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第八話 旧友 二

 この日が休日だと伝えると、橘はまるで出勤するかのような時間に尋ねてきて、「冷蔵庫借りるな」と好物の缶ビール、缶酎ハイ、つまみにデザートを冷蔵庫に目一杯詰め込み、島崎の「何日分の食料なんだよ」というツッコミをよそに、せっせと島崎の部屋を片付け歩いた。

「犯人の目星は?」

「一応映像には映ってるんだがな。カメラ自体の数が少ない地域で、映っている角度が悪くて特定が難しいらしい。周辺を地道に聞き込み中だ」

 人通りが少ない場所であることもあいまって、数日かけてもほとんど目撃者と出会っていない。数少ない目撃証言も「見たかも知れない」といったレベルで、人物像を特定するに至らない。

「良い情報は」

「今のところねぇな。しっかりと目撃したのは橘くらいだ」

「やっぱり大変そうやなぁ」

 話しながらも手は止めない。そんな橘の動きに、島崎は純粋な気持ちで感心していた。

 連日の防犯カメラチェックで疲れ切った島崎は、手際よく片付けていく橘の様子を、映像でも見るかのように眺めていただけだった。橘も手伝ってくれとは一言も言わず、ただひたすら、端から掃除機をかけるかのように物がなくなっていく様子は圧巻だった。

 一人暮らしの2Kだが、小一時間かけてゴミ袋の山が積み上がったことに島崎は驚きを隠せない。

「こんなにあったのか」

「かろうじて洗濯はしてあるから、何とか部屋の体裁は保っとるけど、ひどいもんやな」

 クーラーをつけるほどの温度ではなかったはずだったが、橘は滝のような汗をかいていた。

「まぁ、予想はしとったけど」

 島崎が片付けをできないというのは高校時代からの周知の事実である。橘とは同級生で、実験や実習の度に橘が片付けてまわっていた事はお互いに懐かしい。

「彼女作って手伝ってもらえばえぇやん」

「そんな無責任なことできるかよ」

 島崎は分の悪い会話に言い訳めいて答える。

「高校ン頃、口開かんかったらモテとったやんか」

「いつの話だよ。それに、口を開かないで仕事も生活もできるか。まぁ、何より今の職場環境は出会いなんかねぇよ」

 橘は島崎の言葉を「違いない」笑い飛ばした。

 ところでさ、と橘は続ける。

「タバコ、止めたんやな」

 居間の片隅、棚の横に押し込んでいたカートンのタバコをめざとく見つけた橘が言う。

「あぁ。ずっと子安にも止めろって言われてたしな」

「なんや。ザキは、子安氏の言うことなら聞くんかいな。ワシが言っても聞かんかったのに」

「仕方ねぇだろ。タイミングだ。タイミング」

 島崎が面倒そうに言い捨てると、「タイミングなぁ」と呟きながら橘はこめかみを伝ってきた汗を拭った。そのまま自らの姿を見てからうーんと唸る。

「ワシもちょっと考えんといかんかな」

「何を?」

「そりゃ、もうダイエットやろ」

 言って橘はポンポンとビール腹を叩く。

「ビール買ってきたのに?」

 島崎の言葉に、橘は再び唸り、「あ、明日から、で」と呟いた。

「ザキ、すまんけど、ちょっと着替えてきてもえぇ?」

「そんな汗だくじゃいられねぇだろうからな」

 橘の薄手のシャツは、べっちょりと肌に貼り付き、袖などは肌色が透けている。見ているこちらまで暑くなるようで、島崎は早く行けとばかりに、手で追い払うような仕草を見せた。

「んじゃ、洗面借りるわ」

「シャワーも使えよ」

「あぁ、それはえぇわ。時間勿体ないし」

 サクサクと着替えてくると、橘は着替えが入っていると思しきビニールを持ってきた肩掛けバッグに押し込み、鼻歌交じりに荷物の中からスマホを取りだした。

「今日ご紹介したいのはこちら」

「通販かよ」

「まぁ、えぇからちょっと見てみって」

 橘がゲームを起動させると、ゲームの登場キャラと思しきキャラクター達が生き生きとした動きで一人一人紹介されていく。とてもスマホの中で起こっていることとは思えないほどに

「最近のゲームはすごいな」

「そやろ」

 自分が開発した物でもないのに、橘は自慢げに口角を上げた。

「それで、どんなストーリーなんだ?」

「浸食される日常、現在を生き残るために、彼らは武器を持って立ち上がった」

 橘はゲームのオープニングのナレーションを饒舌になぞる。

「ある者は武器を、ある者は魔法を、ある者は知恵を駆使して困難に立ち向かう。さぁ、神の与えたもうたアディショナルスキルを駆使して、この世界を生き抜くのは誰か!」

「というオープニングなんだな」

「そこで冷めなさんなって」

 眉根を寄せて橘は抗議する。

「ともかく。とりあえずダウンロードして始めてみって」

「正直、そんなゲームなんかしてる時間ねぇよ」

「あぁ、えぇってえぇって。表向きはRPGみたいな感じやけど、その世界でうまいこと暮らしていくんが結構たのしいって」

 橘は島崎にスマホを出せと手を差し出してくる。観念した島崎がスマホを渡すと、あっさりロックを解除し、アプリストアにアクセスする。

「おいおい。勝手に解除すんなよ」

 橘は島崎の抗議を無視し、操作を続ける。

「な、容量不足?」

「あー、俺の古いから、あんまり入らねぇかも」

「しゃぁないな。今日のところはタブレット貸してやるよ。サブ垢でそこそこ育ってるし」

 島崎のスマホを返してから、橘は自分のタブレットを取り出した。

「なんでタブレットも持ち歩いてるんだよ」

「両方でログインしてサブのキャリーしたりもするけな」

 先刻も見た起動画面を見ていると、橘がすかさず自身の分のビールと、島崎の分の缶酎ハイを持ってきた。

「呼び出されたら困るから、俺は止めておくよ」

「そう言うやろと思ってな」

 橘はふふふと笑いながら缶酎ハイの缶を回した。

「ノンアルなんや。友達思いやろ? 褒めて、褒めて」

 確かにアルコール0パーセントと書いてある。

「はいはい。偉い偉い」

 島崎は笑って缶酎ハイの缶を開けた。タブレットの中ではファンタジー感のある男性キャラが画面の中央に現れた。と、マルチプレイの申請通知が現れる。

「それ、許可して。ワシやから」

 島崎があぁ、と受け入れると、男性キャラの隣に露出の激しい少女が現れた。

「これがお前? 犯罪」

「ちゃうやろ! キャラやって。キャラ。めっちゃ強いんて、この子!」

 少女が攻撃モーションを繰り出すと、瞬時に両手の甲にかぎ爪が装備された。掌ほどの大きさで、まるで手がちょうどナイフに変質したようにも見える。

「これって」

「そうそう。これっぽかったって言いたかったんや」

 少女の攻撃モーションが終わり、待機モーションに変わると、辺りに霧散するように武器がしまわれる。その様子を見ながら、『目の前で人の手が刃物に変わったって言っても、全部信じてくれるんですか?』という、目撃者の女性の言葉が島崎の脳裏に蘇る。

「あっちのホシもちょうどこんな感じだったのか?」

「何が?」

「いや、何でもない。三十路の男が酒飲みながら遊ぶもんでもなさそうだが?」

「まぁえぇやん。ワシは三十路だろうが四十路だろうが、ゲームにはいつも現役やし。これ、若い子の間では流行っとるんやけ、一通り知っとったら話しのタネにもなるやろ」

 島崎は「かもしれねぇな」と笑って橘の用意してくれた缶酎ハイを口に運ぶ。味も似せてはいるが、雰囲気だけで全く酔わない。だが、ゲームにしろ、橘と飲むにしろ、久しぶりの感覚に、張り詰めていた気持ちが和らいでいくような気がした。

「それで、俺は操作方法とか全く分からんのだが?」

「ワシが代わりにチュートリアル的に説明したるから、まぁ、ついてきなはれ」

 橘に初歩的な操作方法を習ってから、次第に世界観へと入り込んでいく。まるでネットゲームで遊んでいた学生時代の頃に戻ったかのように、二人でゲラゲラと笑いながらゲームを進めていった。あっという間に夜も更け、鳥の鳴き声が聞こえる頃には、二人ともゲームを立ち上げたまま寝入っていた。

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