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第十一話 斉藤 朔太

「単刀直入に申し上げますと、島崎さん、あなた、現状の刑事局で満足されていますか?」

 斉藤が事務所にしているというバーに誘われ、島崎は否応なしにVIPルームへと連れ込まれた。オーダーは取らなくて良いからと、斉藤は従業員を退け、重たい扉を閉めて内側から鍵を掛けた。

「五年前のことを、今でも引きずってらっしゃるのは、何より現状に不満があるからではありませんか?」

 言いながら斉藤は島崎にソファーを勧めた。膝上程度の高さの濃いブラウンの机に、二人がけのソファーが二つ向かい合っている。島崎はその一つに腰掛けながら、「別に不満なんかねぇよ」と呟くように返事を返した。

「そうですか?」

 島崎の言葉はある程度予測できたものだったのか、斉藤は小さく溜息をついてから向かいのソファーに腰を下ろし、「仕方ないですね」とどこからともなくパソコンを取り出し、立ち上げた。

「僕らには、島崎さんの持ち得ない情報があります。勿論それで十分ではありませんが」

 言いながら、斉藤はパスワードを打ち込んだりしながらパソコンとにらみ合っている。島崎はVIPルームを端から端まで見回した。事務所にしていると言っているだけあって、接客に向けた装飾はほとんどみられず、まさに斉藤の個人的な執務室のようだった。一つの壁はファイルや本で埋め尽くされており、それと向かい合う壁には大きな絵画が幾つか掛けられていた。町並みを描いたもののようだったが、島崎にはそれがどこの都市であるのか、それとも空想の産物であるのか全く分からなかった。

「随分と絵を眺めていらっしゃいますが、絵はお好きなんですか?」

 ようやく手を止めた斉藤は笑みを浮かべて島崎に問うてきたが、一方の島崎は「いや、興味はない」とぶっきらぼうに言い捨てた。

「さて。こちらの事件、ご存知かどうか分かりませんが」

 くるりとパソコンを回して画面に表示された内容を見せてくる。島崎はそのタイトルを一見し、小さく「ん?」と声を上げた。

 少女の誘拐事件だ。資料室で見掛けた物と同じタイトルだが、書式が全く違う。少女がどこで拉致されたのか、監禁場所、解放された場所などが記載されている。詳しく見ようとして、島崎の体勢が自ずと前のめりになっていく。

「ご存知のようですね」

 斉藤が声を掛けてくるが、島崎はそれを無視してパソコンに手を伸ばした。タッチパッドに触れ、次々とスクロールして行った。

「これは『憑依者Posesser』の起こした事件です」

「『憑依者』? 自作自演だったんじゃないのか?」

「記録を書き換えられた事件の一つです。今も観察対象ですが、観察する主体は精神科医などではなく、我々偽者対策課です」

 島崎は淡々と語る斉藤を睨み上げた。斉藤は、島崎がパソコンから視線を外したのを機に、「一旦下げますね」とパソコンを畳んでテーブルの端に置いた。

「『偽者』だと分かって観察しているということか?」

「えぇ。今のところ、あの個体に危険性はありませんから」

「危険性はない、だと?」

 訝しげに眉根を寄せる島崎に、斉藤は笑いかけてから右手の親指と中指を眼鏡の丁番にあてがうと、押し込むように持ち上げた。

「なぜ危険性がないと断言できる? 俺が知っている限り、『偽者』に危険性がなかった試しがない。奴等は人が傷つくことに構わず、殺害さえ厭わない。そんな存在に『危険性はない』だと?」

 島崎は一気に言い募ると鼻先で笑った。

「何が『偽者対策課』だ。持っている情報は週刊誌レベルか」

「全く。そのような態度の警察官が多いから、無能だなんて言われるんですよ」

 斉藤がわざとらしく肩をすくめ、半笑いで島崎を見返してくる。島崎は「言ってろ」と吐き捨ててから腕を組み、ソファーに背を預けた。

「ですから、先ほどから僕は個体での話をしているではありませんか。島崎さん、僕の話をちゃんと聞いていらっしゃいましたか?」

 斉藤の話し方が、まるで子どもに言い聞かせるかのようで、島崎は素直に返答を返すことなく、腕を組んだまま視線を逸らせた。

「まぁ、良いでしょう。どうしても情報を遮断されてしまう環境にあるわけですから、勘違いも起こりやすくなるはずです。そもそも刑事局に入ってくる『偽者』の情報なんて事件を起こした物ばかりでしょう?」

「実際、その『危険性はない』と言っている個体だって事件を起こしたんじゃないか」

「えぇ。ただ、事件性の種類が違うでしょう? それは島崎さん自身お分かりでしょう?」

 島崎は図星をつかれ、渋面で再び押し黙った。

「警察で取り扱わなければならないような事件性のあるトラブルを起こしてしまう個体と、そうでない個体がいる。その中から一部としか遭遇しないのに、全体像を判断するなんて無理な話ではありませんか?」

 斉藤は押し黙ったまま視線を合わせようとしない島崎を見、苦笑しながら溜息をついた。

「全く。思春期の少年のような態度ですね。もう少し大人になってくださらないと。でも、僕としてはそういう人間くさい人は嫌いではないですよ」

 島崎は言われて腕を組んだまま斉藤を一瞥した。

「島崎さんの言わんとしていることも分かっています。以前あなたが『偽者』の事件に巻き込まれたことも知っていますから。それによって『偽者』が関わる事件に対して冷静に判断できない事も分かった上でこちらにお招きしました」

 眼鏡の位置を正してから、斉藤は表情を改めて島崎に語りかけた。

「僕は、あなたの力をお借りしたい」

「はぁ? 俺の力?」

 言いながら、島崎は声を上げて笑う。

「思春期のガキっぽくって、冷静に判断も下せないような俺の何が必要ってんだよ」

「僕は、いえ、正しくは『偽者対策課』の責任者の一人として、『偽者』と接触しても生き延びることのできる能力を持った方を求めています」

「能力?」

 島崎は訝しげに問う。

「はい。少なくとも島崎さんは『偽者』の特定個体と接近及び接触をし、現在生存しています。それは何かしらの対処能力を持っている証といっても過言ではないでしょう」

「つまり、俺は人の中でいうところのってわけか?」

「確認できる『偽者』の個体数が増加の一途をたどる中、僕たちは危険性を内包している『偽者』に対処する術が少ないのです。研究は進められてはいますが、決め手に欠けているのが現状です」

 斉藤は島崎の言葉を否定することなく言葉を続けた。それを見て島崎は無言で席を立つ。

「島崎さん?」

「あんたの話から察するに、あんたの誘いには強制力はなく、あくまで俺に協力を求めている形だ。それに対する俺の答えは『決め手に欠けるから保留』だ。メリットを感じられない」

 島崎を追うように斉藤は反射的に立ち上がった。

「メリットならありますよ。『偽者対策課』が保有している『偽者』の情報なら、島崎さんの求められる限り全て提示します」

「それがどれだけの価値があるのか、それが分からねぇから保留なんだろう? さっきのあんたの話からすると、生態系の研究でもしてんのか? 問題は個体数の具体的な数でも、危険性のない個体の存在の有無でもねぇだろう? そんな話に付き合う気はねぇな」

 島崎は斉藤に「じゃぁ、お疲れさん」と声を掛けて扉へと向かう。

「島崎さん、待ってください。ではお試しで、現在僕らが接触を図っている個体に対し、島崎さんがそのチームに参加されるのはどうです? 悪くない話だと思いませんか?」

「俺は交渉で隠し事は嫌いなんだよね」

 追いすがるように声を掛けてきた斉藤を、島崎は笑みを浮かべて振り返る。

「恐らく、直近でこの『偽者対策課』に被害があったんじゃないのか? 人的被害が。人員を補充したいが、一般人から探すのは条件が難しい。ならば手短に警察内部から条件で人物をソートして声を掛ければいい。そこでヒットしたのが俺。ってなところだろ?」

 斉藤は何かを言いかけて口を閉ざした。

「違うか? 俺と接触した事もない、経歴を知らないはずの他部署のお偉いさんが様々調べたっぽいからそこから想定したんだが」

 島崎の言葉に斉藤は溜息をついた。

「違いませんね」

「しかし、あんたの見当違いが一つある」

 島崎は斉藤に背を向けた。

「俺は『偽者』と接近も接触もしていない」

「え? でも記録には」

「子安が全部抱えて持って行っちまいやがったからな。俺達は奴らのところまで到達できなかった。だから俺はあんたが求めるという人物像を満たしていない」

 島崎は振り返りながら「以上だ」と言い放ってVIPルームを出て行った。


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