●第五夜 鼬 (その三)
白髪、赤目に黄色いサングラスをかけた赤いセーラー服の少女が、アパートの前に居る
「あんた……誰? ここに来るまでに、倒されたあやかしを見た……あんたの仕業?」
彼女はここに来るまでに、翼を奪われたカラス天狗が倒れていた。もうあやかしとしては再起不能だろう……あんたの仕業か、そう少女は問いかける。
「あいつはウチの客でね、あんなことされると困るんだ……で、あんたは誰?」
「何言ってるんだ? 俺だよ俺、新田だよ。芦屋」
少女……
「良く化けているようだけど……アイツは私のことを芦屋とは呼ばないのよ! 唐傘っ!」
「ちっ、そんな情報までは聞いてないぞ」
結衣は通学カバンから折り畳み傘を取り出すと、広げ霊力を流す。
すると傘の生地は和紙で出来た和傘に、その表面には一つ目が浮かび上がる。持ち手は下駄を履いた一本足になり、その姿は唐傘お化けへと姿を変えた。
そして結衣はその足を掴むと、霊力を流し剣のように偽新田に振り下ろす。
「おおっと!」
振り下ろされた地面が爆ぜ、偽新田は大きく飛び退く。
そして結衣の方を見ると、なるほどと呟く。
「その力、見せて貰った……こう、だね」
すると新田の姿をしていた存在が崩れ、今度は結衣の姿を形作る。
驚くべきことに、彼女が手にした唐傘お化けも再現していた。
「これでイーブンだね? さあ、やろうか」
目の前に立つ自分の姿に、結衣は凄く嫌な気分になる。
「自分自身と戦うのって、なんか変な感じね……で、どこまで再現出来てるのかしら?」
「それはもう、自分の目で……いえ、その身で確かめて貰わないとね」
結衣の問いかけに、偽結衣はそう答えると唐傘お化けで殴り掛かる。
その威力は結衣と同じ……地面を爆ぜながら、偽結衣は結衣へと向けて次々と斬りかかる。
「ちっ、良く化けてるね!」
「お褒めの言葉、どうも! で、このまま倒れてくれると助かるんだけど?」
そんな訳にはいかないでしょ! と結衣は唐傘お化けで偽結衣の攻撃を受け、反撃に転じる。
だが偽結衣は結衣の能力を完全にコピーしているらしく、攻撃力も防御力もイーブン。
直ぐに反撃の反撃が繰り出され、五分五分の争いに縺れる。
そんな時だ、本物の新田たちが現れたのは。
「結衣が……二人?」
「「あっ、新田!」」
新田の呼びかけに、同時に返事をする結衣と偽結衣。
お互いを向き合った結衣たちは、自分が本物の結衣だと訴える。
「「真似しないでよ! 信じて、私が本物の結衣よ!!」」
「ま、待ってくれ、混乱してきた……」
額に手を当て、待ってくれと二人を手で制す新田。霊視の力がない彼の目には、どちらの結衣も本物にしか見えない。
「白さん……いや、朔夜様。どちらの結衣が本物かとか、分かりますか?」
「済まぬ、正直見ただけではどちらも同じにしか視えぬ」
新田に問いかけられ、首をふるふると横に振る
あやかしの目からしても、どちらも同じにしか見えない。
二人の結衣はお互いが本物だと言い争っている状態のなか、どうにかしてどちらの結衣が本物か判別する方法はないか、新田と白は頭を悩ます。
そしてふと、あることを思いついた。
「……結衣、今日の朝食は?」
「トースト!」
「新田から奪ったトースト!」
その答えにニヤリと笑みを浮かべた彼は、スマートフォンのストラップを向ける。
「お前が偽物だ! 古籠火、燃やせっ!」
「ちぇっ、朝食がトースト派なのは調べが付いていたのに……」
ストラップの石灯籠、式神の古籠火から吐き出される炎を偽結衣は唐傘を広げて防ぐ。
その間に本物の結衣は新田の傍へと合流し、彼の空いている手と拳を突き合わせた。
「さて、偽物とバレてしまっては仕方ない……」
炎を防ぎ切った偽結衣は、改めて新田と結衣、そして白へと向き合う。
改めて見ると、白い髪、白い肌、赤い瞳と本当に結衣とそっくりであった。
「さっきまでは新田に化けてたのよ、アイツ」
「じゃ、じゃあ、私が見たのは偽物の新田さんだったんですね」
結衣の言葉に、白が驚きの声を上げる。それに答えるかのように、偽結衣は姿を変え、偽新田の姿に変化した。
「この姿か? イイ感じに悪ささせて貰ったぜ」
「……謝罪行脚が必要かな、ふぅ」
似せ新田の言葉に、そう呟きながらため息を漏らす新田。
何の悪さをしたのか分からないが、この街で生きるのだから信頼回復が必要だろう。
「さて、折角だから、こういうのはどうだ?」
偽新田は再び結衣の姿に変わると、唐傘お化けを左手に持ち右腕を前へ突き出す。
そして突き出した右腕を、スマートフォンを持つ新田の右腕へと変えた。
「一部分だけ変化した!?」
「勿論、炎も吐けるよ!」
驚く新田たちに向かい、偽結衣は新田の腕に変えた右手に持った古籠火から炎を吹き出す。
「そしてこんなことも出来る……火車、と言ったところかな?」
吐き出された炎は偽結衣の左手に持つ唐傘に巻き付き、まるで火炎車のように蜷局を巻く炎を吐きだす。
「くっ、唐傘ぁ!」
新田と白の前に出た結衣は、唐傘お化けを広げると炎を受け止める。
「この火力……本物の古籠火と同じ、いやそれ以上!?」
必死に唐傘お化けへ霊力を注ぎ、防御力を高める結衣。
そんな彼女を嘲笑うように、鼬はカラス天狗より奪った権能……カラスの翼を背中に生やすと空に舞い上がる。
「さらにこんなのはどう?
その言葉のあと、偽結衣の手に握られた唐傘は瞬く間に炎を纏い、燃え盛る紅蓮の槍となった。
「逃げられるものなら逃げてみてよ! ほらほらっ!!」
そう冷淡に笑うと、空中から鋭い突きを次々と放ち、やがて炎の槍は速度を増すとまるで炎の雨のように空から降り注ぐ。
「結衣、白さんを頼む! 偽物野郎、こっちだ!!」
そう言って結衣の防御陣から飛び出した新田は、偽結衣が放つ攻撃の範囲から転がり出ると古籠火を掲げる。
次の瞬間、新田の手に握られた古籠火が全力で炎を噴きだし、偽結衣を炎で包む。
「やったか!?」
そう新田が告げた次の瞬間だ……炎の中から飛び出した偽結衣が、回転する無数の炎で出来た唐傘で次々と斬りつけてきた。
「
「新田!?」
驚く結衣と白の前で吹き飛ばされる新田。彼はアパートの壁へと吹き飛ばされ背中を強く打つ。
その痛みで思わず息が出来なくなり、顔をしかめながらもゆっくりと立ち上がるが、全身には無数の傷ができ、頭からは血が滲んでいた。
そんな彼の姿を見て、偽結衣は高らかに笑う。
「あぁ、やっと本物を殴れてスッキリした……アンタにはムカついてたんだ、上から目線で人を見下してきてよ!」
「お、俺は人を見下してなんていない……いったいお前は誰なんだ?」
ボロボロになりながら立ち上がった新田の問いかけに、まだ分からないのかと偽結衣は言う。
「俺だよ、お前に借金を断られた鼬だよ!」
そう言って偽結衣は鼬の姿に戻る……だが、千紙屋に質として預けてある筈の尻尾がピンと天に向かい伸び、その姿は禍々しいオーラすら発していた。
「なんで……尻尾が?」
「これか? これは、あるお方が下さったんだよ……見ろよ圧倒的なこの力! これがあればお前らなんてクズも同然! お前たちをここで潰して人生大逆転だぜ! 力も、金も、女も、すべてを手にいれてやるよ!!」
鼬は下卑た笑いを漏らしながら、どす黒いオーラが渦巻く拳を誇らしげに見せ付ける。
驚く新田の前で、鼬は再度姿を変える。
それは彼ら見習い陰陽師の雇い主であり、千紙屋の社長である