●第二十八夜 天海僧正(その二)
神田明神の境内では、東京を破壊し百鬼夜行を起こそうとする天海僧正……明智光秀と、それを防ごうとする『千神屋』の見習い女子高生陰陽師。朱雀の力を宿した少女、
そして天海僧正の配下であり、重量と質量を操るこなきじじいのあやかしである小名木と、同じく千神屋の見習い陰陽師であり白虎の力を借りる
「結衣! そっちはどうだ!? お節介は必要か?」
「余計なお節介は必要ないよ! 新田は新田で集中して!!」
お互いの敵を前に、声を掛け合う新田と結衣……そんななか、猫又娘の
「みんな、隨神門の前に半魚人が居るにゃ……」
「鬼灯さんとそらさんで前衛を、私が後ろから援護します」
神田明神に続く短い参道……階段を昇った先にある隨神門の前に立ち塞がるのは、魚の身体に人間の手足が生え、剣や槍で武装した半魚人たち……その集団が門を塞ぐようにうろうろしている。
それを見た雪女の
「んっ、好きなタイミングでやっちゃってくれ……投げた瞬間に突っ込む!」
参道の麓に居た半魚人から奪った刀を構えながら、鬼灯がそう告げると、そらも同意と爪を伸ばす。
「猫の爪は鋭いところを魅せてやるにゃ!」
「期待してます……いきます!」
そう言ってユキは小柄な身体に似使わぬ巨大な氷槍を投げ放つ。同時にそらと鬼灯が階段ダッシュを全力で始めた。
「いきなさい、氷の槍っ!」
投げ放たれた氷の槍は、隨神門に控える半魚人たちに命中し氷漬けにする……そこを鬼灯の刀とそらの爪が斬り刻んだ。
「よし……」
「クリアにゃ!」
鬼灯とそらが両手を合わせる。後ろから追いかけて来たユキたちと共に、一行は境内の様子を見ることになる。
そこでは、激しい戦いが繰り広げられていた。
新田と小名木の戦いは、一進一退を繰り広げていた。
お互いに一撃必殺の破壊力を持つ炎の白虎とブラックホール弾……放てば瞬間的に対消滅させられ、エネルギーの残滓がそこかかしらに漂っている。
エネルギーの残滓と言っても、数が数……これだけ莫大な量になると、負けた方に一気に雪崩れ込むだろうことは間違いない。
新田が勝てば小名木は炎の白虎に焼かれ、そして莫大な量のエネルギーの残滓に襲われる。
逆に新田が負ければ、ブラックホールに飲み込まれ、例え吸い込まれなかったとしてもやはりエネルギーの残滓で消滅する……この戦場に立つ二人には、生か死かしかなかった。
「新田ぁぁっ!!」
「小名木ぃぃっ!!」
お互いに互いの名を叫びながら、互いを殺すための技を放つ。
小名木はブラックホールを生み出す呪具を指弾で次々と打ち出す。
それがブラックホールを展開するかしないかの瞬間に、新田が呼び出した炎の白虎が打ち消し合う。
「やりますね、新田!」
「そっちこそ、やるじゃないか! だが、これならどうだ!!」
スマートフォンを持っていた逆の手、左の手に持っていた陰陽五行説が描かれた太極盤を掲げると、雷雲を呼び出す。
「陰陽五行が木行! 鳴神招来!!」
「雷ですか! それは勘弁ですねっ!!」
小名木は石のあやかし……土属性の彼は、木行が弱点。新田が呼び出した落雷を喰らう訳にはいかないと、彼は足元の床石を重力操作で踏み抜き、粉砕した石材を頭上に蹴り上げる。
「質量操作か!」
「正解です! 私に雷は届きませんよ!?」
落雷が空中に飛び上がった石に集中する。また新たなエネルギーの塊が空中に散らばる……その雷石を吹き飛ばすように、新田のスマートフォン、そのストラップに吊るされた石灯籠のあやかし、古籠火と、それに触れ合うもう一つのストラップ、白虎の牙へと彼は霊力を注ぐ。
「炎の白虎よ、駆けろっ!」
古籠火の灯りから吐き出された炎が、虎の姿を形作っていく……炎で出来た白虎は、小名木をその燃え盛る爪で斬り裂こうと駆け出す。
「だから、それも通じないと言ってるではないですか!」
右手をズボンのポケットに突っ込んだ小名木は、ポケットの中から黒いビー玉状の呪具を取り出し、指弾で放つ。
「ふんっ!」
そう妖気を呪具に向け小名木が放つと、ビー玉状の呪具は急激に収縮しブラックホールになる。そしてそのブラックホールは炎の白虎を飲み込み消滅した。
「千日手って奴か……」
「そうですね。ですがずっと付き合って下さっても良いんですよ? そう、百鬼夜行が始まるまでね……!」
百鬼夜行……東京結界を破壊した天海僧正が行おうとしている儀式。あやかしの群れを東京の街に召喚し、人々を襲わせる夜の祭り。
「この街の人々は夜に怯えあやかしに怯え、秩序は崩壊し新たな秩序……天海僧正による力の支配が始まるのです! 江戸城の主たちが離れたのは確認しています。この街の主は、この街を造った真の主の元に帰るのです!!」
そう叫びながら、小名木はブラックホールを放つ。
新田もその攻撃を炎の白虎を召喚し防ぐと、言い返す。
「確かに、この街を作ったのは天海僧正かも知れん……だが、それから何年、いや何百年たった? 今の東京はもう江戸じゃない。この街は、この東京は、東京に住む人たちの物だ! 貴様らの自由にさせる訳にはいかない!!」
「熱いですね……嫌いじゃないですよ?」
そう言って小名木はズボンの右ポケットに手を入れるが……そのまま左手を左のポケットに入れると呪具を取り出す。
その行動を見た新田は、炎の白虎を生み出しながら小名木に問う。
「小名木……呪具の残り、あと何発なんだ?」
「……それを知ってどうするんですか? なに、あなたを倒す分くらいはありますよ」
実際はそうでもない。手で探った感覚だとあと数発……よくて十発あるかないか。
余裕を持って備えたつもりであったが、現実は予想通りにはいかなかったと言う訳か。
そう小名木が考えていると、新田は悪いが……と小名木に告げる。
「小名木。悪いが遠慮する訳にはいかない……このまま仕留めさせて貰うぞ!」
「どうぞどうぞ、遠慮なく。出来る物なら、ですがね……さぁて、仕留められますかね?」
小名木は残り少ないブラックホール弾を先制して放つ。その余裕は、まるでまだ何か手があるかのように新田に思わせるには充分であった。
一方同じ頃、境内の別の場所……少し前まで神田明神の御神殿があったクレーターでは、芦屋結衣と天海僧正……いや、その正体は戦国武将、明智光秀の影と戦っていた。
朱雀の力を発現させた結衣……その手には式神の唐傘お化けが炎を纏い変化した浄化の剣を握り、肩口からは朱雀の翼を生やし空中を鳥以上に自在に舞いながら光秀の影を斬る。
「明智光秀! 百鬼夜行なんてさせない……諦めて京都に帰ったら!?」
「なに、この東京を混沌の街にしたら、京の都より号令を掛けようではないか!」
結衣の炎の剣を、影の十字槍で受け止める光秀。そして逆の手に構えた種子島銃で彼女を狙う。
「くっ、翼よっ!」
朱色の翼を前に回し、放たれた弾丸を受け止める結衣。
本来、種子島銃は先詰めの銃で連射は出来ない筈なのだが、光秀の使う影の種子島銃は再装填をしなくても妖力で弾丸を……と、言うよりも、光秀の妖力自体を弾丸にして撃てるようで、距離を取ると容赦なく撃たれる。
なので多少無理してでも近寄ろうとするのだが、そうすると今度は槍の間合いに入ってしまう。
槍とはよく考えられた物で、近付く者を止めるには最適な武器。
距離を詰めようと突進すれば、その先に矛先を置くだけで相手は避けざるを得ないのだから。
銃と槍、それだけでも面倒なのに、光秀の影は更には刀までをも持っている……そこまで近づいてやっと対等になるのだ。
霊力による攻撃……例えば三日月状の炎を飛ばす炎月斬を放とうにも、光秀が振り下ろす槍から放つ真空波や妖力が籠った種子島銃での迎撃で防がれてしまう。
ならば数で……と炎の槍を無数に生み出す炎槍嵐に対しては、同じく無数に生み出した影の槍や雨のように降る矢の攻撃でこちらも通らない。
何とも分が悪い……結衣は正直やり難さを感じていた。
「どうした、千神屋よ? どうした、朱雀の巫女よ!? ……これで終わり、などと言うまいな?」
「女子高生相手に無双誇って、大人として恥ずかしくないの!?」
光秀の言葉に結衣はそう答えながら、浄化の剣を振るう。
すると斬跡より三日月の炎が生み出され、光秀目掛けて飛んでいく。
「またそれか……芸がないのう?」
ブン、と音を立てながら槍が振るわれ、その矛先が空を斬り真空を生み出す。そして生み出された真空は波となって結衣の炎とぶつかり合う。
「(絶対、手を抜かれてる……逆に言えば、今が奇襲するチャンスなんだけど)」
結衣は心の中でそう呟く。格下に見られている今こそ、ジャイアントキリングのチャンス。
どう考えても五百年以上生きている霊能者に、十六の小娘が幾ら朱雀の力を得たからと言って勝負になるはずがない。
遊ばれている……恐らく、いや間違いなくそうなのであろう。
だからこそ、本気を出していない今しかチャンスがない……結衣は考える。自分の持てる技の中で、戦国武将明智光秀に通ずるような技が無いかを。
「霊力の消費が激しいけど……やるしかない、か! いくよ、明智光秀!!」
結衣は背中の翼を大きく羽撃たかせ空へと舞い上がると、浄化の剣を前へと掲げる。
そして霊力を全開にし、朱雀の炎を燃やすと……全身が燃え上がり、不死鳥を形作る。
「鳳凰閃光剣舞! 不死鳥の舞い、踊って貰うわよ!!」
不死鳥になった結衣は、燃え盛る炎で幾つもの分身を、光秀を取り囲むように円周上に生み出すと、炎の剣……その切っ先を向け飛び立つ。
「むむっ、四方から無数に……だが、分身出来るのはお主だけではないぞ!」
甲高い鳴き声と共に迫る不死鳥の群れに、光秀も影を分身させると種子島銃を構える。
「鳥撃ちじゃ、不死鳥撃ちじゃ!」
パンパンと言う乾いた音が響くたび、不死鳥が砕ける……だが砕けた先から復原し、光秀に襲い掛かる。
「朱雀を侮ったね……不死鳥は再生の象徴、一発喰らった程度で死ぬもんか!」
浄化の剣に朱雀の力を乗せ、不死鳥となった結衣が光秀を斬り裂く……続くように分身が次々と傷を与えていき、やがて影は吹き飛ぶようにして倒れる。
「ど、どうだ……ふぅ、結衣ちゃんの勝ち!」
霊力をだいぶ消耗したのだろう……はぁはぁと荒い息を吐き出しながら、結衣は呼吸を整えると、勝利のブイサインを見せる。
だが……勝ち名乗りを上げるには、まだ少し早かった。むくり、と起き上がった影が剥がれ、光秀本人が現れたのだ。
「ふふふ、ふはははは。我が衣を剥がすとは、やるではないか、朱雀の巫女よ……将門にも出来なかったことだ。誇りに思うが良い!」
そう言うと手にした種子島銃と槍を捨て、刀を引き抜く明智光秀。その発せられる圧倒的なプレッシャーに、結衣は思わず二、三歩後ずさってしまう。
「うっ……で、でも、剣同士の打ち合いなら!」
そう言って結衣が一歩踏み出した瞬間だ。刀を構えた光秀は既に結衣の背後に回っていた。
「遅いっ!」
「くっ……!」
慌てて横薙ぎに回転するように浄化の剣を振るい、光秀の刀を受け止める結衣。
しかし、光秀はその上から二撃、三撃と刃を打ち込んで来る。
「は、早い!?」
「違うな、そなたが遅いんじゃ……武芸者としてまだまだ未熟!!」
明智光秀。戦国の乱世を生き、一時は天下に王手を賭けた
それが現代に現れたのだ。並み以上の剣豪でなくては相手にならない。
剣道部でもない、独学で剣術を学んできた結衣にとって、初めて出会った格上の剣術家に翻弄されるのも仕方がないのであろう。
だがしかし、そんな泣き言を言っていられないのが戦場である。
あの時ああすれば良かった、こうすれば良かった、そんなのは全て後の祭り。今、この瞬間が全てなのだ。
結衣は思う、どうすれば明智光秀に勝てるのか。それだけを考え、動く。
「やっ! とぅ! はぁっ!!」
「甘い、腰が入ってないっ!!」
必死で振り下ろす剣撃が一刀のもとに返され、無防備になった胸元に刃が振り下ろされる。
吹き出る鮮血が、明智光秀を真っ赤に染めた。