●第二十八夜 天海僧正(その三)
天海僧正こと明智光秀と、『千神屋』の見習い女子高生陰陽師
そして天海僧正配下のこなきじじいのあやかしである小名木と、同じく『千神屋』の
神田明神を舞台に、人間とあやかしによる、東京の存亡を賭けた激しい争いが繰り広げられていた。
当初は明智光秀相手に一進一退を繰り広げていた結衣であったが……本気を出した彼に敵わず、ついに胸元に一刀を受けてしまう。
「あ、あっ……」
「結衣っ!!」
赤いセーラー服の胸元を斬られ、鮮血を吹き出す結衣の姿に、新田が声をあげ駆け出そうとする。
しかし、そんな彼を小名木が止める。
「おおっと、行かせませんよ? あなたの相手は私ですから」
「小名木、邪魔をするな! 鳴神、招来!!」
陰陽五行が木行、雷の術で小名木を足止めしようとする新田。
だが、その雷は小名木が打ち上げた質量を重ねた石礫で受け止められる。
「(早く、早く結衣の元へ行かなくては……! そのためには小名木を突破しなくては!!)」
焦る新田は天海僧正との戦いに使おうと思っていた切り札を使うことを決意する。
スーツの胸元のポケットから取り出したのは三枚の人型の札……新田はそれに術を掛け飛ばす。
「分身の術! 鳴神と白虎を同時に使え!!」
それは新田の得意とする術、人型を己の分身とする分身の術……だが、ここまでの戦いでの消耗が激しく、残る分身はこの三体だけ。最後の分身の術であった。
「鳴神招来!」
「炎の白虎よ……」
「……奔れ!!」
分身の新田が、それぞれに術を唱える。同時に本体である新田自身は結衣の居るクレーターへと駆け出す。
「くっ、ブラックホールよ、全てを吸収しろっ!」
流石の小名木も個別には対処出来なかったようで、ブラックホール弾を己の身を護るように発射すると、雷と白虎のエネルギーを受け止める。
「なんだ、先に行けない……これは!?」
一方、駆けだした新田もまた足を止める。彼の前には濃厚なエネルギーの残滓によるフィールドが形成されており、立ち去ることを許してはくれなかった。
「……結衣の元に行くには、小名木を倒すしかない、と言うことか! くそっ、結衣、辛抱してくれ!!」
そうして戦場に戻った新田は、改めて小名木に向き合う。
「お帰りなさい、新田君……決着を早く付けたいと顔に出ていますよ?」
「ああ、小名木……お前をさっさと倒して、このフィールドから出てやる」
ギロっと睨む新田に、冷静さを失っていますね……そう小名木は声を掛ける。
「冷静さ……小名木、お前の術は一体にしか使えない。そして頼りのブラックホールも白虎一体の相殺しか無理。こちらは四人……同時に放てば、お前は負ける」
「ふふ、解説どうも……ですが、その仮説が合っている保証はありませんよね? 例えばどうやって私が江戸城の崩落する地下から脱出出来た……とか?」
「戯言で惑わすのはやめろ! 行くぞ、小名木!!」
四人の新田は、同時にスマートフォンを……その先にぶら下がっている呪具、白虎の牙と式神、古籠火を構える。
「炎の白虎よ、奴を倒せ!!」
霊力が渦巻き、四体の炎の虎が形作られる……小名木もまた、一発のブラックホール弾を取り出す。
「この呪具もこれで最後……ですが、一発あれば充分です」
小名木は黒いビー玉状の呪具を指弾で撃ち出さず、右手で掴む。そして起動させると、同時に右腕の質量を一気に増大させた。
「マイナスの質量とプラスの質量がぶつかり合えば……どうなると思いますか?」
「ま、まさか……」
小名木は他者には同時に一体しか呪を掛けられない……だが、自分自身は別であった。
増大した質量とマイナスの質量が同時にぶつかり合い、ビックバンを思わせる巨大な爆発が起きる。
「さあ、新田君……共に逝きましょう?」
白い爆発が新田の分身を飲み込んでいく。エネルギーフィールドに囲まれたこの戦場に逃げ場はない。
「(結衣と一緒に死ねるのなら……それも良いか)」
その瞬間、新田は死を覚悟し受け入れた。
鮮血を吹き出し倒れる結衣。そして白い爆発に飲み込まれる新田……その光景を目撃した蛇女の
『いやっ!! 新田さん、結衣さん!!』
「落ち着くのじゃ、白……シューヘーも、それに結衣も、まだ死んだと決まった訳ではない!」
『でも、だって、だって!!』
魂の中で叫ぶ白と、それをなだめる朔夜……それも仕方ないだろう。白の想い人が消し飛んだのかも知れないのだ。
朔夜だって悲しくない訳がない。だが、今は境内で倒れている
強引に身体の支配権を奪うと、朔夜は白蛇の身体で境内を走る。
幸い、境内の敵は鬼女の
「将門社長、しっかりして下さい!」
朔夜に同行した獏のあやかし、
「うっ……ば、獏君……それに朔夜君ですか」
「喋るでない、今安全な場所に運ぶ」
大蛇のパワーで将門を抱え上げる朔夜の腕の中、将門は状況を確認する。
結衣は倒れ、新田が居た場所は白い閃光に包まれている……それを見た将門は、新田を助ける決意をする。
「結衣君は自身の力で何とかなります……ですが新田君はそうもいきません。私の力で救います。幸い、アレを持っているようなので、出来るでしょう」
そう告げると将門は朔夜の腕から降り、ふら付きながらも構えると術を唱え始める。
「獏君、あなたの力も必要です……白虎の牙に私の霊力が詰まった札で肉体を形作ります。そこに新田君の魂を呼び寄せて下さい」
「分かりました! 白さん、新田さんに呼びかけるので、力を貸してください!!」
将門の企み……それは、新田の家に伝わり、記憶を持つ呪具、白虎の牙を核に、将門の霊力が詰まった最後の札で肉体を甦らせると言う物。
だが、肝心の魂が戻らなくては意味がない……そこで夢を、魂を渡り、操る力を持つ獏の出番と言う訳であった。
「獏さん、私なんかの呼びかけで……大丈夫なの?」
白蛇の朔夜の姿から、人間の姿に変わった白は、獏に不安気に問いかける。
「大丈夫です……きっと帰って来てくれます。ボクの手を握ってください」
そう言われ、白は彼女の小さな手を握る。すると魂が獏の中を通り、宇宙空間のような場所に出る。
「ここは……寒い……」
「魂の宇宙ですね……この中から、新田さんの魂を見つけ出します。新田さんのことを考えて下さい!」
獏に言われ、新田のことを強く想う白……すると何かに引っ張られる感じがする。
「こっち……」
スッと白は宇宙を蹴り進む。その先には、眠る新田の魂があった。
「新田さん、新田さん!」
死んだように眠る新田の魂に縋りつくように抱きしめる白……その魂は熱を失っているのか、冷たい。
「そのまま呼びかけて下さい! 熱量を分け与えないと!!」
獏が新田の手を取りながら、白に話しかける。彼女は頷くと、新田の胸元に手を置く。
「(お願い、甦って、新田さん……あなたを必要な人がいるの!)」
新田の魂に手を通し、熱を送り込む。だが、まだ足りない。
「新田さん……受け取って、私の想いを……」
そっと新田の唇に口付けをする白。そして、魂を循環させる。
新田の冷えた魂を白の中で温めて戻す。それを繰り返していくうちに、徐々に新田の魂に赤みが戻っていく。
「(新田さん、新田さん……目覚めて下さい。私には……結衣さんにはあなたが必要なんです)」
深く、深く唇を差し込むと魂を交換し合う白の想いは、新田の魂に直接伝わる。
『誰だ……俺はもう、眠い……』
『んっ! 新田さん……白です、新田さん。起きて下さい! ……あなたを待ってる人が居るんです!!』
精神的に繋がった白は、新田が目覚めを拒否しているのが分かる。
なんとしても起こさないと……そう魂の新田に語り掛ける。
『新田さん! 起きて下さい、新田さん! 眠ってはダメ……あなたにはやるべきこと、待っている人が居るんです!!』
『いないよ、そんな奴……居たとしても、もうこの世には居ない……』
『います! 新田さんが必要な人が……少なくてもここに一人!』
白の言葉に、横を向く新田……私じゃダメなのか、悲しい気持ちが新田に伝わる。
『……白さんのことは好きです。ですが……』
『結衣さんなら……生きてます。一人で戦わせて良いんですか?』
その言葉に、新田はパッと目を見開く。結衣が生きている……それは本当か? と訴えかけるかのように。
『将門社長が言っていました……朱雀の力で、結衣さんは生きていると。良いんですか、彼女を一人にさせて』
『……なら、起きなきゃいけないな。ゴメンな、手間をかけて』
だったら、起きたらデートでもして下さい……そして、振るならちゃんと振って、と白は新田の魂に告げる。
スッと白の魂の中から新田の魂が抜けて行くのが分かる。
白が目を開け、唇をそっと放すと……新田の魂が目を覚ます。
「遅くなった、迷惑を掛けたみたいだな……」
「迷惑かけ過ぎです……本当に遅いんですから」
白はそう言って新田の魂をギュッと抱きしめる。今度は暖かく、温もりがあった。
白い閃光の中、将門の術で新田の姿が生み出される。
その姿に、右腕を失った小名木は驚愕の表情を浮かべた。
「新田君……蘇りましたね」
将門がそう呟くなか、新田は右手に持った古籠火を小名木に向ける。
「ふふ、ふはははっ。これで死なないとは……」
「小名木……悪いが、倒させて貰う!」
爆発のエネルギーを吸収し、小名木に向かって白虎の炎を放つ新田。
「白虎の炎……強い、ですね。今や止める方法は……ありません」
石の身体を炎の爪で切断され、小名木の胴体が転がる。同時に周囲に漂っていた行く宛てがなく漂っていたエネルギーが、彼の身体を飲み込んでいった。
「将門社長! それに白さん、獏も……結衣は!?」
小名木を消滅させた新田は、エネルギーの残骸を背景に将門たちの元へと向かう。
「新田さん……その、服……」
白が手で目を隠しながら恥ずかしそうに視線を外す。ただ、隙間から見えてしまう物は仕方ない。
服と言われ、生まれ変わった自分が何も身に纏っていないことに気付く新田は慌てて股間を隠す……将門が失礼致しましたと笑いながら式服を生み出すと新田の身体に纏わせた。
「それで、結衣は……」
「見なさい、新田君」
将門が示した先……そこでは、傷口から炎を上げる結衣の姿が。
「……前と同じだ」
それは蜘蛛女に斬られた時のこと。朱雀の力が溢れ、傷口を塞ぎ、結衣は生き返った。
今回も同じことが起こっているのだろう……新田は結衣の元へ駆け寄ると、その華奢な身体を抱き上げる。
「結衣、起きろ、結衣っ!」
「あ、新田……? 何しに来たの……? それに、その恰好、何?」
優しく揺らした新田に、結衣が目覚めつつ憎まれ口を叩く。
「決まっているだろ……お節介を焼きに来たんだ。あと、服のことは言うな!」
「ふふっ……嘘、似合ってるよ」
目覚めた結衣は新田の手を借りて立ち上がる。彼女の体内から吹き上がる炎はやがて治まっていき、露わになった胸元には傷跡一つ残ってはいなかった。
「お節介を焼きに来たなら……覚悟出来ているんだよね?」
「あぁ……地獄まで付き合う。いや、地獄は暫く勘弁だな」
新田の言葉に、笑い声を上げる結衣。確かに、彼女としても猛特訓の地獄は暫く勘弁願いたいところだ。
「ほう、復活するか。ならば念入りに殺さなくてはならないな」
そんな彼女たちに話しかけたのは、百鬼夜行を呼ぶ呪を唱えていた明智光秀。
彼は呪を中断し、再び結衣へと視線を向ける。
「もう結衣は殺させない……俺が来たからな」
そう結衣の前に立った新田は、右手に持った古籠火を光秀に向ける。
「ほう、新田か……久しぶりだな。この姿では、初めましてかな?」
天海僧正とは、新田が洗脳されていた時に京都にある彼らのアジトで会ったことがあった。
「改めて問おうか……一応、聞くが、再度我の軍門に下る気はあるか? 小名木を倒した実力、殺すには惜しい」
「残念ながら、俺は千紙屋の見習い陰陽師、新田周平だ……その誘いには乗れないね」
よかろう、そう言うと、光秀は刀を抜く……結衣も浄化の剣を構えると、新田の隣に並び立つ。
「行くぞ、千紙屋……決着を付けよう!」
明智光秀、そして新田周平と芦屋結衣の三人は、神田明神の御神殿があったクレーターの中央に向かって同時に走り出すのであった。