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第八夜 座敷童(その三)

●第八夜 座敷童 (その三)

「来なさい、周平。そして朱雀の巫女よ」

 最早敵意はない。そう言いたげな新田周平あらた・しゅうへいの兄、周一の姿に、彼と、彼の相棒である芦屋結衣あしや・ゆいは顔を見合わせる。

「来ないと置いて行きますよ?」

 屋敷の奥へと進みながらそう告げる周一に、慌てて二人は後を追いかける。

「急に中に招いて……いったいどういう風の吹き回しだ」

「こら、新田! 相手はお兄さんなんでしょ!?」

 兄に向って喰って掛かる新田をなだめる結衣。そんな二人の前で乱れた服を正し、周一は奥の襖を開ける。

「言葉を慎みなさい。童様の前ですよ」

 そう言って招かれた部屋の奥……そこに居たのは最初に出迎えてくれた子ども。そう座敷童であった。

「童様。弟と巫女を連れて参りました」

「周一、童は周平を閉じ込めて置け、そう言った筈よな?」

「それが、話が変わって参りまして……」

 周一は言い繕うとするが、その態度が座敷童の気に障ったのか、彼女が上下に手を動かすと、まるでそれに合わせたかのように周一の身体が天井と床を、まるで毬が跳ねるかのように行ったり来たりする。

「止めろ、童! それ以上すると兄さんが死んでしまう!!」

「そうよ! 止めないと……!」

 慌てた新田の声に、式神の唐傘お化けを居合の構えで握った結衣の声が重なる。

 二人の反応に……特に新田の声に座敷童はちぇっと一言呟くと、ドサッと言う音と共に周一を解放した。

「だ、大丈夫か、兄さん!!」

「お兄さん、大丈夫?」

 慌てて駆け寄る新田と結衣。だが周一は手当てを……と結衣が取り出したハンカチを遮り、童に首を垂れる。

「大丈夫です……それより童様。どうやら弟……周平は朱雀の巫女と深い繋がりを持った模様です。あの計画を実行すべき時ではないでしょうか」

「あの計画? 俺はアレの封印さえ解いて貰えれば……」

 兄の言葉に、新田は首を傾げる。あの計画とはなんだ、朱雀の巫女……結衣と関係あるのか?

 いざとなれば、結衣を護らなくてはならない……そう身構える彼に、童は神妙そうに告げる。

「東京の四神結界、それが弱っているのは陰陽師となったなら知っていると思うが……それを復活させる方法があるとしたらどうする?」

「……っ!?」

「そんな方法があるのか!?」

 驚く結衣と新田。童は頷くと、結衣の方を見て頭を下げる。

「朱雀の巫女よ、無礼を働き申し訳ない……西の街道、白虎を祀る新田の家の守り神として頼む。見立ての儀式の依り代になってはくれぬか?」

 依り代、その言葉に新田は慌てて結衣を見る。結衣は何が何だかと言った表情を浮かべていた。


「ちょっと、さっきから朱雀に白虎にって、まずはどうなってるのか説明してよ!」

 結衣の叫ぶような声に、座敷童はそれもそうかと考える。

 部外者の結衣だけなら兎も角、新田も家を離れて長い。改めて説明する必要があるだろう。

「そうだな……話は少し長くなる。時代は江戸に遡るがよいな」

 そう切り出した座敷童に、頷く新田と結衣。二人の仕草にヨシと告げた彼女は、事のあらましを話し出す。

「新田の家……元は街道整備の役人だった。当代の新田の主がある日、東海道を整備している最中にあの方に出会ったのよ」

「「あの方?」」

 座敷童の言葉に新田と結衣が同時に問う。そう、あの方……『天海僧正』よ、と彼女は答えた。

「天海僧正は、江戸……今の東京の四方を結界で覆うと言う巨大な術を執り行おうとしていた。そのための東海道整備……白虎は西の街道に宿るからね」

 そして天海僧正は西の街道を守護するための特別な役を新田の家にくれた……白虎を祀り、東海道を安寧にするための見守り役。

私は新田の家が廃れないためのお目付け……そう座敷童は告げる。

「新田の家には、その加護か白虎の力を宿す者が産まれるようになった。周一には宿らなかったが……坊、周平にはそれが宿った」

「だが、それを嫌がって俺はその力を封印して逃げ出した……と言う訳だな」

 新田の言葉に、座敷童はコクリと頷く。だからこそ、十年ぶりに帰った彼に役目を果たさせるため、閉じ込めようとした。

 まさか四神の力を使った結界を、同じ四神の力で打ち消されるとは思っても見なかった……そう怪我の手当てをした周一は告げる。

「でもこれで分かった。四神の力……朱雀の力があるのなら、坊、あなたは白虎の力も持たねばならない。そして可能なら、残る青龍、玄武の力も。そして見立ての儀式を完成させねばならぬ」

「四神を一人に集める……と言うことですか?」

 結衣の問いかけに、座敷童は神妙な面持ちで頷く。


日本には古来より伝わる『見立て』と言う儀式がある。

巨大な存在を小さな物に見立て、それに術を行うことで巨大な物に効果を発揮させると言う遠い昔より存在する術。

 例えば日本列島。全長は三五〇〇キロメートルもある広大な国土を霊的に守護したいと思っても、現地を全て回り、各地で術を掛けていくのは実質的に不可能である。

 だが日本列島を日本地図で見るなら別だ。一人の人間が一枚の地図で日本列島を端から端まで見渡すことが出来る。

 そしてそこで登場するのが『見立て』である。

 日本地図を実際の日本列島に『見立て』て、術を執り行う。

 そうすることで『見立て』た地図は実際の日本列島に反映され、その地で術を行ったのと同じ効果を発揮する。

 これにより北の果てから南の先まで、日本全国どこにでも術を掛けることが出来るのだ。

今回、座敷童が提案したのは、東京の四神結界が弱まっているのなら、東京に見立てた小東京を作り、その中に四神を宿らせ活性化させることで本来の東京の結界を維持すると言うもの。

 ただ四神を宿らせるなら、見立てる側にもそれ相応の器が必要……ただの東京の地図ではダメと言うことだ。

 四神を受け止められる器。それは既に四神の一体である朱雀を宿している結衣。彼女の中の魂が相応しいと童は告げる。

 以前の事件で分った通り、結衣の魂は東京の街を生み出す程広大である。

そんな結衣の魂の中に現在宿している朱雀だけではなく、残る白虎、青龍、玄武の三体を宿らせ四方に配置する。

 そして四神に霊力を注ぎ活性化させることで、弱っている東京の四神結界を強化しようと考えたのだ。


「私の中に、四神を全て宿す……」

 座敷童に告げられた結衣は、本当にそれが自分に出来るのか、胸に手を当てつつ考える。

 東京の街を護りたい、それは朱雀に告げた通り結衣の本音だ。

 だが、実際にそれが出来るのかは別問題……悩む彼女に、童が告げる。

「心の、魂の中の管理には、獏がちょうどいいのだが……」

「獏なら知り合いに居ます。……協力も頼める関係です」

 先日知り合った獏のあやかし、夢見獏ゆめみ・ばくの存在を思い出しながら、新田は座敷童へ告げる。

「ならば話は早い。朱雀の巫女。そなたの夢の中……魂の中に東京の街を造り、四神を宿らせるのじゃ! それがこの東京を護る唯一の手段、最善の策じゃ!!」

 座敷童は結衣に決断を迫る。四神による結界……四神相応を再起動させるには、結衣の魂に東京の街を作り、四神を宿らせる。それしかない。それがこの街を護る最善の方法だ、そう座敷童は説く。

「……少し、考えさせてください」

「ちょっと、新田!? す、すみません、失礼します」

 迫る座敷童に対し、新田は結衣に断りもせずそう告げると、慌てて挨拶する彼女を連れ屋敷を出る。

 今度は座敷童も周一も二人を止めようとしない。

結末は解っている、そう言いたげな表情で新田と結衣を見送ってくれた。


 新田は駐車場に停めてあった社用車のミニバンに乗り込むと、キーを回してエンジンをかける。

 途端にエアコンの冷たい風が送風口から流れ出して来た。

「ねぇ新田。なんですぐ返事をしなかったの? 実家の守り神様なんでしょ?」

 送風口から流れる風に顔を近づけつつ、結衣は胸元をパタパタと仰ぎ涼風を全身で浴びながら訪ねる。

「……千紙屋で修行し始めてから、色々なあやかしと出会ってきて、時には化かされたり騙されたりもしたからな。疑心暗鬼になったのかも知れないな」

「それにしても、私の心の中で東京を見立てる、ねー……確かに、荒唐無稽もいいとこよね」

 しかし、彼女は知っている。いや新田も知っている筈だ。結衣の夢の中の世界は荒廃したとは言え東京を写していた。

 だが、まずは結衣の夢の東京……荒廃した街の復興を行わなくてはならないだろう。

「問題は東京の再構築、か……まずは獏に頼んでみないと」

 そう言うと、新田はスマートフォンを取り出し『千紙屋』の事務所の番号をコールした。


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