●第九夜 鬼女(その三)
等活地獄での修行を終え、生きて地獄から脱出しようとする
「追っ手だ!」
「
かつて、
だがそのような霊的術具を持ち合わせていない新田たちは、手にした桃で黄泉帰りを防ごうとする黄泉醜女を撃退する。
「本当に、桃が効果あったんだ……」
黄泉醜女を桃で撃退出来たことに驚く結衣へ、新田は足を止めるなと叫ぶ。
足を止めれば直ぐにでも黄泉醜女が飛び掛かり、黄泉の国へ引き摺り戻そうとすることだろう。
だが桃の数は限られている……このまま消費してしまえば、やがて追いつかれてしまう。
そこで新田は、スマートフォンのストラップに化けた式神、古籠火を取り出し掲げる。
「古籠火よ、白虎の牙の力で炎の虎を生み出せ!」
古籠火……石灯籠の灯りの部分から、ゴォーっと炎が勢いよく吹き出し炎の虎を模る。
そして新田はそれに跨ると、結衣に手を伸ばす。
「結衣、乗れ! 一気に飛ばすぞ!!」
「うんっ!」
新田の手を掴み、炎の虎の背……彼の後ろに跨る結衣。落ちないようにしっかりと新田の腰に手を回す結衣。
「先に行くぞ!」
金棒を振り回し、黄泉醜女を吹き飛ばしていた鬼女が新田たちの様子を見て走り出す。
新田も炎の白虎を走らせ、黄泉平坂を一気に駆け上がっていく。
「そ、そう言えば、なんで鬼女さんが付いて来てるの?」
「ああ、それはな……あれの為だ」
風を切る様に駆ける白虎。その背に揺さぶられながら途切れ途切れの声で問いかける結衣に、鬼女は前方を指差す。
そこには、出口を覆いつくす巨大な岩が行く手を塞いでいた。
「千引の石か!」
それは千人の男が引かぬと動かぬと言われる巨大な石。伊邪那岐が伊邪那美の追跡を防ぐために、黄泉平坂に置いた岩。
「これを動かすには、お前たちだけじゃ力不足だからね」
そう言うと鬼女は金棒を捨て、千引の石に取り付く。
背後からは黄泉醜女の迫る足音が響く……新田たちも白虎を降りると、石を押すのに加わる。
「力不足なのはわかってるけど……ここで逃げたら、陰陽師じゃない!」
結衣はそう言いながら、身体の中に眠る朱雀の力を目覚めさせる。
炎が全身を包み、常人を越える力を与えた。
「一人でダメでも、四人なら……!」
新田も新田で、懐から三枚の人型の紙……形代を取り出すと術を唱え、分身を生み出す。
生み出された分身たちは新田と共に岩を押し、全員で千引の石へと掴みかかる。
ズ、ズズッ……鬼の力、朱雀の力、陰陽師としての力、それぞれが合わさり、少しずつだが千引の石が動き始める。
「鬼の力は……千人力!!」
そして、どぉりゃーっ、と鬼女が吼えたのと同時に、重く道を塞いでいた岩が転がるように道を開いた。
「全員、脱出だ!」
新田がそう叫ぶのと同時に一同は千引の石を越え、そして亡者が外に溢れないよう外から再び岩で塞ぐ。
「ふぅ……無事か?」
「なんとかー」
「おぉ、流石に疲れた」
黄泉平坂を突破し、現世に戻って来た三人は地べたに倒れ込むように寝そべると、思い思いに荒く呼吸を繰り返す。
だが新田はここで気が付く。三人? 自分、結衣……そして……。
「鬼女さん、なんでここに!?」
「あっ、しまった! つい外に出ちまった!!」
慌てて叫ぶ鬼女だがもう遅い。ここは黄泉平坂の外、現世なのだ。
力を使い果たした三人に、再び千引の石を開ける力は残っていない……かと言って鬼女を黄泉平坂のある出雲に残しておく訳にもいかず、とりあえず東京に、新田たちの所属する『千紙屋』に連れて行こうと言うことになった。
「これが人間の乗り物か……狭いな」
「いや、鬼女さんが大きいんですよ……」
近場の店で鬼女の服を買い、何とか切符が取れた東京行きのサンライズ出雲、そのB個室に乗り込む。
上下重なるように作られた個室は、標準的な日本人の身長であれば余裕なのだが、身の丈二メートルを軽く超える鬼女には狭すぎる。
「東京まで……秋葉原までの辛抱です。すみませんが耐えて下さい」
「まあ、仕方ないな。あんたたちの社長……
新田たちを修行のため地獄に堕とした平将門……将門公の力であれば鬼女を地獄に戻すのも容易い。
そう言いながらベッドに腰掛ける鬼女に、そう言えばと新田が尋ねる。
「鬼女さんは食事、どうしますか? こちら……現世の食べ物を食べると、こちらの人間になりますよね?」
「そう言えばそうだね……あたしは地獄の住人だから、今度はあたしが食事を我慢する番だね」
修行中。不思議なことに腹が減らなかったこともあり新田たちは食事を取っていなかった。
食事を取ってしまうと
それを防ぐために食事を取る気は最初から無かったのだが、それでも腹が空かないのは助かった。
……ただ、獄卒たちは容赦なく毎日毎夜宴会をしてくれたので、食への殺意でレベルアップが早まったのかも知れない。
「そう言えば、三日しか経っていなかったね」
流石に鬼女へ食事を取る光景を見せるのは悪いと思ったのか、新田の個室に移動し、彼と一緒に乗る前に買った駅弁を食べていた結衣は、等活地獄に堕ちてから脱出するまで体感時間では半年以上経過していると思ったが、現実世界では三日しか経っていないことに驚く。
「あの世とこの世では時間の流れが違うんだろうな……この焼き鯖、旨いな」
「一切れ貰いー! んー、島根牛も美味しいし、現世に戻って来た感じがするー」
新田が食べていた焼き鯖寿司を一切れ奪うと、結衣はその味に舌鼓を打つ。
半年以上何も食べてなかったのだ。身体は正直で彼女の胃は食べ物に飢えていた。
「……こうやって食事を奪われるのも久しぶりだな」
「そうだっけ?」
最近は結衣が早く起きて朝食を一緒に取ることが多くなった。良い傾向だと新田はそう思っていた。
結衣の心境に変化があったことなど知らない彼には、規則正しい生活を送るようになったとしか思えないだろう。
「東京に帰っても、ちゃんと朝起きるんだぞ?」
「うーん、ここしばらくは起きては戦って、戦っては死んで、目覚めたらまた戦って……だったから、リズム崩れてないかなー?」
まるで少年漫画の主人公だねと笑う結衣。
実際、地獄に堕ちて修行するなんて普通はしないだろうと新田も思う。
だが、地獄での修行を終えて強くなったのは間違いない。
それに結衣もそうだが、自分も白虎の牙を使いこなせるようになってきた。
これならこの前の土蜘蛛が再び現れても、もう足を引っ張ることは無いはずだ。
「ふふっ、新田の考えてること、わかるよー。これで将門社長の役に立てると思ってるんでしょ? 早く帰って、鍛えた技を見せたいねー」
空になったお弁当の容器を丁寧に包みなおし、袋に仕舞いながら結衣が告げる。
結衣の言葉に確かに将門に成長した成果を見せたいと思っていた新田は、缶ビールを取り出しながら彼女に頷く。
「あれ、新田ってお酒飲むんだっけ?」
「嗜む程度には、ね……今日は生き返った記念でもあるしな」
そう言うとプシュっと言う音を立てながらプルタブを引き、グビグビと喉を鳴らしながら泡立つ液体を胃に流し込む。
「美味しそう……一口貰ってもいい?」
「ダーメ、あと四年経ったらな」
結衣は十六歳、まだアルコールを接種して良い年齢ではない。新田の言葉にいぢわる~とむくれながらも結衣はベッドを立つと、自分の個室へと戻る支度をする。
サンライズ出雲にはシャワールームも付いている……折角だから、汗を流したいと言う彼女を見送り、新田は窓の外を流れる夜空を見ながら、新田は残る焼き鯖寿司を摘まみにビールを呷る。
朝になれば東京だ。将門社長に報告しなければ……流れる景色とガタンゴトンと言う心地よい振動、それに疲れとアルコールも相まって、何時の間にか睡魔に襲われたのか、気が付けば新田はベッドで横になっていた。
そして新田と結衣は、鬼女と言う予定外のゲストを連れつつも東京に帰り付く。そこでは、新たな事件が待ち受けていた。