目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第九夜 鬼女(その一)

●第九夜 鬼女 (その一)

 東京、秋葉原。電気街の裏通りにある雑居ビル。その五階にあるあやかし融資・信用相談『千紙屋』の社長室で、新田 周平あらた・しゅうへい芦屋 結衣あしや・ゆいの二人は、千紙屋の主でもあり彼らの雇用主でもある平将門たいらのまさかどへ、結衣の魂の中に東京を造り、四神を宿すことで四神結界を再生させる見立ての儀式を始めたことを報告する。

「そうですか……見立ての儀式を行ったのですね」

「はい! 今の弱っている東京の四神結界……それを見立ての儀式で強くして、この街の崩壊なんて絶対にさせません!!」

 そう宣言する結衣に、将門はウンウンと楽しそうに頷く。

 東京の街には江戸時代よりの結界が張られている。東京の東西南北に白虎、青龍、朱雀、玄武の四体の神獣を配置することで四神相応と呼ばれる結界が時の陰陽師、天海僧正の手によって作られた。

 だが、玄武……山の属性であるビルが平地の属性である南の玄武の領域に建てられたことで、朱雀の力が弱り結界に綻びが生じた。

 関東大震災、東京の大空襲と言った大災害においても東京の街が復興出来たのは、四神の加護による物。

 しかし、今の東京を護る結界にはその力がない……次の大災害が起きれば、東京は死の街になると予想されていた。


そんな東京の結界を、魂の中に造った東京で見立てて四神の力を増すことで、現実の東京の結界を再生する。それが見立ての儀式。

その見立てを結衣の魂の中で行うと伝えられ、将門は人差し指をスッと立てて宣言する。

「それじゃ、ちょっと修行しましょうか♪」

「修行……ですか?」

 将門のその言葉に何か嫌な予感を感じた新田は、結衣が疑問符を浮かべている間にそっとその場を抜け出そうとする。

「新田くん。君もですよ?」

「あっ!? 新田、一人で逃げようとしてる!!」

 社長室から出るまであと少し、と言うところで新田は将門に釘を刺され、それで逃げ出そうとしていたことに気付いた結衣に腕を捕まえられた。

「一緒に修行受けようよ! 新田も新たな力を貰ったんでしょ!? それに早く慣れなきゃ!!」

 無邪気にそう告げる結衣に、新田は平将門……神様直々の修行、と言うワードに危機感を感じる。

 具体的には命的な危機が。

「修行な……仕方ない、やりますか」

 だが彼の腕を掴む無邪気な少女の瞳に、彼女を護るのも自分の使命だと自分に言い聞かせ修行を共に受けることを決める。

「それじゃあ、二人とも覚悟が決まったと言うことで……逝ってらっしゃい」

 将門がニコリと微笑みながらそう言うと、軽く両手をパァンと叩く。

「「へっ!?」」

 次の瞬間、結衣と新田の足元が闇に染まり、あーーれーーと言う言葉を残し二人は深淵へと落ちていった。

「……新田君、結衣君。貴方たちには早く強くなって貰わなければなりません。帰りを待っていますよ」

 術を終え、あの世への門を閉じた将門は窓から空を見る。

 青かった空は灰色の雲がかかり、まるで行く先が暗く苦しいことを表しているようだ。

 そんな空模様に、将門はため息を漏らしながら店を開くのであった。


「痛ててて……ここは何処だ?」

 硬い地面に落ちた新田は、強く打った尻を抑えながら起き上がる。

 同じように落ちた筈の結衣はと言うと、まるでオリンピックの体操選手のように華麗に着地したのか、どや顔でポーズを決めながら彼の方を向いていた。

「……褒めないぞ?」

「褒めてよ!」

 冷静に左右を見渡す新田の言葉に、結衣が不満そうに声を上げる。

 だがそんなことをしている場合ではない。と彼に軽く一蹴され、結衣はむーっと頬を膨らます。

「褒めるなら無事帰ってからだ……まずここが何処か分からないとどうすることも出来ない。携帯も圏外になってるし、地図も表示されない」

 何時の間にかスマートフォンを取り出していた新田の姿に、結衣も自分のスマホを取り出して画面を見る。

 確かに電波は彼の言う通りに圏外になっている……地図アプリを開いても現在地が表示されない。

つまり、ここが東京かも分からないのだ。

「社長のことだ。地球の裏側でも驚かないが……念のためこの地の食料は口にするなよ」

「どうして?」

 不思議に思う結衣に、新田は少し真面目な表情を見せ説明する。

黄泉戸喫ヨモツへグイと言う物がある。死者の世界の食べ物を食べる行為だ。死者の国の食物を食べることはその世界に属する行為となり、生き返ることは出来ない……ここが現実かは分からないが、万が一戻れなくなったら面倒だ。危険は避けるべきだろう」

 日本神話で国生みの神、伊邪那美イザナミ……彼女が冥界から戻れなかった理由の一つが、既に死者の国で食事を取ってしまったから。

 同じような話はギリシャ神話など世界中の神話で語られているが、共通しているのは別の世界の食物を食べることで現世に帰れなくなると言うこと。

 それを何とかしようとするのが、神話が神話たる所以なのだが……神でもない自分たちは。そんな力業は不可能。故に避けられる危険は避けるしかない、そう新田は告げた。

伊邪那岐イザナギ伊邪那美イザナミの伝説だね。確か振り返っちゃいけないのに振り返って、オバケになっちゃったんだよね」

「黄泉平坂だな……意外と勉強してるんだな」

 勉強して来て偉いぞ、と褒める新田に、えへへと微笑みながら素直に喜ぶ結衣。だがそんな二人に向かって、ドシン、ドシンと言う重い足音が聞こえてきた。


「誰か来る……一旦隠れるぞ!」

 何かの足音、それもかなり重量がある者の出現に、慎重派の新田は一旦隠れて様子を見ようと告げる。

 好戦的な結衣も、流石に相手が何か分からない状態で立ち向かう程馬鹿ではない……頷き返すと、彼と一緒に近くの岩に身を隠す。

 そして現れたのは、身の丈が二メートルを軽く超え、巨大な金棒を持ち、頭に角が一本生えた、そう鬼と呼ばれる存在であった。

「この辺りで人の声が聞こえたと思ったんだけど……気のせいか?」

 鬼……女性の姿をしているから、鬼女と呼ぶべきか。彼女は右に左にと視線を動かし、誰か隠れて居ないか黄金の瞳で睨みつける。

「どうする、話しかけるか?」

「やってみよう。言葉が通じるなら何とかなる!」

 結衣にどうするか尋ねた新田に、彼女は力強く……言い換えれば無鉄砲に答える。

 予想通りとは言えどんな時でもぶれない彼女らしい返答に、新田はある意味心強さを感じる。

「よし、じゃあ行ってみるか」

 新田も覚悟を決めると、結衣と共に鬼女の前に飛び出る。

 勿論、二人とも自らの式神、古籠火と唐傘は構えてだ。

 陰陽師は退治ではなく会話でまずは鬼を祓うと言っても、それは対等な立場や武力があってこそ成り立つもの。

 力なき正義は無力なり、とよく言うが、力なき陰陽師もまた無力なのだ。

「鬼とお見受けする……お初にお目にかかる、俺は新田周平と言う。ここが何処だか教えてくれないか?」

「おや、おやおやおや? 人間、それも肉体を持った者がこの等活地獄に来るとは、珍しいこともあるもんだ!」

 鬼女の言葉……等活地獄に新田は覚えがある。

 仏教における八大地獄。その一つ目が等活地獄。悪戯に生き物の命を奪った者……ケラ・アリ・アブと言った例え小虫を殺した者も、殺生したことを懺悔しなければこの地獄に堕ちると説かれている。

また、生前争いが好きだった者や、反乱で死んだ者もここに落ちると言われていた。

「ここは等活地獄……八つあると言われている地獄の一つ、と言うことか」

「その通り。なんで地獄に堕ちたかは知らぬが、お主らは等活地獄におる」

 鬼女の言葉に新田がここは地獄なのだな、と確認する。

 そして結衣に、等活地獄が何なのかを説明した。

「そんな! 蚊を殺しただけでも地獄に堕ちちゃうの!?」

「懺悔しなければな……それよりも反乱で死んだ者に心当たりがある。社長……平将門は何の罪で殺された?」

「そうか……朝廷に反乱を起こして!」

 理解が早い……結衣の答えに満足すると、新田はニヤリと笑みを浮かべながら鬼女に尋ねる。

「鬼よ、俺たちは平将門の関係者だ。ここで修行を付けて貰えと堕とされた。協力してくれないか?」

「おや、将門公の関係者かい? ならば、丁重にお迎えしないとね」

 こっちへ来い、そう仕草を見せた鬼女に、新田と結衣は頷くと式神の構えを解く。

 そして彼女の案内に従い、等活地獄の更に奥へと向かい歩む。

 そこでは、鬼……いや獄卒と呼んだ方が正しいのだろう。彼らの鉄棒や刀で地獄の亡者たちが砕かれ斬られ殺され、だが涼風が吹けば再び生き返り、また殺されるを繰り返していた。

「おーい、地上からのお客さんだよー! あの将門の弟子どもだ! 歓迎しようじゃないか!!」

 鬼女の声に、獄卒たちの手が止まる。次の瞬間、鬼たちの間に歓声が沸く。

「あの将門の弟子どもか! アイツにはこの地獄に居る間痛い目にあってな……!」

「本当にアイツはな……ここで暴れて手に負えないから、次の地獄に送る羽目になって」

獄卒たちが懐かしむように平将門の思い出を語る。そんな獄卒による地獄らしい歓迎会……一体何が始まるのか、緊張で結衣の手のひらには汗が滲む。

それを気付かれないようにスカートの裾で拭いながら、彼女は集まる獄卒たちの姿を眺める。

地獄の歓迎会が始まろうとしていた。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?