●第五夜 鼬 (その四)
「ま、将門社長!?」
同行している
「(あれは……桁が違う。人間なぞひとたまりもないぞ)」
「えっ、えっ!?」
朔夜の返事に驚く白。それも仕方ない……鼬が変化した
だがその本質は、当時の朝廷に牙を剥き、朝敵となり討伐されてもなお呪いを残す、日本三大怨霊とも呼ばれる高位の存在。
彼がその手を祓うと、周囲に漂っていた黒いオーラは搔き消え、黒雲が消滅し、清浄な空気に街は包み込まれる。
新田の傷も気が付けば癒え、絶大な力を感じさせるには十二分……そんな将門が敵に回ったのだ、陰陽師見習いとは言え、新田と結衣が敵う相手ではなかった。
「ぐはっ!?」
「きゃっ!!」
「新田さん! 結衣さん!!」
吹き飛ばされた新田と結衣の苦悶の声と共に、白の悲痛な声が響き渡る……将門、いや鼬は無手で軽く二人を薙ぎ払っただけでこれだ。
壁に向かって勢いよく吹き飛ばされた二人は、よろよろと立ち上がりながら、それでもそれぞれの式神を手にする。
新田は古籠火を、結衣は唐傘を。相手は将門の姿をしているが、本物ではない……ならばきっと勝てる。そう信じて諦めない。
「ふふふ、立ち上がって来ますか……それで良い。もっと足掻いて、みすぼらしく死になさい」
普段は温厚で物静かな姿しか見せていない将門が、口角を吊り上げると不気味な笑みを浮かべ、その瞳は狂気を宿していた。
「誰が……!」
「……死ぬかっ!」
将門の姿をした鼬に煽られながらも立ち上がった新田と結衣。新田は古籠火の炎を、結衣はその援護を受けながら唐傘で殴りに行く。
だが、二人の攻撃は偽将門の手から出現した陰陽太極図……結界の力で防がれる。
「結界……!?」
新田は反射的に鞄の奥へと手を滑らせる。一番奥に仕舞ってある封印された存在を思い出したのだ。
その手に伝わる重々しい存在感が、かつてその力を目の当たりにした時のことを思い出させる。
……その記憶は、彼の心の奥底に暗い影を落とすが、これを使えば逆転の目はある。
「これを使えば……くっ、封印が!」
しかし、幾重にも掛けられた封印は解けず、新田は嘆く。そう、この呪具には十重二十重に封印が施されている。
封印を解かずには使えない力は、ただの幻影……だが使えないのであれば仕方ないと彼は頭を切り替えると、呪具を握っていた手を胸ポケットへと差し込む。
「今、結衣と白さんを護れるのは俺だけ……頭を働かせろ、新田! ならばこれだ!!」
懐から取り出したのは人型の紙。それを三枚取り出すと、空中に浮かべ呪いを唱える。
人型の紙……形代は新田の姿に変化すると、四人の新田はそれぞれに古籠火を掲げる。
「偽将門! 今の俺の全力だ、受け取れ!」
四倍の火力……流石の将門と言えども防御陣を前方に集中させる。
しかし、それを待っていた者が居た……結衣だ。
「偽物なんて、ふっとべーっ!」
新田の攻撃で意識が集中したのを見計らい、背後に回り込んだ結衣が唐傘を振り上げ、その無防備な背中へと振り下ろす。
「どうだっ!」
手応えあり、そう感じる結衣の前で鼬の……偽将門の張った結界が崩れ、古籠火の炎が直撃する。
「ナイス、結衣! ……このまま燃やし尽くす!」
形代の力がなくなるまで新田もまた古籠火の炎を絶やさず、それこそ全霊力を使い果たす勢いであった。
いや、出し惜しみしていられる状況ではない、と言ったところか。
なにしろ、相手は神……平将門なのだから。
「はぁ、はぁ、はぁ、も、もう、完売だ……」
全霊力を使い果たし、疲弊しきった新田は片膝を付き、大きく肩で息をしていた。
立ち上がる力さえ残っていない彼の視線の先……焦げた偽将門の姿を、結衣と白は息を飲んで見守る。二人の少女たちの表情には、不安と恐怖が交錯していた。
「おのれ、おのれおのれおのれ……!」
その視線の先で、偽将門は苦しみと怨念に満ちた声を絞り出し、夜の闇に響き渡るような怨嗟の叫びを上げた。
その叫びは憎悪と絶望が形を持ったかのようで、周囲の空気さえも歪ませる。
「嘘っ、あの火力でも倒せなかった……?」
信じられないと呟く結衣の前で、消し炭のようになった偽将門が再びその姿を形作る。
「神罰招来、貴様らはチリ一つ残さん!」
両手から光で出来た二刀の刀を生み出した偽将門は、それを天に掲げる。
そして偽将門へと向かい落雷が落ち、彼の身体が雷光を帯びる。
「漲る、漲るぞ! これで……いや、止めろ、これ以上は……」
だが様子がおかしい。偽将門の身体に霊力がどんどんと流れ込んでいくのだが、それが止まる気配がない。
まるで膨らむだけ膨らんだ水風船のように、その身体は破裂寸前になる。
「……神の力を甘く見たってことね。このままだと自壊よ」
黄色いレンズのサングラスをずらし、霊視の力が宿った赤い瞳で偽将門を見る結衣がそう告げる。
だが止めようにも、流れ込む霊力は彼の意思では止まらず、どんどんと膨らんでいく。
「どべでぐで、じにだぐない……」
情けなくその手を新田たちに伸ばす偽将門……そんな彼の姿を哀れと思ったのか、白が彼を助けられないかと問う。
「新田さん……何とか出来ないんですか、流石に可哀想です」
「そうですね……おい鼬、死にたくなければ尻尾を出せ」
新田の呼びかけにコクコクと頷くと、巨大に膨れ上がった尻尾を出す鼬。変化の力の源だけあって、霊力が異常に集まっている。
「結衣、根元から斬り落とせ!」
「了解っ! 唐傘っ!!」
残る霊力を全て乗せ、結衣は式神である唐傘お化けで鼬の尻尾を斬る。
その途端、変身能力を失った鼬は人化の術が解け、小さなイタチへと姿を変えた。
「爆発するぞっ!」
切り離された尻尾は、限界を超え光り出す……新田は反射的に白を抱くように庇い、そして結衣は唐傘を広げ倒れたイタチを護りつつ、その発せられた閃光を防ぐ。
「……収まった、か?」
「みたいね……あんた、生きてる?」
真っ赤になった白を抱く新田が呟くと、それに答えるように広げていた唐傘を閉じつつ結衣がイタチに声を掛ける。
だがイタチは右に左に首を振ると、キキキキキキ! と甲高い鳴き声を鳴くのみであった。
「……どうやら、完全に妖力を失ったみたい。もうあやかしとしては生きていけないわね」
そう告げる結衣に、新田は頷く。鼬の望み通り死にはしなかった。だが……あやかしでも無くなった。
これからはただのイタチとして生きていくしかないだろう。
新田と結衣がそんなことを考えていると、尻尾を失ったイタチは何処かへと走り出す。
白も含め、疲れ果てた三人は追いかけることもせず、そのまま野生に帰っていくイタチの姿を見送るのであった。
「失敗……いや、ある意味成功か? 神の力はあやかしの手に負えずも、その一端は掴める」
新田たちと鼬の戦い、それをビルの屋上から見下ろしていた姿があった。
九尾の狐、鼬に力を与えた存在……そう、妲己である。
千紙屋の見習いどもに化けるまでは良かった。そして片腕だけの追加変化も見事であった。
だが……神の力、平将門を降臨させたのは、妙手であり悪手でもあった。
「平常時の力で十分、それ以上を求めると……この地の霊脈の力がダイレクトに流れ込み、紛い物の器では耐えきれない」
ならどうすればいいか? 器を鍛える? 耐えうる器を用意する? 妲己は考える。
分かったことは、神の力を受け止められる器さえあれば平将門の力を奪うことが出来る。
そうすればあのお方……天海僧正のお力になれる。
まずは神の力に耐えうる器探しから……そう決意すると、妲己はビルを蹴り夜の街を飛び跳ねる。
「千紙屋の坊やたち……今しばらくしたら、また会いましょう」
その声は、狐の鳴き声となり秋葉原の街に響くのであった。