●第八夜 座敷童 (その二)
「で、アイツはなんなの?」
実家の蔵に閉じ込められた
脱出出来る場所は無いかとスマートフォンのライトを頼りに蔵の隅々まで探し、ネズミ一匹抜け出す隙間もないことを確認すると、一旦落ち着こうと土間に集まる。
この蔵は座敷牢を兼ねていたようで、水場から何から備えられており、薄暗いことを除けば生きていくだけなら……食料が外部から供給されれば、との前提は付くが、出来そうであった。
蔵の水場に設置されていたポンプ式の井戸から水を汲み上げ、置かれていた適当なコップに注いだ新田は、結衣に水を差し出しながら彼女の質問に答える。
「
「座敷童って、住んでいる家を反映させる代わりに、離れると没落するんだっけ?」
渡された水を飲みながら、結衣は座敷童について思い当たる知識を述べる。
それで新田が十年家を離れていても、あやかしだから姿が変わらないのかと結衣が一人納得していると、彼は巻き込んですまないと頭を下げた。
「まさか童がこんな強硬手段を取るとは思わなかった……暫くすれば家族の誰かが戻るから、それまで辛抱してくれ」
新田がそう言うなら……と結衣は納得する。
幸いにも食糧は結衣が手土産で用意した菓子があったのと、トイレも水場に厠……剥き出しだったので衝立を置いたが、井戸のポンプで水洗の物だったので問題はなかった。
だが問題だったのは、昼を廻って夜を過ぎても、誰も蔵へ来ないこと。
おかしいと思いつつも一晩を明かすが、翌日になっても誰も来る気配がない。
「流石におかしい……結衣、唐傘は持っているな?」
「うん。扉を壊すのね」
そうだと告げる新田に従い、結衣は背負っていたカバンから折り畳み傘……式神の唐傘お化けを取り出すと霊力を流し、一本足に和傘のあやかし本来の姿へと戻す。
そして朱雀と語り合ったことにより得た力……炎の霊力を手にした唐傘お化けの表面に宿し炎の剣を生み出すと、重厚な蔵の扉を結界ごとバターのように易々と斬り裂いてみせる。
「驚いた……朱雀の力が残っていたのもそうだが、その力を使いこなせるようになっていたのか」
「へへっ、結衣ちゃんは日々進化するんだよ! それよりも新田、早く脱出しようよ!!」
そう言って驚く新田の手を取り、蔵を脱出しようとする結衣であったが、彼女たちの前に立ち塞がる者が居た。
「ほう、朱雀の巫女か……困るよ周平。勝手に出ていかれたら、僕が童様に怒られる」
「……周一兄さん」
周一と呼ばれた男……新田の兄らしいが、なんだか嫌な感じがする。
直観的にそう判断した結衣は、新田を庇うように唐傘を構える。
「巫女様には関係ない。これは新田家の話し……家族の話しだ。部外者は黙っていてくれないか?」
そう周一は結衣に告げると、軽く手を振る。その途端猛烈な風が勢いよく吹き、彼女は広い庭の奥へと吹き飛ばされる。
「結衣!? やめろ兄さん、彼女は関係ない!」
「だったら止めてみるか? 勝てないよな、僕には……なあ、周平?」
兄から発せられる迫力にゾク、っと新田の背筋が凍る。
初めて『千紙屋』を訪れた時、社長である平将門(たいらのまさかど)は初見で気付いていたようだが……新田の家は歴史ある陰陽師の家系であった。
そこで陰陽師としてエリート教育を受けてきた兄、周一と、それが嫌で進学と共に家を出た弟、周平。
今は弟、周平も兄と同じ陰陽師となり、同じ立場に立てたかと言えばそうではない。
戦闘力、経験、霊力……はさておき、兎も角兄とは実力差が桁違いにあるのだ。
「周平……童様から聞いたよ。陰陽師なんて危険な仕事は辞めて、家で大人しく暮らしなさい」
「兄さん、俺は将門公の下で、結衣と……朱雀の巫女と共に東京を護ると言う使命を与えられたんだ。何もできなかった俺に、初めて……だから俺は力が必要なんだ。童に封じられていた力、返して貰う」
結衣への態度とは裏腹に、弟に対しては優しく諭すように告げる周一。
だが、それでも新田は……周平は諦めない。
実力差がなんだ。こっちだってあやかし事件を解決し、将門社長の元で修行をし、力を付けているんだ。
簡単にやられたりはしない……周平はそうスマートフォンを、そしてその先にぶら下がっている式神の古籠火を取り出す。
「ほう、式神……古籠火か。炎で兄とやり合おうと言うのだな」
「そうだとしたらどうする!?」
ふっ、と笑う周一は、陰陽師で使う陰陽五行説が描かれた太極盤を取り出す。
「ではやってみなさい。無駄だと言うことをその身で分からせてあげましょう」
「くっ……古籠火!」
新田の掛け声でストラップサイズから手のひらサイズになった石灯籠。その灯りの部分から炎が噴き出す。
しかし、周一は恐れることなく呪を唱えると、陰陽五行の火を呼び出し相殺してみせる。
「どうしました? それで終わりですか……残念ですね、もう少し強くなったかと思ったのですが」
「舐めるなっ! 古籠火、もっとだ、もっと燃やせ!!」
残念そうに呟く周一の言葉に、新田は吼える。体内に眠るあらゆる霊力・妖力を用いて周一を焼き尽くそうと念じる。
「ほう、火力を増しましたか……ならばこれでどうです、五行の水……相克也」
炎を消すと、太極盤に新たな呪を唱える周一。すると渦を巻く水が発せられ、古籠火の吐き出す炎を押し込む。
「水は火を消す……これ五行の相克。周平、幾ら頑張っても炎では兄に勝てませんよ」
五行説……宇宙の全ては水・金・土・火・木の五つの元素から成り立つと言う考え。
陰陽道の基本でもある五行、そのなかで水と火は、水が火を消すと言うように抑制・調節する関係である相克と呼ばれていた。
そのため幾ら新田が古籠火で炎を吐きだそうとも、兄である周一の水の前では打ち消されてしまう。
「どうしましたか、これで終わりですか?」
「うぅっ……もっと火力を、そうだ! 俺の体内に封印した朱雀の炎なら……!」
兄の術に追い込まれた新田は、禁断の封印に手を掛けようとする。
「ダメだよ、新田! お兄さんに向けてそんなことをしちゃ!」
それを止めたのは結衣だ。吹き飛ばされた先にあった枝木で傷だらけになりながらも、庭を走り抜け新田の腕を取ると矛を収めるように告げる。
「ほう、朱雀の巫女が止めますか……どうやら深い関係にあるようだ。良いでしょう、話ぐらいは聞いてあげましょう」
古籠火の炎と五行の水が止まったのは同時であった。