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第九夜 鬼女(その二)

●第九夜 鬼女(その二)

 地獄の第一層、等活地獄に案内された新田周平あらた・しゅうへい芦屋結衣あしや・ゆいを取り囲んだ獄卒たち。

平将門たいらのまさかどの弟子だってよ」

「ほぉー、なら強いんだろうな? 簡単に死ぬなよー」

 取り囲む鬼たちの身長は軽く二メートルを超え、新田たちは見上げてるうちにだんだんと首が痛くなってくる。

「こいつらはここへ修行しに来たんだとさ、いっちょ手解きしてやろうじゃないか?」

 新田たちをここまで案内した鬼の女……鬼女が代表して獄卒たちにそう説明すると、ほぅと彼らの瞳が輝きだす。

「知ってと思うが、ここ等活地獄では死んでもすぐ生き返れる……だから、実戦形式で歓迎してやろうと思う!」

 等活地獄に堕ちた囚人は、獄卒たちに殺され、涼風が吹くたびに生き返るを繰り返すと言う。

 それを踏まえての鬼女のその言葉に、いいぞいいぞと獄卒たちは囃し立てる。

「実戦形式って……?」

 結衣の問いかけに、獄卒たちは金棒に刀と言ったそれぞれの獲物をドンと地面に突く。

「こいつで可愛がってやるって訳だ! 大丈夫、痛いのは一瞬だ!」

「新田……この鬼たち、怖いんだけど!」

 そう新田が着ているスーツの袖を掴む結衣に、彼は「奇遇だな、俺もだ」と返す。

「さて、どっちから逝くかい? 二人同時でも構わないよ!」

 鬼女が金棒を肩に乗せながら、新田と結衣の二人を指差す。

「俺から行く……結衣、いいか、なるべく時間を稼ぐから、鬼女の動きを掴め」

「わかった……頑張って!」

 結衣の声援を受けながら、新田がスーツのジャケットを脱ぎながら前に出る。

「(あの重い金棒を軽々と振り回す……典型的なパワータイプと見た。ならば!)」

 新田は三枚の人型の紙、形代を取り出すと、術を唱え自らの分身を作り出す。

「ほお、四方から攻めるつもりか?」

「あぁ、地獄の炎よりは温いかも知れないけどな……古籠火!」

 四人の新田は、スマートフォンのストラップ……式神の古籠火に霊力を注ぎ、手のひら大に戻す。

「それだけじゃない……白虎の牙、お前の力も乗せるぞ!」

 同じくスマートフォンにストラップとしてぶら下げた白虎の牙。その力で古籠火の炎を変化させる。

「いけ、白虎の炎!」

 古籠火の灯りの部分より放たれた炎は虎の形になり、四方を翔けると鬼女に噛みつく。

 四体の炎の虎が次々と襲い掛かるのだが、鬼女は温いねぇと意にも介さない。

「それで終わりかい? じゃ、こっちから行くよ!」

 金棒を振り回し、鬼女は白虎を掻き消す。驚きの表情を浮かべる新田に、鬼女は金棒を振り回しながら迫る。

「なっ!?」

「それじゃ……死にな!」

 ……新田が体感する時間の流れがゆっくりと流れ、迫りくる金棒による逃げようのない死が訪れるのを理解する。

そしてぐしゃ、っと頭が潰される。激痛はほんの一瞬……そしてハッとした次の瞬間に新田は目覚める。

「新田、大丈夫!? 新田……良かった……」

 目を覚ませば見えるのは泣き顔の結衣の姿。彼女の膝の上で新田は目を覚ましたのだ。

「俺は……死んでたのか?」

「そうだよ! 本当に死んじゃうかと思ったんだからね!!」

 そう叫ぶ結衣は赤い瞳は次から次へと涙を零している……新田は傷む身体を起こすと、彼女の掛けていた黄色いレンズの丸眼鏡を外すと指で涙を拭い、もう大丈夫だと頭を撫でる。

「大丈夫、生き返ったよ……それよりも鬼女の動き、見えたか?」

「ひっく、ひっく……う、うん……かなり強かったよ……。修行の相手としては、ひっく、持って来いだと思うけど……新田、もう一人で死んだらやだよ!?」

 新田にあやされ泣き止んだ結衣は、未だ涙で滲む瞳を隠すかのように、眼鏡を掛け直しながら鬼女の動きを彼に説明する。

 鬼女は一見パワータイプかと思ったらスピードに秀でていたらしく、金棒の動きが異常なまでに素早かったのだと言う。

「どうした、将門の弟子……一回死んでもう終わり、って訳じゃないよね?」

 金棒を軽く素振りしてみせながら、鬼女がそう新田を見下ろす。

 まだまだ、それこそ死ぬ気で来いと彼女は告げていた。

「身に染みて理解したよ……結衣、今度は二人で行くぞ」

 新田のその言葉に、うんと頷く結衣。そうして、相談は終わったか? と待つ鬼女に向かい、二人は立ち向かう。


「いっけーっ!」

 それから数日が経っただろうか……地獄は日が昇らないため時間の間隔が分からない。

 ただでさえ死んで生き返ってを繰り返しているのだから尚更だろう。

 しかし、その甲斐はあったらしく、最初の鬼女とは互角に渡り合えるようになっていた。

「古籠火よ、炎の虎よ、結衣を乗せ奔れ!」

 新田が古籠火から吐き出した炎で模った白虎に、朱雀の炎を乗せた唐傘で金棒と打ち合いをしていた結衣を乗せた。

 炎の白虎は重力が存在しないかのように天地を問わず駆け抜ける。

「くっ、素早い……右、いや左か!?」

 鬼女の周りを駆ける白虎に、彼女は首を左右に振りながらその姿を捕えようとする。

 だがそんな鬼女の死角から、結衣はあり得ない速度で迫る。

「後ろを取られただと!?」

「喰らえ、結衣ちゃんホームランっ!」

 炎の白虎に乗りながら、炎を纏った唐傘を横薙ぎに振り抜く結衣。

 唐傘の峰が無防備な鬼女の脇腹を捕えると、肉を叩き激しく打ち据え吹き飛ばす。

「痛っー! くーっ、効いた! 参った参った!!」

 脇腹を抉られるぐらいに叩かれた鬼女はふらふらと体勢を崩し、情けない声を上げつつドシンと尻もちをつく。

 新田の元に戻った炎の白虎から飛び降りた結衣は、嬉しさのあまり彼に飛びつく。

「やったよ新田!」

「ああ、よくやったな、結衣」

 流石の新田も遂に訪れた勝利に喜びを隠せない。飛びついてきた結衣を抱き上げてクルクルと回る。

「いやー、流石平将門の弟子だ。強くなるスピードが段違いだね」

 鬼女は起き上がると、脇腹を抑えながらそう告げる。

「いや、強くなれたのは鬼女たちのおかげだ、流石地獄の責め苦を担っているだけはあるな」

 結衣を下ろした新田は、鬼女に向かって向き直しそう言う。

 下ろされた結衣はちょっと残念そうな顔をしつつ、鬼女に向かい告げる。

「鬼女さん、私たち、もっと強くなりたい! それでもう一戦お願い出来ますか?」

「ほう、まだ強くなりたいと願うか……面白い。だが同じ相手が続いては詰まらないだろう? 次は別の獄卒と戦いな」

 そうして、次に新田たちと戦りたい奴はと鬼女が問うと、次々と獄卒たちが名乗り出る。

 刀を持った者、金棒を持った者、青い鬼、赤い鬼、身の丈が二メートルどころか三メートル、いや四メートルを超える者……無抵抗な亡者に罰を与えることに飽きていた獄卒は、イキの良い若者たちと戦いたくてうずうずしていた。

 おかげで戦う相手には困らない。そして戦うたびに新田と結衣は経験を得る。

 地獄に堕ちて数カ月か経過した頃には、等活地獄の獄卒たちは新田と結衣の相手にならなくなっていた。

「よし、新田、そっちに追い詰めるよ!」

 獄卒の刀と唐傘で鍔迫り合いをしていた結衣は、短いスカートを翻しつつ蹴りを入れる。

 体勢を崩したところに必殺の突きを入れ、新田の待つ方へ獄卒を押し込む。

「古籠火、燃やせ!」

 地獄の炎よりも熱い古籠火の炎が獄卒の全身を焼く……新田も結衣も、白虎と朱雀の力を使わずとも獄卒たちでは手に負えないぐらいまで成長していた。

「凄いじゃないかお前たち。もうこの等活地獄は卒業だね」

 新田と結衣の戦いぶりにパチパチと手を叩く鬼女。等活地獄は卒業? その言葉に二人は首を傾げる。

「ああ、説明が足りなかったかな。地獄とは正確には八大地獄と呼ばれており、八層に分れている。その第一層目が等活地獄なんだ」

「つまり……これ以上強くなるには次の地獄、確か黒縄こくじょう地獄だったかな。そこに向かわなくてはならないと言うことか」

 新田の返答に、鬼女は頷くと続けて告げる。

「これ以上強くなるなら、な。地獄の階層ごとに罪の重さが強くなり、それに応じて獄卒や責め苦の強さも強くなる。もうこの等活地獄でお前たちに敵う相手はいない……強くなりたいなら次の階層に進むべきだね」

 そう言った鬼女だったが、ただ今の強さでも充分あやかしには対処出来るだろうとも告げる。

 帰還すべきか、次の階層に進むべきか……新田は結衣の方を見る。

「一度戻ろう。今の強さを社長に見て貰わないと」

「そうだな……足りなければまた修行に来ればいいしな。鬼女さん、現世にはどうやって戻るんですか?」

 結衣の言葉に新田も頷くと、鬼女に現世への帰還方法を尋ねる。

 鬼女はうーんと考え込むと、そう言えばどうやって帰るんだ? と首を傾げた。

「地獄に堕ちた罪人は、責め苦を終えると昇天し輪廻の輪に戻るが……生きて現世に戻るのは……」

「蜘蛛の糸……って便利な物がある訳ではないし、やはり黄泉平坂を通ることになるのか?」

 黄泉平坂、あの世とこの世を繋ぐ通り道。出雲の国にあると言われている。

「そうなると東京まではサンライズ出雲で帰ることになるかな? 昨日の今日で切符取れるかな……」

「新田。まず黄泉平坂から出られるか、だよ」

 まず黄泉平坂を通れるか……結衣の言葉に新田は通れるよな、と鬼女に確認する。

 通れるか……いやそこを通るしかないな、と彼女は返す。

「確かに黄泉平坂を通るしかないな。のんびりと輪廻の順番を待つ訳にはいかないだろう?」

 ただ地獄と現世を簡単に行き来されては困ると言うことで、黄泉平坂への道は塞がれていると言う。

 さて、無事に帰れるのだろうか? 結衣と新田は顔を見合わせながら鬼女に付いていく。


「さて、黄泉平坂を通る時の約束事は知っているよな?」

「決して後ろを振り向かない……ですよね」

 鬼女の問いかけに新田はそう返す。黄泉平坂では決して、何があっても後ろを振り返ることは許されない。

 振り返ってしまえば、追っ手の亡者に捕らわれ、地獄の住民になってしまう。

 伝説の伊邪那岐は、振り返ってしまったことで伊邪那美が亡者となり、彼女に追われることになった。

 なので、黄泉平坂を通る者は、振り返らずに通り抜けないといけないのだ。

「桃の木はあるんですよね?」

「桃? 食べるの?」

 新田の確認に、結衣が問いかける。地獄の物を食べると、黄泉戸喫(ヨモツへグイ)になって地獄の住民になるから、地獄の食べ物は食べちゃダメなんじゃなかったの? そう彼に尋ねる。

「食べるようじゃない。地獄の桃は昔の桃だから硬いんだ……万が一振り向いたとき、亡者にぶつけるのに使う」

 日本で現在売られている桃は間引きし紙を被せ育てることで非常に柔らかい。

 だが昔の桃……自然のまま育った桃は密集して育つためか硬く、また然程甘くもないと言う。

 そして桃は仙桃とも言われ、仙人が食べるものとされる聖なるもの。つまりは亡者への特攻武器と言う訳だ。

 新田の説明に、ふんふんと頷く結衣。それで桃の木はあるのとの問いに、鬼女は桃の木はあっちにあるよと指し示す。

「おー、確かに枝に群れて生っているね」

「それにこの硬さ……当たれば結構痛そうだ」

 木に登った新田は、果樹園で採れる桃とは違う天然の桃を捥ぐと、桃の木に感心している結衣に数個投げ、自分の懐にも何個か入れる。

「それじゃ、黄泉平坂に挑もうか」

 準備が出来たことを確認した鬼女は、黄泉平坂へと続く門を開くのであった。


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