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第六夜 舟幽霊 (その二)

●第六夜 舟幽霊 (その二)

「結衣! 結衣!!」

 舟幽霊の手を振り切り海面に浮上した新田周平あらた・しゅうへいであったが、腕の中の芦屋結衣あしや・ゆいが息をしていないことに気が付く。

 白い肌も、白から青白く染まっていく……一刻の猶予もならない。

 そう判断した新田は、沈みかけのボートにまず彼女を引き上げると、顎をクイっと持ち上げ気道を確保する。

「結衣、スマン!」

 そう告げると、新田は大きく息を吸い、結衣の唇に自らの唇を押し付けると息を流し込む。

 二度、三度と繰り返していると、結衣はげほっと飲んでいた海水を吐き出し、荒くではあるが自らで呼吸をするようになった。

「ふう、良かった……」

「げほっげほっ、何も良くないわよ。乙女の唇を奪っておいて……それもこれもこいつ等のせいだ!」

 舟幽霊たちに理不尽な怒りをぶつける結衣であったが、もうボートは限界、いつ沈んでもおかしくない状態であった。

「恨みつらみなら後で聞く、飛び込むぞ!」

「了解っ!」

 舟幽霊が柄杓で海水を注ぎこむボートから、海へと飛び込む新田と結衣。

 その衝撃でボートは沈み、舟幽霊の手で海の底へと引きずり込まれていく。

 だがそれで終わりではなかった……舟幽霊たちは、次に海に浮かぶ新田と結衣の身体を掴むと、ボートと同じように沈めようと掴みかかって来る。

「結衣、こっちに……! 古籠火、焼き切れ!」

 結衣を護るべく彼女へと向かい手を伸ばす新田。結衣はその腕にしっかりと捕まると抱きしめる。

「そうだ……! 古籠火、火炎放射で推力に変えられないか?」

 そう言うと新田は古籠火を海面ギリギリまで近づけると火力を全開にする。

するとジェット噴射の要領で、滑るように砂浜へと向け海面を進む新田と結衣……残された舟幽霊たちは、恨めしそうに二人の姿をしばらく見ていたが、やがて一つ、また一つと腕は海中に消えるのであった。


「マジかー、やるねー?」

「ひゅーひゅーだよ!」

「やっぱりお兄さん大好きだったんだね!」

 砂浜に上がった結衣たちを、榊原愛さかきばら・あい藤堂舞とうどう・まい、そして星川美唯ほしかわ・みいの三人が迎える。

 何のことだ? と思う新田であったが、ふと横を見れば結衣がしっかりと腕に抱き着いたままであった。

「わーっ!! 違うから! 違うからっ!!」

 新田の視線で結衣も気が付いたのか、掴んでいた腕を放して両手でブンブンと振り回す。

 そんな結衣の慌てように、愛たち三人は怪しいですなぁ~と彼女を問い詰めるためジリジリと近づく。

「さぁ、随分泳いだようだから……日焼け止め、塗り直さないとだね」

「リラックスして……すべて吐こうか」

「ふふふ、怖くないよー?」

「い、いや、アンタたち、絶対酷いことする気でしょ!?」

 迫る愛、舞、美唯の三人に、咄嗟に新田の後ろに隠れる結衣。

 だが素早く三方を囲まれ、むんずと腕を掴まれる。

「お、おにいちゃーん、たすけてー!」

「結衣……南無」

 助けを求める結衣に、新田は触らぬ神と女子高生に祟りなしと手を合わせる。

 助けようとすれば、きっと新田が日焼け止め責めを喰らうことになりかねない。

 せめて人工呼吸の件は黙っておけよ、と連れ去られる結衣の姿を黙って見送る新田なのであった。


「……みんな疲れ果てたみたいだ。電池が切れたように眠っているな」

 新田と女子高生四人を乗せたミニバンは、首都高湾岸線から9号深川線へと乗り換える。

 新田はそれぞれの家まで送ろうか、と提案したのだが、水上スクールバスの発着する両国発着場の最寄りである両国駅解散で構わないと愛たち三人は告げた。

 と、言っても、そう告げた三人は後部座席ですっかり夢の国の住人……渋滞も相まって、起きる気配はなかった。

「結衣、起きてるか?」

「……なーに、お兄ちゃん」

 運転する新田の問いかけに、助手席の結衣は不機嫌そうに答える。

 どうやら先程庇わなかったことをそうとう根に持っている様子だ。

「そろそろ機嫌直せよ……それより、さっきの件だ」

 さっきのこと……人工呼吸のことを思い出したのか顔を赤くした結衣に、そっちじゃないと新田が突っ込みを入れる。

「舟幽霊についてでしょ……分かってるわよ。でもどうするの?」

舟幽霊……幾ら相手のホームグラウンドであったとは言え、見習いであったとしても陰陽師として、祓うどころか結局逃げ出すので精一杯だったのは屈辱だ。

「帰ったら社長に相談してみようと思うんだが……放っておく訳にもいかないからな」

「うん、賛成。でも私の唐傘なら兎も角、あんたの古籠火、水中じゃ使えないでしょ?」

 アレが使えればな……と思いつつ、今は古籠火に頼るしかない新田は、ゆっくりと車を進ませながら思い悩む。

 その悩みに答えたのは、あやかし相手の金融業者『千紙屋』……いや、今回はあやかしトラブルの解決屋『千神屋』の社長、平将門たいらのまさかどであった。


「葛西海浜公園の方には私から連絡しておきました。自由に暴れて来なさい」

 秋葉原の雑居ビル、その五階にある千神屋のオフィス。社長である将門は、都庁を通して公園の管理部門には話を通したと新田と結衣に告げる。

「ありがとうございます。ですが……」

「古籠火のことですね。そうですね……新田君には、今回コレを貸し出しましょう」

 そう言って将門は一枚のプラスチック皿を机に置く。

 それは確か石灯籠の古籠火、折り畳み傘の唐傘と一緒に選択の場に出された式神の一体。

 将門は水の入ったコップに手を伸ばすと、皿にその中身をかける。

 皿は水を吸収し、その姿を変える……それはファンシーな三頭身の河童であった。

「河童ですか……これなら確かに」

「か、可愛いっ!」

 その愛らしい姿とは裏腹に、秘められた妖力の波動に勝機を感じる新田と、ぬいぐるみのような河童の見た目にすっかりメロメロな結衣。

「それにしても、俺たちが危険だって、よく分かりましたね」

「ふふふっ、こう見えても神ですから」

 千里眼、って奴かな。そう新田は考えると、河童と遊んでいる結衣に声を掛ける。

「結衣、行くぞ! 今度こそ舟幽霊を退治する!」

「うんっ! 河童ちゃん、頑張ろうね!」

 結衣は河童を抱き抱えると、先を行く新田の後に着いていく。

 その後ろ姿を眺めながら、新田君も結衣君も、成長しましたね……そう喜ぶ将門であった。


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