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最終夜 千紙屋(後編)

●最終夜 千紙屋(後編)

 東京での戦いを終え、羽根休めに群馬県にある蛇迫白じゃさこ・しろの実家である温泉旅館に遊びに来た千紙屋一行。

 温泉に食事にと楽しんで、つい酔いつぶれてしまった新田周平あらた・しゅうへいであったが、彼を介抱する白に、彼女のもう一人の人格……白蛇朔夜しろへび・さくやが、叶えられない恋を叶えるチャンスなのではと囁く。

「新田さん……」

 唇を指でなぞった白は、その指先で今度は自分の唇をなぞる。

 そしておもむろに身体を起こすと、抱きしめられていた新田から離れる。

『(おっ、覚悟を決めたか?)』

「……そう、だね」

 朔夜の呼びかけに、浴衣の帯に手を掛けた白は……ギュッと結び直すと、倒れた時に乱れた浴衣を直す。

『(良いのか? もうこんなチャンスは来ないぞ?)』

「いいの……こんな美人、振ったこと後悔させてやるんだから。それに……」

 白はそっと部屋のドアを開けると、そこには中の様子を窺っていた新田のパートナー……芦屋結衣あしや・ゆいの姿があった。

「こちらを気になっている子がいるから、ね?」

「あは、あははは……」

 白は見つかってバツの悪そうな顔を見せる結衣の肩を掴むと、新田の方へと押し出す。

「そんな訳で後は任せました! 煮るなり焼くなり好きにしちゃってください!」

「しないよ! ……多分」

 最後は小声になるが、白の呼びかけに否定を告げる結衣。白はそうですかーと笑いながら、ひらひらと手を振り部屋を後にする。

『(……本当に良かったんか?)』

「……良くない、良くないに決まっているよ!」

 廊下に出た白に、朔夜が呼びかける……白はそれに泣きながら答えると、このまま皆の元へは帰れないと、自室に戻ると布団を被り大きく泣くのであった。


 白がそんな風になっていることを知らず、新田のことを任された結衣は、とりあえず彼の頭を膝に載せる。

 そして気持ち良さそうに眠る彼の頬をムニムニと突く。

「まー、人の気持ちも知らないで、気持ち良さそうに眠っちゃって……この、この」

 ぷにぷに、ムニムニ、頬を突かれ、新田はんんっ、んー……と目を覚ます。

「起きた? おはよう、新田……お水、飲む?」

「ん……飲む……」

 結衣は新田を膝枕したまま、枕元に置いてあったミネラルウォーターのペットボトルを取る。

 そして彼女はおもむろに新田の首筋へとペットボトルを当てた。

「冷たっ!?」

「……美少女の膝枕に何も感想を言わないからよ」

「誰が美少女だ、誰が……だから冷たいっ!!」

 その返答に、ぴたぴたぴたと新田の首筋に遠慮なくペットボトルで攻撃する結衣。

 楽しくなってきたのか、彼女のその顔は、あははと笑みを浮かべていた。

「結衣、いい加減に……」

「いい加減にしないと、何?」

 結衣は言い返そうとする新田の肩を抑え、顔をぬっと重ねるように向ける。

 思わず無言になる二人……結衣がゆっくりと唇を重ねようとしたところで、新田はその唇を手で抑える。

「……なんで? 私じゃダメなの? やっぱり白さんの方が……好きなの!?」

 拒否されたと思った結衣は、涙目になりながらそう呟く。

 それに対して新田は、そうではないと結衣に告げる。

「違うよ、結衣……俺が好きなのは、うん、結衣。お前だ」

「だったら……!」

 なんでキス、させてくれないの? そう結衣は新田に訴える。

 そんな彼女に、新田は手を伸ばすと結衣の頭を撫でながらそっと囁く。

「前にキスしたのは非常事態だったからだ……付き合うなら、お前がもっと大人に、そうだな……最低でも高校を卒業してからだ」

「大人になってからって、ズルいよ……」

 未成年と付き合うのは論理的な問題があってだな、そう苦笑する新田に、結衣は呟く。

「そんなこと言うと、大人になった時に別な人のところに行っても知らないんだから……バカ」

 そう言うと彼の頭を包むように抱きしめる結衣。新田は結衣の体温とほのかな肉の柔らかさを感じる。

「結衣……言い難いんだが、腹の肉が当たってるんだが……」

「……っ! 胸だよ、当ててるのに! 新田のバカッ!!」

 パーンと言う音と共に、新田の頬に赤い紅葉が咲く。そしてドンっと新田の頭を膝から落とすと、結衣は立ち上がりぷんぷんと部屋を後にした。

「痛てて……全力で叩きやがって……分かってるよ、結衣の気持ちは」

 だが、今の彼女には応えてあげられない……勝手だと分かってはいるが、理解してくれと新田は願う。


 一方、新田の部屋を飛び出した結衣はと言うと、憤慨しながら皆の待つ部屋へと戻る。

「もう、新田ってば、本当にデリカシーが無いんだから! みんな、ただいま!!」

 部屋の扉を開け短い廊下を通り、ガラっと襖を横に開くと……そこには酒宴が広がっていた。

「あたしの酒が飲めないのか!?」

「飲んでるにゃー、もうお腹いっぱいだにゃー」

 空になったグラスに日本酒を注ごうとする鬼女の鬼灯ほおずきと、それを回避しようと逃げる猫又娘の猫野目そらねこのめ・そらの追いかけっこ。

 それを余所に、もくもくと鍋を突く獏のあやかしである夢見獏ゆめみ・ばくに、氷の吐息で冷まして食べる雪女の雪芽ユキゆきめ・ゆきの二人。

「どうしたの、あれ?」

「あ、結衣さん……ええとですね、鬼灯さんがこちらの世界のお酒を飲んでしまいまして」

黄泉戸喫よもつへぐいをして帰れなくなったからやけ酒です」

 言いにくそうに告げるユキの言葉を、呆れた様子の獏が続け、結衣も状況を理解する。

 そしておもむろに荷物の中から折り畳み傘に化けた式神の唐傘お化けを取り出すと、その柄を伸ばして思いっきり鬼灯の頭を叩く。

 結衣の虫の居所が悪かったのもあったが……鬼灯の頭から、めきょ、と言う聞こえてはいけない音が辺りに響く。

「無理にお酒飲ましちゃダメでしょ! まったく、これだからお酒好きは……!!」

「結衣にゃん、もう聞こえてないと思うにゃ……」

 くどくどと説教をする結衣の浴衣の裾を摘まむそら。彼女の視線の先には、隣の部屋に敷かれた布団に倒れ込んで意識を失っている鬼灯の姿があった。

「まったく、酔っぱらって寝ちゃうだなんて、これだからお酒飲む人は……」

 ビクっ、とユキが身体を強張らせた気がするが、気のせいだろう。お目付け役が居なかったことを良いことに、日本酒をちょろっとちょろまかしてなんて居ない筈である。

「そう言えば、白さんと一緒じゃなかったんですね?」

 鍋のシメに雑炊を作りながら、獏は結衣に問いかける。すると結衣はおかしいなと首を捻らせた。

「あれ? 先に出た筈だけど……戻ってないの?」

「えぇ……実家ですし、自分の部屋にでも戻ったのでしょうか。痴話喧嘩でもしましたか?」

 獏のその言葉に、ジュースを飲もうとしていた結衣がブッ、っと吹き出す。

 ああもうと飛んだ飛沫をユキが手ぬぐいで拭くなか、結衣はそんなことはない……よね、と母屋の方を向くのであった。


 翌朝……大広間に朝食が用意される。

 結衣たちは思い思いの食事をトレーに乗せ、一つのテーブルに集まるのだが、人数が足りない。

 そう、新田と白の姿がないのだ。

「どうしたんだろう? ちょっと呼んで来る……皆は先に食べてて」

 そう告げた結衣は、席を立つと新田の部屋へ向かう。

 新田の部屋に行った彼女が見た物は、部屋の片付けをする白の姿であった。

「おはようございます、結衣さん」

「おはよう、白さん……新田は?」

 怪訝な顔をする結衣に、白は何も聞いていないのと小首を傾げる。

「新田さんは先にチェックアウトしましたけど……聞いてないんですか?」

「聞いてない! メール、メール……届いてない!?」

 新田からのメールが届いていないかスマートフォンを確認するも、新着メッセージはゼロ件。また新田が勝手に何処か行った……そう悲願にくれる結衣に、仕方ないですねと白は手紙を渡す。

「本当は何も伝えずに行くつもりだったみたいです……手紙、書かせましたので、読んでください」

 泣きそうな顔の結衣が可哀想になったのだろう……白が手紙を手渡すと、結衣は破くように中身を確認する。

『結衣へ。この手紙を読んでいる頃、俺は新幹線の中だろう。天海僧正の事件だが、更に黒幕が居ることが解った今、俺は将門社長に頼み全国を巡り異常を調査することにした。最初は北海道から回る予定だ。秋葉原の……東京のことは、結衣に任せる。頼んだぞ、相棒』

 ……手紙を読み終えた結衣は、白の肩を掴み揺さぶる。

「白さん、新田が出たのって何時いつ? 何時なんじ発の新幹線に乗った!?」

「え、ええっと……始発の新幹線ですと、大宮ではやぶさ一号に間に合いますから……」

 腕時計を見ながら、もうはやぶさ号の車内にいる筈です、と白は言う。

 結衣も時刻表アプリではやぶさ一号の時間を調べる……今は七時、大宮から仙台までノンストップのはやぶさ号は八時には仙台に着いてしまう。

「白さん、みんなのことお願い……私は新田のところへ行かなくちゃ!」

 部屋に駆け戻ると浴衣を脱ぎ捨てるように剥ぎ、赤いセーラー服を身に纏う。

 そして最低限の荷物だけ詰めた鞄を背中に背負い、窓を開けると肩口から朱雀の翼を伸ばす。

「結衣さん!?」

 何をするんですか、と呼びかける白に、彼女は振り返り……にっこりと笑顔を浮かべる。

 そして、仙台を目指して音の速さで飛び立つのであった。

『あーあ、二人ともいっちまったのう……本当に良かったんか?』

「えぇ……私は待つことしか出来ません。彼女みたいに追いかけるなんて、出来ない」

 白の体内に共存する朔夜の声に、彼女はふぅと吐息を漏らす。

「でも、帰ってきたら……その時に入れる隙間があるなら、逃しません。私も蛇ですから」

 ふふっと笑う白に、そうかと朔夜は声を掛けるとゆっくりと微睡む。

 白も開けた窓を閉じながら、部屋の片付けに戻るのであった。


 仙台が近付き、札幌行きの新幹線、はやぶさ一号は速度を落とす。

 窓際の席でボーっと外を眺めていた新田は、ホームに居てはならない姿を見付け、目の錯覚かと驚きの表情を浮かべる。

 その姿は新幹線に乗り込むと、駅弁を包んだビニール袋を下げながらどん、と新田の隣の席に荷物を置いた。

「隣……よろしいでしょうか?」

「ゆ、結衣……どうしてここに? 東京で待ってろって伝えた筈じゃ……!?」

 ニコリ、と怒りの笑みを浮かべる結衣に、慌てた新田は席に置いていた荷物を棚に上げる。

 そして空いた席に結衣は腰を掛けると、新田のネクタイを掴み、顔を近づける。

「何が待っていてくれよ、新田は私のパートナーでしょ? 今更置いていくなんて、ゴメンよ!」

「だが……」

 まだ言い訳をしようとする新田に、結衣はふぅとため息を漏らす。

「それに、私の中の四神に霊力を注げるのは新田しか居ない……いや、新田が良いの。分かるでしょ?」

 結衣の魂の中には東京の街が模して造られており、そこには東西南北を護る四聖獣……朱雀、白虎、玄武、青龍が宿っている。

 現実の東京の街を見立てることにより、より少ない霊力で四神結界を発動させる。

 東京に流れ込む霊脈が弱っている今、結衣の中の四神を活性化させ、現実の四神に力を与えるこの儀式が必要なのだ。

 だが、そのためには外部から結衣の魂に霊力を送る存在が必要……それに適任だったのが、けた違いの霊力を持つ新田と言う訳だったのだ。

「将門社長とか、他の人に頼むとか……」

「嫌よ! 私に触って良いのは、新田だけ……ここまで言わないと分からないの?」

 うぅ、と新田が口ごもる……それを了承と見た結衣は、仙台駅名物の紐で引っ張り加熱する牛タン弁当を取り出す。

「はい、新田の分もあるわよ……どうせ朝ごはん、まだなんでしょ? あ、ビールは未成年だから買えなかったから、お茶で我慢してね」

 そう言って新田に駅弁とお茶を押し付けると、楽しそうに紐を引く結衣。

 ジュ―っと言う加熱する音がし、湯気と共に牛タンの香りが車内に広がる。

 その音と匂いに参ってか、それとも結衣を押し切ることを諦めたのか……新田も牛タン弁当の紐を引く。


 熱々のお弁当を二人で並んで頬張りながら、複雑な表情の新田と楽しそうな結衣を乗せた新幹線は、北へと向かい走る。

 目的地は北海道の道都、札幌。現地にはドラキュラ伯爵が先に来ている筈であった。

 彼の案内で港湾都市であり、天狗に護られた街……小樽へと向かうのだ。

 そこでは新しい冒険と、出会いと、そして事件が二人を待ち受けていることだろう。

 だが、新田一人ではない。結衣も付いて来てしまった。

 ……ならば、立ち塞がる問題は軽く蹴飛ばせるだろう。なにせ、彼女は暴力系見習い陰陽師なのだから。

 結衣と一緒に居られることに楽しくなった新田は、つい笑い声をあげてしまう。

「新田……どうしたの? 熱でもある?」

「なに、これからが楽しみなだけさ……それにしても、この牛タン弁当、旨いな」

「領収書、ちゃんと貰って来たから、後で返してよね?」

 そう告げる結衣に、はいはいと答える新田。

「あとねー、服でしょ、下着でしょ、化粧品でしょ……」

「……仕事に関係ない物は買えないぞ?」

 指折り数え買いたい物をリストアップする結衣に、新田は慌ててストップを掛ける。

 だが結衣は、「着の身着のままで来たんだから必要経費!」と言って譲らない。

 確かに、旅行装備の新田と違い、結衣は荷物の大半を旅館に置いてきた。

 だからと言って経費外の物に領収書は切れない……しかし、惚れた弱みか最終的には押し切られ、札幌駅直結のデパートで新田のカード使い買い揃えることになる。

 痛い出費だが、結衣が傍に居てくれるなら……そう思うことになる新田であったが、新幹線の車内に居る今は、何処まで買って良いか悪いのか、札幌に着くまでの間、討論会が始まるのであった。


『妖怪金融「千紙屋」~見習い暴力系陰陽師結衣ちゃんのあやかし事件解決記~』

 東京四神結界編……終わり。

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