゆる可能性が三月の中で渦巻き、議論する。それが無駄であると知りながらも、考えることで生計を立てていた三月には必然の行為だった。
そうして幾ばくか考えた辺りで、突然背後から女性の声が聞こえた。
「──ちょっといいかしら」
若く、可愛らしい、少女のような声。そんな声が三月に向けて放たれる。
三月は一度思考を止め、自分が不審者に思われないようにゆっくりと振り返った。
「……何か用か?」
振り返ると、そこにいたのは学生服を着た少女だった。
透き通るような銀色の髪、自分とどこか似たような深淵を覗くような瞳。どこからどう見ても日本人じゃない。……しかし、どこからどう見ても日本人に見える。
三月はその違和感を抱えながらも、決して表情には出さず少女を見た。
少女は流暢な日本語で、いや、日本人そのものの雰囲気で三月に尋ねる。
「いえ、この辺りに少し用があってね。……アナタ、この辺りで何か"光るモノ"を見なかった?」
「"光るモノ"……?」
三月は少女の目的が自分でないこと知り、少しばかり警戒を解く。
「ええ、ついさっき……そうね、10分前くらいかしら? 空から閃光を放つ光が見えたの。それがそのままこの辺りに落ちていったから見に来たんだけど。……そういえばアナタ、いつからそこにいたの?」
少女の問いに、三月はフランクな話し方ですぐに即答する。
「1時間くらい前かな。連日のアルバイトでクタクタでさ、ちょうど良いパワースポットがあったからそこで寝てたんだよ」
真っ赤な嘘である。しかし三月は真剣師で培ってきた土壇場の度胸と判断力でその返しを躊躇わなかった。
「へぇ、こんな場所がパワースポットだったなんて知らなかったわ」
「……は?」
少女の返答に、三月は思わず心の声を吐露した。
その返事が、反応が、三月にとって予想外だった。
(アルバイトという言葉が使われ出したのは戦後の1940年代だ。ここが伝わるのはまだ分かる。だがパワースポットという単語が一般的に認知され始めたのは1990年、下手したら2000年代のスピリチュアルブームに入ってからだぞ。……一体どうなってる?)
そう、三月は先程の単なる一言に複数の意味を込めていた。
しかし、その単語に少女は引っかかりを持つことなく、聞き返すでもなく、平然と三月と会話を続けている。
「何?」
そんな驚きが思わず表情に出てしまっていたのか、少女は首を傾げて三月を見る。
「いや、何でもない。ところで俺の方も質問していいか? 最近忙しくてカレンダーも見る余裕なくってさ、今って何年だっけ?」
決して怪しまれないように、決して不審に思われないように、三月はその場から立ち上がりつつ少女に尋ねた。
「なによいきなり。本当に疲れてるんじゃない? 今は『