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第二十八夜 天海僧正(その四)

●第二十八夜 天海僧正(その四)

 神田明神の境内では、百鬼夜行を行おうとする天海僧正……明智光秀に対し、『千神屋』の見習い陰陽師たちが立ち向かう。

 死すらも超えて甦った新田周平あらた・しゅうへい芦屋結衣あしや・ゆいの二人は、最後の戦いに挑もうとしていた。

「新田! 今の光秀に剣術じゃ、朱雀の力だけじゃ勝てない!」

「なら、白虎の力を借りるだけだ! 出でよ、白虎の炎!!」

 新田が手にした石灯籠の式神、古籠火から炎が噴き出す。体内に白虎の牙を宿したことで、今の新田は古籠火だけで炎の白虎を自在に呼び出せるようになっていた。

 石灯籠の灯りから吐き出された炎は、白虎の形を取ると光秀に向け駆け出す。

「いけぇっ! 炎の爪ぇ!!」

 風のように疾駆する炎の虎が、燃え盛る爪を剥き出しに飛び掛かる。

「ふん、虎狩りじゃ!」

 明智光秀はその一撃を刀で受け止めると、両腕に力を込める。

 拮抗する光秀と白虎に、横から朱雀の力が宿った浄化の剣を向ける結衣。

「横槍失礼! はしたないとか言わないでよね!?」

「なに、一騎打ちではないから安心せい!」

 結衣の剣撃を脇差で抜き打ちする光秀。ちっ、と舌打ちしながら彼女は光秀から一旦距離を取る。

 新田も炎の白虎を一度引かせると、白虎はグルグルと唸りながら光秀の周囲を回る。

「結衣、剣術以外……一通りの技は試したのか?」

「うん……炎月斬も炎槍嵐も通じなかった。だけど、新田となら別かも」

 一人じゃない、二人なら……きっと勝てる。結衣はそう新田に告げる。

「そうだな……もう一度試してみよう。今度は二人で、だ」

「了解っ! いっくよー、炎月斬!!」

 浄化の剣を振るい、三日月の炎を生みだした結衣はそれを光秀に向け飛ばす。

 同時に新田も炎の白虎を走らせ、その爪で光秀を狙った。

「ふむ。同時とは困るな!」

 光秀は右の刀を振るうと真空波を生み出し炎の三日月を撃墜し、脇差で白虎の爪を受け止める。

「結衣、次だ!」

「行くよぉっ! 炎槍嵐!!」

 朱雀の翼を羽撃たかせ、空中に舞い上がった結衣は、浄化の剣を空に掲げ炎の槍を無数に生み出す。

「それは先程も見たな……ならば同じく、無数の槍で迎撃致そう」

 背後に同じく無数の槍を召喚した光秀は、空から降る炎の槍を地上から撃ち落とす。

「楽しいなぁ、千神屋よっ!」

「光秀、こっちは遊びでやってるんじゃないんだよっ!」

 光秀の軽口に、思わず怒りの声を上げた新田は、炎の白虎を走らせる。それに応えるかのように、白虎は爪を輝かせながら光秀に向けて疾駆する。

「槍の撃ち合いの間は無防備とはいかないか……」

「だな……だが、まだまだこれからだ」

 悔しそうに呟く結衣に、まだまだと新田は声を上げる。

「では、今度はこっちから行くぞ? そう簡単に死んでくれるなよ!」

 刀を構えた光秀は、一気に新田に向けて踏み込む。彼をムードメーカーと読んだ光秀なりの崩し方であった。

「来ると思った……白虎よ、背後を捉えろ!」

 突撃も来ると分かれば怖くない。一気に後退した新田は、追いつこうとする光秀の背後から白虎を襲わせる。

「くっ、背後からとは!?」

「卑怯とは言うまいな!!」

 踏み込みを途中で止め、反転し白虎へ斬りかかる光秀。だがその上空から、結衣が無数の回転する炎の塊を降らせる。

「天裂剣舞! 光秀、堕ちろぉぉっ!!」

 結衣の叫びが、神田明神の空に木霊した。


 神田明神の境内と参道の堺、隨神門まで避難した平将門たちは、門を確保していた鬼女の鬼灯ほおずきと、猫又娘の猫野目そらねこのめ・そらと合流していた。

「将門社長、無事で何よりだ」

「心配かけましたね……無事、ではないですが」

 平将門は、祀られていた御神殿が天海僧正の配下であるこなきじじいのあやかしである小名木によって消滅させられていた。

 そのため現世との繋がりが断たれた将門には、東京の危機と言っても戦う力は残っていなかった。

「このまま秋葉原の千紙屋に避難しようと思ってたんだが……どうする?」

 鬼灯の言葉に、将門は首を横に振る。この戦いの決着を見守ろう……彼はそう告げた。

「確かに、結衣にゃんや新田のご主人様も気になるにゃー」

 ポリポリと頭を搔きながら、そらが結衣たちの方を向く。

 そこでは、空中に舞い上がった結衣が、不死鳥を模っていた。

「新田、大技で行くよっ!」

「よし、来いっ!!」

 朱雀の力を限界まで振り絞った結衣は、その身に不死鳥を纏わせる。

 周囲には無数に分身した不死鳥の結衣が出現し、一斉に刀を構える明智光秀に向かい襲い掛かる。

「白虎よ……炎の道を走り、その力を増せ!!」

 新田も古籠火から炎を吐きだし、渦巻く炎の道を作るとそこを白虎が駆ける。

「千紙屋ぁぁぁっ!!」

 光秀も分身を作りだし、結衣の鳳凰閃光剣舞を受けようとする。

 だが、分身に迎撃された先程とは違い、今回は新田が本体までの道を作り出してくれていた。

「いけ、白虎よっ!!」

「羽撃たけ、不死鳥よっ!!」

 次々と襲い来る不死鳥の群れ、そして炎の白虎の燃え盛る爪が光秀を襲う。

「くっ、くっ……!?」

「……明智光秀!」

「これで終わりだよっ!!」

 明智光秀を中心に、爆炎が上がる……纏った不死鳥を解いた結衣は、霊力をほぼ使い果たし、新田の隣に降り立つと朱雀の翼が収納される。

 二人が見守るなか。徐々に煙は収まり、そこにはボロボロになった明智光秀の姿があった。

「まだ生きていたか……!」

「そう簡単に死ぬわけにはいかぬ……あやかしによる天下取りのため!」

「なんでそんなにこだわるの?」

 光秀の言葉に、結衣は疑問符を浮かべる。ふふふ、と笑うと光秀は話し出す。

「儂が信長様を裏切ったのは知っておるな?」

「本能寺の変だな」

 そうだ、と光秀は告げる。本能寺の変、織田信長を明智光秀が討ち取った戦い。

「実はな、その戦いはあやかしが導いたのだ。信長様は第六天魔王……あやかしをも否定されるお方。その存在を疎ましく思った存在にな」

「そうなんだ……歴史の裏側だね」

「儂が家康を始めとする徳川家を裏で支配するのも、すべてあやかしの導きよ……だからこそ、この世はあやかしに返さねばならぬ!」

「そんなことはさせない! もう、この国は……東京の街は、人間の物だ!!」

 最後の力で刀を構える光秀。そして結衣は浄化の剣から和傘の姿に戻った式神の唐傘お化けを手に走り出す。

「結衣っ!」

「任せてっ! 結衣ちゃぁぁんホームランっ!!」

 勢いよく踏み込んだ結衣は、全力で唐傘お化けをフルスイングする。

 それは光秀の刀を折り、そのまま頭を吹き飛ばす勢いで殴り飛ばす。

「見事……っ!」

 そう呟き、ばたりと倒れる明智光秀。新田と結衣は無言で見守り、復活しないのを確認すると、勝利のハイタッチを交わすのであった。


 東京、秋葉原。電気街の裏通りにある雑居ビル。その五階にあやかし向けの融資・保証を承る『千紙屋』があった。

 天海僧正……明智光秀を倒し、東京で百鬼夜行を行われることを阻止した千紙屋の新田周平と芦屋結衣であったが、山のような後片付けが残っていた。

「新田―、つかれたー」

「大丈夫だ結衣、終わったら自宅の片付けも待ってる」

「大丈夫じゃなーい」

 新田の声にガクっと崩れる結衣。大妖怪土蜘蛛が復活する時の大地震で、店内の物と言う物は床に落ちて散らばっていた。

 その片付けだけでも大変なのに、これが終わったら新田と結衣の自宅である神田川沿いのアパートの片付けもある……散らかった部屋の様子を想像すると、結衣の全身の力が抜けて行く。

 明智光秀を倒した時より疲れている気がするのは、気のせいではないだろう。

「それにしても、将門社長が無事で良かった……」

「まさか、大黒様が仮の御神殿を作って下さるとは思わなかったよ」

 ……戦いが終わったあと、平将門は消えそうになっていた。

 それを救ったのが、神田明神の主祭神、大黒天様こと大己貴命おおなむちのみことであった。

『将門よ、そしてその使いよ、ご苦労であった……我の力で、この地に留まれるように取り図ろう。そして東京の復興を頼むぞ』

 そう言い、だいこく様はクレーターにされた御神殿を復旧させる。勿論、壊される前の物と同じではなく、祭神が留まれるだけの仮の物ではあるが、それでも神田明神に神が留まれるのは大きかった。

 何しろ、東京の……皇居の結界は、鬼門を封ずる神田明神がないと効果を発揮しない。

 他の鬼門を護る寛永寺、裏鬼門を護る日枝神社、力の元である増上寺が破壊され、最後の護りである神田明神まで破壊されると皇居……江戸城は丸裸の状態になるところであった。

 だが、江戸総鎮守である神田明神さえ無事であれば、最低限の結界は維持出来る。

「今は仮の御神殿だが、東京の復旧が進めばちゃんとした御神殿に建て直されるだろう。他の寺社も同じだ……一安心、だな」

 新田が復旧させたコーヒーメーカーで二人分のコーヒーを淹れると、片方を結衣に差し出しながらそう告げる。

「朱雀も、見立ての儀式で力を蓄えていたからか、東京の復興に力を貸してくれるって」

 結衣の魂の中には、東京の四方を護る朱雀、白虎、玄武、青龍の力が縮小して再現した東京の街に宿っており、東京に見立てた街に宿る朱雀たちに力を与えることで現実の四神を強化していた。

 特に再生の象徴である南の平地・湖水に宿る朱雀は、臨海地区の再開発で山属性、反属性の玄武の象徴である高層ビルが立ち並んだことで力を失っており、見立ての儀式をしなければ再生の力を得ることは出来なかっただろう。

 おかげで、震度七クラスの地震が起きたにも関わらず、インフラの破壊は最小限で済んだ。

 それも急ピッチで復旧が進んでいるとのことだ。

「地震、被害少なくて良かったよね……ふぅ、甘いコーヒーが身体に染み渡るー」

「……結衣、おじさんみたいだぞ?」

 新田のその言葉に、ひどーい、と結衣が怒る。

 そんな時だ、避難所を手伝っていた白たちが戻って来たのは。

「新田さん、手伝いに来ましたよ!」

「白にゃんは新田のご主人様のことになると、元気だにゃー」

 元気よく告げる蛇迫白じゃさこ・しろの姿に、猫野目そらねこのめ・そらは飽きれてため息を漏らす。先程まで避難所の手伝いで重労働をしていたとは思えない元気さだ。

「それは……まあ、新田さんの役に立ちたいですから」

「人間の寿命は短いですから。青春ですね」

 白の様子に、そう告げるのは小学五年生にしか見えない雪女の雪芽ユキゆきめ・ゆき……彼女は、本当は二十八歳なのだが、力を一度使い果たし、小学生サイズまで縮んでしまったのだ。

「そう言えば、ユキさんの部屋も片付けですね……」

「引っ越して来たばかりで良かったです。まだ荷解き全然してなかったので」

「そらの部屋はきっと大変にゃー」

 ユキは身体が小さくなったことで前の部屋に住めなくなったので、新田たちの部屋に居候したばかり。荷解きしてなかったのは救いだろう。

 それに比べてそらはと言うと……以前の事件で訪問した際は凄いことになっていたが、片付けたのだろうか?

「あたしたちはここに住んでるからな……」

「片付けないと寝られませんねー」

 鬼女の鬼灯と獏のあやかし、夢見獏ゆめみ・ばくの二人は千紙屋に居候している。

 なので、寝床を片付けないといけないといけないなと、率先して鬼灯は動き始める。

「その荷物はそっちですー。あ、それはこっちー」

「獏……お前も働け!」

「ボク、小さいから役に立ちませんからー」

 確かに獏はユキと同じくらいの背丈。彼女の力では鬼の鬼灯とは違って荷運びする力はない。

 しかし、それと指示出しだけされるのは別だ。いい加減にしろとコツンと獏の頭を小突く鬼灯。

 そんな彼女たちの姿に一同は笑いながら、作業を再開する。

「痛てて……そう言えば、将門社長は何をしてるんですか?」

「社長なら、神田明神で結界の復旧中だ……東京はボロボロだからな」

 千紙屋の主であり、神田明神に祀られている神である平将門は、今は神田明神の仮御神殿で結界の復旧中だと頭を抑える獏に告げる新田。

「私たちは、被害は出たけど東京を護った……うん、誇っていいよね?」

「ああ、良いと思うぞ……俺たちみんなで東京を護った」

 結衣の言葉に、新田が全員を見ながら同意する。きっと誰一人欠けてもこの勝利は得られなかったことだろう。

「うん、やったね、新田! みんなっ!!」

 実感がやっと湧いてきたのだろう。結衣はそう声をあげるのであった。

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