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第五夜 鼬(その二)

●第五夜 鼬 (その二)

「ここは……すげぇ、これがセレブって奴か」

 鼬が連れて来られたのは、お台場にある高層マンションの最上階。

 大きな窓からは対岸にある東京の街並みが一望でき、その光景を見ているだけで先程までの自分より偉くなった気分になる。

 そんな些細な優越感を感じている彼に、部屋の主と思われる女は告げる。

「まずは、お前の奪われた権能を甦らせる」

「千紙屋に預けた能力ですか? そんなこと……」

 出来ない、と言いかけて、目の前の女性が誰だったかを思い出す。

 見せられた九本の狐の尻尾。九尾の狐と言えば傾国の美女であり、朝廷を敵に回したとされる伝説のあやかし、妲己である。

 それを知っているからこそ、彼女に着いてきた訳であり、そして彼女が出来ると言っているのであるからこそ、失った権能を取り戻すことが可能なのだろう。

「こちらへ来い」

 そう言われ案内されたのは、窓のない部屋。

 妲己が燭台に明かりを灯すと、そこは四つ壁と天井、そして床一面に魔法陣が描かれた部屋であった。

 思わずぞくりとした背中に汗が伝うが、ここに来ることを選んだのは鼬自身だ。

 覚悟を決めろ……そう自身に言い聞かせると、彼は促されるままに部屋の中央、魔法陣の真ん中へと立つ。

「まずは、権能の復活……それから強化。いや凶化だな」

 妲己が呪いを唱え始めると、鼬の身体が輝きに包まれる。

 そして短くなっていた能力の証である尻尾が、元通りの長さまで戻る。

 それだけではない……元に戻った尻尾は、どんどんと巨大化していき、禍々しく成長していった。

「す、すげぇ、力が溢れている……これならなんでも出来そうだ!」

 溢れ出す力の奔流に、思わず鼬は声を漏らす。今なら何にだって化けられそう……そう、オリジナルを越えることも可能だろう。

 そう錯覚するほどの力に、妲己はくくくっと笑うと、三枚の紙を飛ばす。

 受け取った鼬は、そこに添付された写真に見覚えがあった。

「千紙屋の受付のボウズじゃねぇか……残る二人は?」

「同じ千神屋の従業員だよ。鼬、あんたへの任務は、この三人への嫌がらせだ」

 手渡された用紙に記載された三人……千紙屋の従業員であり、陰陽師見習いである新田周平あらた・しゅうへい芦屋結衣あしや・ゆい。そして社長である平将門たいらのまさかどの三名へ嫌がらせを行い、その名声を地に落とせ。そう妲己は告げる。

「方法は……任せてくれるんだろうな?」

「ええ、あなたの得意な分野で、得意な方法で構わないわ」

 了解した……そう言うと、鼬は部屋を後にする。

 自分をないがしろにした千紙屋への復讐……完全な逆恨みなのであるが、今の彼には、力に溺れる鼬には届かない。

 その後ろ姿を、妲己は楽しそうに笑い見送るのであった。


「ちょっとー、ご主人様? ツケた分の料金が払われてにゃいってオーナーから催促が来てるんだけどにゃー」

「へっ?」

 秋葉原は千紙屋のオフィス。閉店後の片付けをしていた新田周平あらた・しゅうへいの元へ、下のフロア……猫耳メイド喫茶『フォークテイルキャット』のキャストである猫野目そらねこのめ・そらが、不満そうに彼に問いかける。

 ちなみに、彼女もあやかし……本物の猫娘、いや猫又である。

 彼女もまた千紙屋の顧客であり、妖力が宿る分かれた尻尾を担保にし、千紙屋を通してアパートを借りて暮らしている。

 さらに言うと、そのアパートには新田と、同居人であり千紙屋の同じく陰陽師見習いで、今日は高校に通っているため仕事はお休みの芦屋結衣あしや・ゆいも住んでいた。

 以前の事件で知り合い、そらと新田、そして結衣の三人は所謂友人関係を気付いていた。

「へっ? って何にゃ! 今日、散々飲み食いしておいて……挙句の果てに同じビルに入ってるよしみだからツケにしろってゴネて、オーナーが呆れてるにゃ!」

 そんな友人がそう迫って来る。

だがそうは言われても、新田には覚えがない。今日は一日千紙屋の受付から離れていないのだ。

しかし、彼女にそう伝えても、そらは信じてくれない……なにせ間違いなく本人が来たと言っているのだ。

「ドッペルゲンガー?」

「ドッペルとかどうでもいいにゃ! 払うのか、払わないのか、どっちなのにゃ!!」

 友人に金銭のことで詰められるのはツラい……覚えがないのだが、新田は財布を取り出す。

「ちなみにおいくら?」

「それも覚えてないのかにゃ……一万円丁度にゃ! さあ、ズバッと払ってもらおうだにゃ!!」

 しぶしぶ渋沢栄一の一万円札を取り出す新田。そらはひったくるように奪うとホログラフが正しく見えるか確認する。

「本物みたいだにゃ。てっきり狸や鼬に化かされてるかと思ったにゃ」

 新田がなかなか支払いを認めないことに、そらはそう告げる。

 だが彼は鼬、と言う言葉に今日の出来事を思い出す。

「まさか……だけど、残る妖力じゃ他人に変化する、それもそらさんの目を誤魔化せるぐらいには無理な筈」

 念のため新田は預かり品が収められている大金庫を確認してみる。

 だがそこには預かっている鼬の尻尾がそのまま変わらず鎮座していた。

 その並びには数々のあやかしたちが預けた不思議な品々が並んでいる。

 古ぼけた木箱の中には、九尾の狐が失った尾のひと房が収められており、淡い輝きを放っている。それはまるで、触れると命そのものが吸い取られそうな妖気を漂わせていた。

隣には、式神である河童が預けた皿が置かれていた。金属製の特別なケースに入れられ、湿り気を帯びた独特の水気が漏れ出している。わずかな水滴が大金庫の床を濡らし、皿から滴るその水は決して乾くことがないという。

さらに奥には、鬼が差し出した漆黒の角が眠っている。力を封じ込めるために幾重にも巻かれた特別な布がその圧倒的な力を抑えているが、布越しでもその重々しい存在感は感じられる。

棚の上には、翼のあるあやかしが落とした黒い羽根がガラスケースに収められていた。羽根からは微かな風が漂い、時折、大金庫内の空気を静かに揺らしている。

他にも、鏡の中に封じられた式神、青白い光を放つ石ころ、古びた錫杖など、見る者に不安と畏敬の念を抱かせる妖怪の品々が所狭しと並べられている。

「……尻尾はある。やはり関係ないのか?」

 金庫の扉を封印しながら不思議がる新田であるが、兎に角分かったことは新田の偽物が現れたと言うこと。

 彼は他にも何か悪さをされてないか調べるため、タイムカードの退勤を押すと千紙屋の入り口に鍵をかけ、店に帰るそらと一緒にエレベーターに乗るのであった。


「あ、新田さん……見ましたよ、最低ですね」

「今度は白さんですか……ちなみに俺は何をしてましたか?」

 千紙屋が入っている雑居ビルを出て、次に会ったのは蛇迫白じゃさこ・しろ……二重人格であり、大学生で人間の白と、ヴァーチャルユーチューバーで蛇女の白蛇朔夜しろへび・さくやの二人が一つの身体を共有していた。

 今表に出ているのは人間の白の方だ。だが彼女は冷たい目で新田を見ている。

「何をしてって、覚えてないんですか? 幼稚園児が横断歩道を渡るのを邪魔して……あんな新田さん、見たくありませんでした!」

「一応言い訳しておきます。今日、俺は一日千紙屋に居ました。さっきそらさんにも言われたんですが、多分それは俺の偽物です!」

「じゃが、霊力の波長は同じじゃったぞ?」

 今度は朔夜が表に出て来る。流石に屋外だからか、脚を蛇に変化はしないが……新田と霊力を交えた彼女は、見間違える訳がないと告げる。

 霊力の波長まで一緒……朔夜のその言葉に、新田は悩み込む。

「朔夜様が言うなら、本当に俺の偽物は本物なのか……? まさか、俺が偽物だったりしないか?」

「大丈夫じゃ、お主の魂の波長は前と一緒じゃよ」

 不安気に陥る新田を朔夜は抱きしめる。そして唇と唇を近づけ……。

「……霊力はやらんぞ」

「あん、いけずぅ!」

 唇が触れ合いそうになった瞬間、新田が朔夜を引き剥がす。

 人間やあやかしは唇と唇……正確には粘膜を触れ合うことで、霊力や妖力を奪い取ることが出来る。

 朔夜は新田の霊力を狙っており、事あるごとに唇を迫っていたのだ。

「もう、朔夜が何時もすみません。でも本当に新田さんじゃないんですか? だったら偽物を早く見つけ出さないと……」

 再び白が表に出て来て、新田にそう告げる。

 偽物が新田のフリをしているなら、一刻も早く止めさせなきゃ! そう告げると白はぐっと拳を握る。

「協力してくれるんですか? ……助かります」

 新田は白の協力に、素直に嬉しく思う。誰も信じてくれないなか、彼女だけが信じてくれた。

「白さん、行きましょう!」

 そう言って新田は白の手を取り、夜の秋葉原の街を走り出す。

 さて、当の偽新田はと言うと……秋葉原から離れ、浅草橋駅付近を神田川沿いに歩いていた。

「おっ、あやかしはっけーん! おら、千紙屋の新田だっ!」

「なんだよっ!? うおっ!!」

 道端を歩いていた野良あやかしを見つけると、喧嘩を売りに行く偽新田。

「この身体、思ってた以上に強ぇじゃねぇか! おらおら、どうしたどうした!!」

 拳が、蹴りが、新田の姿をした無法者によって振るわれる。

 一方的に暴虐の類を尽くし、ただ歩いていただけのあやかしを仕留めると、財布を奪い物色する。

「こいつは……しけてんな。ま、札だけ貰っておこうか」

 そんな悪逆非道を繰り返していた偽新田に声を掛ける少女が居た。

「あんた……誰?」


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