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第十二話 ココ

 装飾は煌びやかだが、薄暗いバーの店内にはポツポツと従業員と思しき人が開店準備のためか、店内の清掃をしていた。その間を縫うようにすり抜けていくと、入り口から入ってきたらしい少女と目が合った。

「あ、あの時のオジサンじゃーん」

 唇に人差し指を当て、ココは上目遣いで見上げてきた。

「なになに? 彼女できなさすぎて、こんなところまで来ちゃったとか? ねぇねぇ」

「んだよ。んなワケねぇだろ」

 ココの言葉を即座に否定し、島崎はココを頭から足の先まで一通り見やった。胸元の大きく明いた服も、膝からの長さの方長いような気のするスカート丈も、相変わらず目のやり場に困る。申し訳程度に着たジャケットのポケットは、どれもこれも物は入りそうにない。確かに彼女には似合っているが、実用とはかけ離れたファッションを、島崎は全く理解できそうになかった。

「そもそも、お嬢ちゃんはこんなお酒扱う店に入っちゃいけないんじゃないのか?」

「えぇ? だって夕方の時間はお酒出してないよぉ? だからぁ、未成年でもお店入って大丈夫なんだよ」

 ココと話していると全てココのペースに飲み込まれそうになる。島崎はこめかみに手を当て、小さく唸った。

「そうか。じゃぁ、オジサン忙しいから帰るわ」

「やだぁ。オジサン、自分でオジサンって認めちゃった」

 ココはケラケラと声高に笑った。

「ねぇねぇ、オジサンさぁ、さっき奥から出てきたでしょ? って事はサクタンのお客さんだった?」

「サクタン?」

「そう。サクタンだよ。朔太だからサクタン」

 朔太と頭の中で数回繰り返し、それが斉藤の名前だったことに思い至る。

「斉藤か」

「違うよ。サクタンだよ」

 わざわざ修正してくるココに思わず頭を抱えそうになりながら、島崎は「分かった分かった。サクタンで良い」と右手を振って見せた。

「それで、お嬢ちゃんはそのサクタンと知り合いなのか?」

「えぇ? それ、オジサンに言わなきゃダメ?」

 ココは小首を傾げ、唇を尖らせる。島崎は内心で「めんどくさい」と思いながらも無理矢理に笑みを浮かべて見せた。

「オジサン知りたいなぁ」

 わざとらしい笑みが引きつる。隣に山口がいたら指を指して笑ったに違いない。

「彼女はれっきとした『偽者対策課』のスタッフです」

 背後から斉藤に笑いを堪えたような声を掛けられ、島崎はうなり声を上げて斉藤を振り返った。

「どうやら『偽者対策課』ってのは俺の思っていた以上に人員不足のようだな。警察から俺のような人間を仲間に引き入れようとしたり、こんなお嬢ちゃんにまでやらせてるなんてな」

「人員不足は否めません。しかしそれは人材が不足しているからではありません。僕らが目指しているのは『偽者』の駆逐です」

 斉藤は先程までよりも声色を落とし、真面目くさった口調で告げた。過激な言葉に島崎はさっと辺りに視線を動かした。

「警戒しなくて大丈夫ですよ。この店の従業員は全て『偽者対策課』でまかなっていますから」

 店内にいる従業員の年齢層は、島崎と同じかあるいは若いくらいだろうか。本当に何の変哲もない、ただの民間人に見える。

「島崎さんの思ったことはなんとなく分かります。ここにいる人は普通の人なのではないかと、そう仰りたいのでしょう?」

 島崎は無言で斉藤の次の句を待った。斉藤は、島崎に向かって組んでいた右手をほどき、島崎の言葉をくみ取ろうと出もするかのように差し出してみせた。

「では、島崎さんは一見で『偽者』を普通の方の中から見分けることができますか?」

「そんな事ができるなら苦労しねぇよ」

「つまりそういう事です」

 組んだ腕をほどくと、斉藤は眼鏡の位置を整えた。

「どういう事だよ」

「サクタンが言いたいのはぁ、ココ達の能力なんて、オジサンには分からないでしょ? ってコト」

 島崎の疑問を横からかすめ取ると、ココは「ね?」と斉藤に同意を求めて首を傾げた。そんなココの頭をよしよしと撫でてから、斉藤は「そうだね」と加える。

「そんなお嬢ちゃんに何ができるんだよ。警察が対策室を作っても太刀打ちできなかったってのに」

 肩をすくめ、島崎は斉藤を挑発する。

「まぁ、にわかの対策室で何かができると思ってらっしゃるなら、島崎さんはそれまでの人ですよね」

 斉藤は挑発を挑発で返して島崎の反応を待った。

「あの日、一矢報いたいと思ったのではないのですか?」

 言われて、島崎は視線を外して舌打ちした。

「というわけで」

 突然明るい声色で話を切り替えると、斉藤は胡散臭い笑みを湛えて両手をパンと合わせた。

「内藤君から情報が入りましたのでね。お二人で、現場に行ってみてはいかがですか?」

 ココと島崎の肩に手をやると、斉藤は「ね?」と念を押すように一人ずつの顔を見やる。

「ココは良いよ」

「俺は参加するなんて言ってねぇ」

 島崎は斉藤の手を振り払う。

「えぇ? もしかして、オジサン、『偽者』が怖いのぉ?」

 ココはニヤニヤと笑って島崎を見上げてくる。

「あ?」

「怖いんだ。でもぉ、怖くてもしょうがないよねぇ。初めて『偽者』と接触するってコトだもんね」

 ココはパシパシと島崎の背中を叩いた。

「でも大丈夫だよぉ。もしも危険なことになったりしちゃったら、ココが、オジサンのコト守ってあげるね」

 一回りか、あるいはそれ以上も下の女の子に、よりによって「守ってあげる」などと言われ、島崎はフンと鼻を鳴らし、触れてくるココの手を強く払った。

「それで、どこに行けば良い?」

「おや、島崎さん。やる気になってくれました?」

 斉藤の思惑通りに事が運ぼうとしている事に苛立ちを隠せないまま、島崎は「お試し、なんだろ? さっさと終わらせてやる」と、吐き捨てた。

「健闘をお祈りしています」

 したり顔の斉藤を見、島崎は何度目かの舌打ちをした。


 バーから二人で連れ立って外に出ると、ココは島崎のネクタイを掴み、有無を言わさず「こっちだよ」と歩き出した。

「さすがに犬っころみたいだからそれは止めろ」

 島崎はココの手を掴むと、何とかネクタイを引き抜いた。ヨレヨレのネクタイがより一層みっともなくなったような気がする。ココの手から抜き取ったネクタイを引き延ばして整えている島崎を見ながら、ココは口を尖らせた。

「じゃぁ、はい」

「今度は何だ」

 差し出してきた手を、島崎は腕を組んで見つめる。

「ネクタイはダメなんでしょ? だから、手、繋ぐの」

「俺を幾つだと思ってんだっ!」

 島崎が赤面して否定すると、ココは「やだ。オジサン顔真っ赤だよ。可愛い」とケラケラと笑った。

「それで、お嬢ちゃんはどこに行くかってのは知ってんのか?」

 島崎は咳払いし、手の甲で火照った頬をこすりながら話題を転換する。

「ココ」

「ここ?」

 既に指示された場所に着いたのかと島崎は辺りを見回した。

「違うよ。ココのコトはココって呼んでって言ってるの」

「呼び方かよ」

 溜息をつく島崎に、ココはキラキラとした目で顔を寄せる。

「ココアが好きだからココ。サクタンが付けてくれたんだよ。可愛いでしょ」

 化粧の匂いなのか、香水でも付けているのか、ココが近づくと特有の良い香りがして居心地の悪さを覚える。

「ちょっと離れろ」

 両手でココを押しやる。事件と関わりのない女性との対話は距離感も言葉も選びにくかった。

「で? どこに向かってるんだ?」

「えっとね、まず、この先の駅で電車に乗って」

 言いながらココはスマホの画面を島崎に見せた。装飾されたネイルの先に表示されている目的地付近の住所は、先日ひったくり事件で向かった地域と目と鼻の先の場所だった。

「ここに行くの。でも、ここはあくまで目安ね。この付近まで行ったら、おまんじゅうの指示を待つ感じ」

「おまんじゅう?」

 何かの隠語だろうか。島崎はココの言葉を繰り返した。

「そう。おまんじゅうはいろいろ分かる子だから」

 島崎の頭の中が一瞬疑問符で埋め尽くされた。

「その、おまんじゅうとかいうのは、またスタッフのあだ名か?」

「そう。いっつもお土産がおまんじゅうなの。うーんと、実家がなんとかって言ってたけど、忘れちゃった」

 ココはへへっと誤魔化すように笑ったが、その実、忘れたことをあまり気にしていないように見えた。

「サクタンから送られてきてる資料、オジサンにも送りたいから、LIME交換しよう?」

 ということは、自分は別な誰かに「オジサン」と紹介されているのだろうと島崎は察する。

「もしかして、オジサンLIMEしてない?」

 しばらく考え込んでいた島崎に、ココは目を大きくして可哀想とでも言いたげな視線をよこしてきた。

「うっせぇな。ったく。俺をマジオジサン扱いするな」

「そう言う人がホントにオジサンだけどね」

 ココはニヤニヤと笑ってQRコードの表示されたスマホを差し出した。友達追加のQRコードを読み取りながら、島崎は渋面で唸ることしかできなかった。


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