●第八夜 座敷童 (その四)
『夢……魂の中に東京の街を作る、ですか? 出来ますよー』
行く宛てがないのでとりあえず秋葉原にあるあやかし融資・保証の『千紙屋』、その事務所に居候していた
「そんなに簡単に出来る物なの?」
助手席に座っていた
『なんなら今夜、お造りしましょうか?』
「あ、あぁ……そうしてくれると助かる」
新田のその返事に、分かりましたーと頷いた獏は、さっそく今夜お家に伺いますねと告げ電話は切れる。
そして夜……新田の部屋には、結衣と獏だけではない。同じアパートに住むあやかしで以前千紙屋に関わり、そして友人となった
「獏……なんでそらさんや白さんも呼んだんだ?」
そらと白、二人を呼んだ意図がいまいち掴めない新田は獏にそう尋ねると、彼女は再現度の問題ですと告げる。
「結衣さんの東京の街並みですが、行ったことのない場所は空白です。なので皆さんの記憶から行ったことがある東京各地の情報をコピーし、隙間を埋めていくんです。例えば新田さんは結衣さんの学校の外見は分かっていても、校舎内までは分からないでしょ?」
確かに新田は結衣の通う鳳学園には以前少し立ち入ったことがあるが、校舎の隅々まで見た訳ではない。
それと同じように、結衣が、そして新田が行ったことのない場所は分からないので作りようがない。
新田や結衣一人の行動圏で東京の街を全て埋めることは出来ないのだ。
だが四人……いや、獏を含めて五人なら、それだけで得られる情報量は格段に増え正確になる。
先に上げた鳳学園の校舎も、教室からトイレまで隅々まで再現出来ると言う訳だ。
「それじゃ皆さん、結衣さんの魂に入ります……彼女の手を掴んでください」
ベッドに横になった結衣が手を伸ばすと、新田、そら、白、そして獏がその手を重ねて来る。
「行きますよー!」
獏がそう掛け声を掛けた瞬間。結衣の中に四人の魂が入って来た。
「ここが、結衣さんの夢の世界……」
「灰色でくすんで、生気がないにゃ」
ふわふわと漂っている二つの光の玉。そこから白とそらの声がする。
「二人とも、遊んでないで……まずは姿をイメージしないと」
そう声を掛けたのは、獏を連れた何時もの赤いセーラー服を纏い、黄色いサングラスを掛けた結衣の姿だ。
「「いめーじ?」」
結衣に声を掛けられ、そらと白は同時にクエスチョンを浮かべる。
「そう、イメージ。今は魂だけの状態だから、自分の姿をハッキリとイメージして自我を得ないと……最悪私の中に吸収されるわよ?」
オバケのように腕を突き出した結衣にそう脅され、慌ててそらと白の二人は自分の姿をイメージしようとする。
今のそらと白は魂だけの無防備な状態。自我を失えば、そのまま結衣に吸収される危険がある。
だからこそ自分の姿が大事になる……自己の確立、それが外見なのだ。
「腕、腕……私の腕ってどんなのだったかにゃ!?」
「顔……あれ、毎朝鏡で見てる筈なのに……!」
自分のイメージを作り出すのに四苦八苦するそらと白。
それでもだいたいイメージし、後は服だけ……と言う時に新田の声がする。
「みんなここに居たか。朔夜様に絡まれ……て……」
人間とあやかしの二重人格である白のもう一つの魂。魂だけの存在となったことで実体化してしまった蛇女のあやかしである
「あ、あ……」
新田が何かを言おうとした次の瞬間、彼の視界が結衣の靴底で埋まる。
そう、彼女は全力の飛び蹴りをかましたのだ。
「早く、服をイメージして!」
「「は、はいっ!」」
新田を思いっきり遠くまで吹き飛ばした結衣は、慌てて二人に振り返りつつイメージの続きをするように促す。
そらと白は、全てを見られた羞恥心で肌を赤く染めながら、慌てて何時も来ている服……そらは仕事着であるメイド服、白は大学へ通う時に着るブラウスとスカートを思い描いて纏った。
一方、勢いよく飛んで行った新田の元へと向かった朔夜であったが、彼が幸せそうな顔で気絶しているのを見ると、起こすかどうか躊躇うのであった。
結衣の中に広がる結衣の魂の空間。それは一度崩壊を望んだ結果、荒廃しきった灰色の東京の街。
そんな東京を背景に、獏は先程までのことは無かったかのように話し始める。
「さて皆さん。イメージには慣れましたか? 慣れましたね? それでは、今度は皆さんの知る東京をイメージして貰います」
結衣たち女性陣の前に立つ獏は、何処から取り出したのか、ホワイトボードを用意するとイメージと大きく書いて丸で囲む。
ちなみに、彼女たちの後ろでは新田が埋められているが気にしてはいけない。
「獏せんせー、イメージって写真みたいに思い浮かべればいいんですかー?」
元気よく手を上げる結衣に、獏はパチパチと手を叩きながら答える。
「はい結衣くん、正解です! 写真じゃなくて動画でも良いです。最初に一つ思い浮かべたら、あとは芋づる式にボクが引っ張り出します!」
結衣の質問にノリよく返答した獏が、では実際にやってみましょうと彼女に告げる。
「それじゃあ……鳳学園の校門前、と」
指名された結衣は、瞳を閉じて学園前の光景をイメージする……すると獏の力で切り取られた校門前の光景が目の前に浮かんだかと思うと、そこから紐づいて様々な光景が結衣の頭の中から引きずり出されて来た。
例えば、校門から玄関、廊下、階段、教室とシーンが移動したかと思うと、別の方では学校に通う水上スクールバスの発着場、隅田川を下る風景、両国の発着場、朝ごはんを食べながら走った浅草橋と両国橋……と言った具合にイメージが出力され、それが灰色だった結衣の魂の中の東京の街に彩りを与えていく。
「私も……新田さんの為なら」
「そらもやるにゃ!」
「わらわは……白が見てる物と同じ物を見てるからな。ただ一応協力はしておこうかえ」
白、そら、朔夜の三人も、イメージを次々と思い浮かべていく。そして獏はそのイメージを引き出していき、その度に灰色だった世界が明るくなったかと思うと、何時しか灰色だった東京の街は明るく再現されていた。
「ぷふぁっ……みんな、凄いな」
埋められた土の中から勢いよく飛び出した新田は、魂の世界と言うことを利用しそのまま空へと舞い上がると、上空からネオンに満ちる東京の街を見下ろす。
まるで本物の東京と言っても信じられるぐらいの再限度に、彼は心底驚いた様子だ。
「新田のご主人様、さっき埋まりながらイメージするって器用なことやってたにゃ」
「私たちに気を使ってくれたんですね……事故ですし、それに新田さんなら見られても気にしないのに。でもそう言うところが……」
上空で驚いてる新田を見上げながら、こそこそと話すそらと白。
律儀にも仕置きを受け続けた彼の姿に、特に白はうっとりとした表情を見せる。
だがそんな白に、そらは残酷な現実を突きつける。
「でも、ご主人様は巨乳派にゃよ?」
たまにえっちな目で見て来るにゃ……そう言いながらそらは自前の果実を重たそうに持ち上げながら告げると、白は自分の胸元を触る。
小さくもないが大きくもない、普通サイズの白はと言うとため息を漏らしながら朔夜の方を見る。
「……胸だけ変化させれれば」
朔夜は白と違って大きい。人間の白から蛇女のあやかしである朔夜に変化すると、意識の主導権は朔夜に持って行かれるが、代わりにスタイルは抜群になる。
……今度、将門社長に部分変化の方法を聞いてみようかな? そんなことを思う白なのであった。
東京の街の再現が一通り終わったあと、獏は新田へと向く。
「それでは最後に、新田さんの中で封印されている朱雀を放ちます」
「それは……大丈夫なのか?」
この東京に四神を宿らせるために必要とは言え、敵対し新田の中に封印してある朱雀を放って本当に良いのか……不安に思った新田が獏に尋ねると、彼女は結衣の方向を見るとニッコリと笑みを浮かべる。
「何とかならなかったら、結衣さんに朱雀を説得して貰いましょう! と、言う訳で封印解除―!」
ちょっとー、と結衣が抗議の叫び声を上げるなか、あっさりと新田の中に設けられた朱雀の封印が解かれる。
同時に新田の胸の中から飛び立った朱雀は、結衣の魂の中に作られた箱庭の東京を空から一瞥すると、お台場の鳳学園に向かい降下した。
そしてグラウンドで丸まり、満足したのか瞳を閉じる。
「無事お台場に向かったみたいね……」
ホッとした結衣の声に、全員が安堵する。
朱雀が宿るのは平地や海がある南の地。東京湾があるお台場はまさに朱雀のためにあるような場所であった。
「それじゃあ起きるか……獏、頼む」
新田がそう言うと、頷いた獏はそれぞれの前に扉を開く。
「この扉を潜ると皆さんの身体に戻ります。間違えた扉に入ると、他人の身体に入っちゃうので気を付けて下さいねー」
「誰も間違えないって……間違えないよな?」
そう告げながら振り返る新田の前で、朔夜が白の肉体を狙っているのが見えた。
「訂正。白さん、朔夜様は捕まえておきますので、先に扉へ入ってください」
「わ、分かりました! それではお先に……」
そう言い、白が自らの肉体に戻る扉を開け、その中に姿が消えると扉が消滅する。
「……これで安心だな。さ、改めてみんな帰るぞ」
新田の言葉におーっと残ったみんなが言う。……一人残念そうなのがいるが、新田は無視することにする。
そして全員が扉に入ったのを確認してから、最後に自らの身体に戻る扉に入り目覚める新田。
薄目を開けると、そこでは結衣の上で皆が重なる様に眠っていた。
時計を見ればもう朝……起きなくてはならない時間だ。
「ほら、みんな起きろ」
上半身を起こした新田が一人一人の肩をゆっさゆさと揺すると、ん、んっ……と言う声を上げながら結衣たちが目覚める。
「結衣、身体は大丈夫か?」
「うん、獏の手助けのおかげかすこぶる快調よ……これで白虎を迎えに行けるね」
そう。これは白虎を結衣の魂の中に宿らせるための見立ての儀式の準備でしかない。
無事に白虎が宿ってくれなくては意味がないのだ。
「みんなで頑張って作った東京です……きっと大丈夫ですよ」
そう白が言うのだが、同時に彼女のお腹から可愛くクゥ~と鳴き声が響いた。
「もう朝だからな、朝食にしよう。みんな食べてくだろ?」
恥ずかしがる白に新田が笑いながらそう告げると、一緒に食事を取れるのと、恥ずかしいのとで複雑な顔で頷く白。
そんな彼女の背を押しながら、結衣とそらはキッチンへと向かう。
「料理なら猫耳メイドのそらに任せるにゃ! ご主人様たちは座って待ってるにゃ~」
そうそらは結衣から食材や調理器具の場所を聞くと、ジュージューと言う音を立てながら朝食の支度を始める。
「わ、私も手伝います!」
「そうかにゃ? なら玉ねぎを刻んで欲しいのにゃ!」
名誉挽回をしないと、と白が手伝いを名乗り出て、そらは察したのか指示を出す。
「たまにはこういう賑やかな食卓も良いな」
「新田さん……そのうち刺されますよ?」
楽しそうに賑わうキッチンを見る新田に、ボソッと獏が呟く。
そうして皆でワイワイと朝食を取ったあと、白とそらは一度自分の部屋に戻ってからそれぞれに大学と職場へ向かう。
残された新田と結衣、そして今回は獏を含めた三人は、再び新田の実家へと向かった。
……新田の家に預けられている、白虎の力を受け取るために。