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第七夜 獏 (その一)

●第七夜 獏 (その一)

『新田……私のこと、好き……?』

 桃色で星が流れる世界……特徴的な白い髪をショートカットにした、雪のように白い肌と赤目の少女がそう言いながら腕を取り迫って来る。

 なぜだか彼女は服を着ていない……未成熟な肢体とそれに乗る薄い胸には淡い桜色をした頂点が二つ露わになっている。

『新田さん……新田さんは、私のことが好きですよね?』

 今度は反対側からロングヘア―の女性が現れ、同じように彼の腕を取る。

彼女も同じく服を纏っていないが、先程の少女とは違いメリハリある肢体のそこかしこを光り輝く鱗で覆い、大事なところを隠していた。

「結衣……白さん……俺は……俺は……」

 彼女たちに迫られている彼……新田 周平あらた・しゅうへいは、白髪の少女……芦屋 結衣あしや・ゆいと、ロングヘアーの女性……蛇迫 白じゃさこ・しろ、どちらの女性の手を取るべきか思い悩む。

「結衣……白さん……」

『新田……!』

『新田さん……!』

 結衣と白、彼女たちに呼びかければ、二人の女性は新田に身体を密着させながら、耳元で囁くように答えて来る。

 二人の女性的な柔らかな膨らみの感触が、押し付けられた背中越しにダイレクトに伝わって来るかのようだ。

「俺は……俺は……どちらかなんて選べない……」

 どちらの手を掴むのが正解なのか。答えのない悩みに頭を悩ませる新田。

二人の女性は新田の腕を取ると、お互いに向け強く引き合う……引き裂かれるような痛みのなか、そんな彼の耳に突然第三の声が響き渡る。

『選べないなら、どちらも選ぶのも良いと思いますよ~』

 次の瞬間、新田の夢が掃除機に吸われたかのように誰かに吸い込まれる。

 残った新田と結衣、そして白は、新しく広がった星空のような夢の空間で、彼の手を優しく握ると微笑み合う。

 まるで先程までの取り合いが無かったかのように平和な夢。

 ……そう、夢なのだ。これは新田が見ている夢。

 では、その夢を書き換えたのは誰だ?

「誰だっ!」

 新田は布団を蹴飛ばしつつベッドから跳ね起き、声を上げる。

 ドシンと言う音を立て、暗闇のなか、そこには見知らぬ少女が驚き腰を抜かしていた。

「はわわっ、まさか夢から自ら起きられるだなんて……」

 新田は寝込みを襲われるとは……そう思いつつ、反射的に式神であり、携帯ストラップに化けた古籠火をぶら下げたスマートフォンを手に取る。

「はわっ!? て、敵とかじゃありません!! 無害です!!」

「じゃあ、なんだって言うんだ!?」

 スマートフォンを掲げたまま新田が少女に詰め寄ろうとした時、部屋の扉がバンっと開けられる。

 そして部屋の明かりが点けられる……急に明るくなった部屋に、眩しくて手を翳す新田と謎の少女。

入り口の方を向けば、そこには新田の隣の部屋で寝ていた筈の同居人、芦屋結衣が照明のスイッチを押し怒りに震えていた。

 夢の中とは違い、彼女はオーバーサイズのロングTシャツを着て、頬を少し赤く染めながら叫ぶ。

「何時だと思ってるの! せっかくイイ所だったのに……って新田、その女だれよっ!?」

「はわわっ、怪しい者じゃないんですー!」

 こうして、二人の少女の叫び声が新田のオタクグッズが並べられた狭い部屋に響き渡るのであった。


「それで、夢見 獏ゆめみ・ばくさんだっけ? なんで新田の部屋に居たの」

「獏は夢を……悪夢食べているあやかしなんですが、ここ数日何も食べれてなくてお腹が空いちゃいまして。そんな時に美味しそうな悪夢の匂いに釣られてついフラフラと」

 事情聴取のためリビングへと移動した新田と結衣、そして夢見獏と名乗った少女。

 深夜と言うこともあり、カフェインの入っていない暖かい飲み物として差し出されたホットミルクの入ったマグカップを、ふぅふぅと冷ましてから美味しそうに口を付けた獏は事情を二人に話す。

 獏と言えば、確かに悪夢を食べるあやかしだ。だが美味しい悪夢ってなんだろう……? そう新田と結衣は思いつつ、まずは新田が獏に尋ねる。

「腹が減ってた、ってことだが……普通の食事じゃダメなのか?」

 新田の問いかけに、獏はうーん、と呟いた後、上手く説明できないかも知れないですが……と前置きを挟み話す。

「例えばこうやってホットミルクを頂くと、お腹は満足して一時的な欲求は満たされるのです。ですが、魂の本質的な部分……心の内側、と言えばいいんでしょうか。それが反対に渇いて行くんです。そして満たせ、満たせと訴えて来ます」

 そう説明したあと、今は新田さんの夢を食べたので、非常に満足してます。そう獏は告げる。

「ねぇねぇ、あなた、新田の夢を食べたってことは、新田が見ていた夢を知ってるのよね? どんな夢だったの?」

 好奇心からか、結衣が獏に新田の夢を尋ねる……だが、彼は夢の内容を、特に結衣には話されては堪らないと素早く獏の口を押えたかと思うと、結衣に向けて笑顔で話しかける。

「良いか、結衣。夢の中は治外法権だ……俺がどんな夢を見ていたとしても、それが結衣に関係することではない。いいな?」

「ちょっと、そんなにマジにならなくても良いでしょ? ……少し興味が湧いただけじゃん」

 新田にそう諭され、文字通りしょぼんと落ち込む結衣。話題を変えようと新田は獏に尋ねる。

「獏と言えば見たい夢を見させることが出来るとも聞くが……君はそう言うことも出来るのか?」

 その言葉に口を押えられていた獏はコクコクと頷く。

そして新田の手から解放されると、今なら新田の悪夢のおかげでエネルギーも満タンなので、どんな夢でも見せられると豪語する。

「それじゃあ……結衣、試しに夢を見せて貰ったらどうだ? なんかさっき言いかけていたが、いい夢の途中だったんだろ?」

 どんな夢を見ていたのか……あー、そのーと結衣は一瞬後ろめたい顔をするが、確かに新田の言っていた通り夢の中は治外法権。どんな夢を見ても怒られない。

「そ、それじゃあ……お言葉に甘えて、試させて貰おうかな?」

 そう言うと、ホットミルクを飲み干した結衣は、シンクにカップを運んで水に浸けると獏の手を取り寝室へと向かう。


「それで、どうすれば望む夢を見れるの?」

 抱き枕を抱きながら、ベッドへと横になった結衣は、ベッドサイドにちょこんと正座する獏に話しかける。

「見たい夢をイメージしながら寝て下さい。難しかったら、頭の中で窓を想像して、その窓の先に見たい夢をイメージすると見やすいです。あとはボクが誘導します」

 獏がそう告げると、わかったと返事した結衣は、部屋の電気を消すと枕に埋もれながら瞳を閉じる。

 そして見たい夢……折角だから遊園地とかがいいな。それで、新田も一緒に……そんなことを考えながら頭の中に窓を作り、その先に遊園地と新田のイメージを描く。

 次の瞬間、結衣は夢の世界に居た。だが、それは夢とは思えぬ現実的な雰囲気。

 完全に再現された、見たことのある場所……それはクラスメイトと遊びに行った東京ドームシティの入り口であった。

「ここは、東京ドームシティ? 凄い、本当に再現出来てる……じゃ、じゃあ、新田は!?」

「俺はここに居るよ、結衣」

 目の前に見える東京ドームと、その隣に広がる遊園地。結衣は新田の姿を求めキョロキョロと左右を見渡すと、背後から彼の声が響く。

「さぁ、結衣。デートを始めようか!」

 振り向けば、そう言って手を差し出してくる新田……現実ではこんなこと言ってくれるのはありえない。

だから、これは夢だと自分に言い聞かせながらも……それでも「うん!」と強く返事を返した結衣は、差し出された新田の手を掴み、まずはジェットコースターへと向けて駆け出す。

 二人で手を繋ぎ到着したジェットコースターは、並ばずに最前列に乗ることが出来た。

 安全バーから手を離し、両手を空中に差し出すと、重力と加速度に揺られながら結衣と新田ははしゃぎ声を上げる。

 並ばなかったのはジェットコースターだけではない。ぐるんぐるんと旋回するブンブンビーや、空に飛び出すような勢いで急上昇・急落下を繰り返すバイキング船。

何れも夢の中だからか、アトラクションはどれもこれも一番いい席に乗ることが出来た。

「新田、楽しい?」

 恋人握りで片手を繋ぎ、ソフトクリームを食べながら園内を歩く結衣は、新田に何気なしに問いかける。

「ああ、楽しいよ。結衣は楽しんでるか?」

新田に逆にそう言われ、結衣はふと考える。本当に自分はこの状況を楽しんでいるんだろうか?

 夢の中の新田は、自分の夢だからか、私がして欲しいことを常にしてくれる。

 手を差し出せば繋いでくれ、掛けて欲しい時に声を掛けてくれて、欲しい時に欲しい物をくれる。

 だが現実の新田は? ……きっとそんな器用なことはしてくれない。

 手を差し出しても無視される。本当に必要な時以外、欲しい時に言葉も物も来ない。

 段々と晴れていた空が暗くなる……そしてぽつり、ぽつりと黒い雨が落ちてきた。

「結衣、濡れるぞ……こっちへ」

 何時の間にか取り出した傘を広げ、不安な顔で結衣に差し出した新田……これもきっと私の望む、私の望んだ行為。

 ……こんな世界で本当に良いのか? 結衣は自らに問いかける。

 そして空模様と同じように、段々と心が闇に染まっていった。


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