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第八夜 座敷童 (その一)

●第八夜 座敷童 (その一)

「結衣、今度の週末、暇か?」

 金曜日の朝。神田川沿いにあるアパートの一室……そのダイニングでは、ニュースサイトをタブレット端末で眺めていた新田 周平あらた・しゅうへいが、トーストにバターとジャムを塗りたくっていた同居人である芦屋 結衣あしや・ゆいにそう言えばと切り出す。

「ん? そうね、暇ったら暇だけど……なに、デートにでも連れて行ってくれるの?」

 どうせ違うと言われ、何か適当な用事でも頼むのだろう。そう何時もの調子で彼女はトーストを齧りながら返すと、新田は少し真剣な表情で結衣に顔を向けるとこう告げた。

「実は、実家に顔を出そうと思うんだ……結衣に付いて来てくれると助かる」

新田のその言葉に、齧りかけのトーストを思わずテーブルに落とす結衣。

いきなり実家!? 両親に顔合わせ!? 彼女の頭がグルグルと混乱するなか、新田は話を続ける。

「俺の実家、霊能力者の一族でな……それで関わらないようにしていたんだが、陰陽師見習いとなった今はそうは行かないだろ」

 霊能力……あやかしに関わるのが嫌で、新田は実家から逃げるように中学・高校・大学と一人暮らしをし、そしてそのまま実家に帰らずブラック企業に勤め、紆余曲折の末、秋葉原のあやかし融資・保証の『千紙屋』で陰陽師見習いとなった。

 こうなれば、一度実家に顔を見せ、今後の為にも霊能力者として手に入れられる力は得ておきたい。そう新田は考えたのだ。

「そ、それで、なんで私が一緒なのよ……」

 テーブルの上を片付けながら、結衣は新田に改めて問う。それこそ一人で行けば良いじゃないか、実家なんだから、と。

「どうもな……嫌な予感がするんだ。だから相棒である結衣には一緒に来て欲しい」

 ……霊能者の直観。これは馬鹿にするものではない。魂が神に近づけば近づくほど、その直感は神託に近くなる。

 特に今の新田は、結衣の中に封じられていた東京を結界で護る四神、神獣朱雀の力を体内に宿している。その影響があったとしてもおかしくはない。

 だが、意中の人の実家に行くとなると、直ぐにはうんと言えないのが複雑な乙女心。

 これが普通のデートの誘いであれば二つ返事でイエスと言える……と結衣は思っているのだが、きっと現実は素直に返事出来ないのだろう。

 普通のデートの誘いでそれなのに、今回はデートを飛び越えていきなり実家。実家なのだ。

 挨拶とか挨拶とか挨拶とか、恋する乙女は色々と考えてしまう。

「そ、そんな急に言われても……」

 顔を赤らめ、火照った頬を両手で隠す結衣に、新田は頼むと頭を下げる。

 好きな人にそこまで言われたら、頼られてしまったら……女として断れやしないじゃない。そう諦め、そして覚悟を決めた結衣は、仕方ないわね、とため息を漏らす。

「仕方ないわねー、この結衣ちゃんが力になってあげますか!」

「そう言ってくれると助かる」

 特別によ? と、く、べ、つ、に。そう告げる結衣の手を新田は頼もし気に握りしめる。

 新田の大きな手に握られ、急に恥ずかしくなる結衣。

「あー、その、手土産とか用意した方がいい?」

 照れた顔を見せないように顔を背けながら、結衣はご両親への挨拶を想像する。

無作法は良くないかな、とか思ってしまう辺りは女の子である。

「別に要らないとは思うが……任せるよ」

 そんな気も知らない新田にそう言われて、このニブチンが! と結衣はぷくーっと頬を膨らますのであった。


「ほぇー、おっきいね」

「まあな、江戸時代から続いているとかなんとか……だからこの家が嫌だったんだ」

 文京区白山。古くから続く高級住宅街の一角に新田の実家はあった。

 白山と言えば、歴史の授業で習った江戸幕府が作った薬菜園である小石川御薬園、今の小石川植物園……東京大学大学院理学系研究科附属植物園がある場所として有名だ。

 その周囲も古くは江戸時代の大名屋敷や武家屋敷が集っていたエリアで、新田が言うには彼の家はその武家屋敷の中の一つ、らしい。

 最後の言葉は呟くように小さく聞こえなかったが、新田が何か思うことがあるようだ、と言うのは結衣にも分かった。

 そんな新田の方を見ると、彼は覚悟を決めたのか深呼吸をしてからインターフォンのチャイムを押す。

 軽快な呼び出し音の後、ガチャと言う音と共にスピーカーから声が響く。

「はい、どなたですか?」

「周平です、ただいま帰りました」

 その途端、スピーカーの向こうでドタバタと言う音が聞こえたかと思うと、扉が開かれる音がし、玄関の門が開けられる。

「坊、お帰り!」

「……ただいま、わらし

 飛び出して来た着物姿の小柄な子どもを、新田は懐かしそうに抱きしめる。

 抱きしめられた少女は、無表情だった顔が歪み、今にも泣きだしそうになる。

「はやく中へ入ろう、外は危なくていかん」

 涙を堪えつつ、童と呼ばれた人物はそう言うと新田を屋敷の中へと引き入れる……呆気にとられた結衣であったが、付いて行っていいものかと迷いつつも、おじゃましまーすと呟き屋敷の中に足を踏み入れた。

「(結界!?)」

 その瞬間、結衣の肌を異質な感覚が走る。

外と屋敷を区切る結界。それはまるで鉄格子に似た感触で、外部からの干渉よりも中のモノを逃がさないために作られた感じがした。

 だが、新田も童と言う者もそれを気にしてはいない様子……結衣は下手に騒ぎ立てない方が良いと判断すると、通された玄関で靴を揃えて並べ新田に追いつく。

「坊が居なくなってからな、童は寂しかったんだぞ」

「あんた、何年家に帰ってなかったの?」

 新田が屋敷の中に入って安心したのか、泣きそうな顔だった童は破顔し満面の笑みを浮かべていた。

童の余りの懐きっぷりに、新田の耳元へと結衣はこっそりと耳打ちする。

 問われた新田は指折り数えて……十年ぐらいかな、と告げる。

 そう返された結衣は不思議に思う。十年……おかしい。この童と言う子はどう見ても五~六歳。十年とすれば存在していない筈。

 それを不思議に思っていない新田もおかしい。まるで時が止まっているかのような……? そんなことを結衣が考えていると、彼女の存在など気にしないかのように童は新田に話しかける。

「坊、今日は球蹴りして遊ぶか、それとも流行りのピコピコか、何して遊ぶ?」

 早く遊ぼうと話しかけて来る童の言葉に新田はと言うと、今日はそうじゃないんだと告げる。すると途端に彼女は落胆する。

「じゃあ、なんの用事だ? 今日は帰らないんだろ? ずっと童といるんだろ?」

 それも違うと新田は首を横に振ると、童に自分が陰陽師になったこと。平将門(たいらのまさかど)公に仕えていること。隣に居る結衣はその相棒であることを話す。

「今日は、童に施して貰ったアレの封印を解いて欲しいんだ。陰陽師として生きるには、それが必要なんだ」

「そんなの嫌じゃ! 坊は童と一生ここで暮らすのじゃ!!」

 新田の言葉に……自分勝手な願いに、怒りの表情を浮かべる童。

 その瞬間、屋敷を包んでいた空気……結界の向きが変わったのを新田と結衣は感じ取る。

 そして屋敷の一角にあった蔵の扉が重苦しい音を立てて開き、まるで掃除機のように新田を吸い込もうとする。

「なっ……!?」

「あ、新田!!」

 柱に掴まり、必死に新田の手を掴む結衣であったが、蔵の吸い込む力はそれ以上……二人は易々と飛ばされ、蔵の中へと放り込まれる。

 そして新田と結衣、二人の目の前でバタンと言う重い音と共に扉が閉まり、閂が掛けられる音が響いた。

「これで坊は出られない……これで童と一緒。ずうっと一緒じゃ」

 出しなさいよ! と、結衣は門を叩くが、返事は返ってこない。

 こうして、二人は蔵の中に閉じ込められたのであった。


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