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第四夜 土蜘蛛・化身 (その四)

●第四夜 土蜘蛛・化身 (その四)

「頑張りましたね。新田君、結衣君……」

 空中に描かれた陰陽五芒星から現れたのは、秋葉原に居るはずのあやかし融資・保証会社『千紙屋』の社長である平将門たいらのまさかどであった。

「社長、朱雀が! 朱雀が!!」

 その背後では、鳳学園を、そして東京結界を護る朱雀が、地脈から霊力を無限に吸い上げる大蜘蛛に捕まり、大顎で締め付けられ苦しみの声を上げる。

 朱雀の鋭い嘴は喉元を大顎で抑えられており届かない。翼と脚をバタバタと動かし何とか拘束を解こうとするが、大蜘蛛は大顎と脚を器用に使い朱雀を抑え込むとその身に牙を突き立てた。

 朱雀の悲鳴が上がる……霊力が血のように噴き出し、朱雀は頭を振って苦しみを訴える。

 だが大蜘蛛の攻撃は止まない。何度も、何度も執拗に牙を突き立て、まるで朱雀の首を落とそうかと言う勢いで迫って来ていた。

「私の……私たちの力じゃ何も出来なかった! 朱雀をなんとか助けてあげて下さい!!」

 大蜘蛛の攻撃で徐々に押し込まれていく朱雀の姿に、芦屋結衣あしや・ゆいは将門に何とかして欲しいと訴える。

 それは新田周平あらた・しゅうへいも同じだったようで、結衣と同じように将門に頼み込む。

「社長……俺にはちゃんと視えてないんですが、朱雀が苦しそうなのは分かります。お願いします。朱雀を助けてあげて下さい!」

「わかっております……そのためにここに来たのです。二人とも、下がっていなさい」

 将門は新田と結衣の二人を下がらせると、手から光の剣を生み出す。

 そして生み出した光の剣を蜘蛛の糸へ向かい振り下ろした。

「うわっ!? ……大蜘蛛の糸が」

「切れた……の?」

 驚く二人の前で、新田と結衣が散々苦労し、結局完全に切断することが出来なかった大蜘蛛の尻尾から出る糸があっさりと断ち切られる。

 だがそれで終わりではない。将門は呪文を唱えると、その斬られた糸の先端に陰陽太極図が浮かび上がる。

「鬼門封じの応用です……これで土蜘蛛が再び地脈に繋がることはありません」

 鬼門封じ……陰陽師の結界術の一つ。鬼門である丑寅の方角に結界を張ることで鬼の侵入を防ぐ術。

 それを応用し、将門は糸が再生しないよう結界で封じたと告げた。

 それよりも新田が気になったのは、彼の告げた土蜘蛛との言葉。

「社長、あの化け蜘蛛が土蜘蛛……ですか? あの伝説の?」

「そうです。あれは土蜘蛛……その化身ですね。本体ではありません」

 将門は告げる……今回の事件を起こした大蜘蛛。それは土蜘蛛の化身、現身であり、眷属ではあるが本物ではないと。


 新田は結衣に説明する。関東大震災、それに乗じて現れた大妖怪の出現。

東京を灰塵に化した災害の真実は、地震ではなく大妖怪たちの跋扈であった。

土蜘蛛も関東大震災で現れた大妖怪の一体であり、当時健在であった江戸城を崩したと言われていることを。

「新田、あんたよくそんなこと知ってるね?」

「陰陽師なら知ってて当然だろ? ……それよりも社長、相手は土蜘蛛なら、尚更朱雀は勝てるんですか?」

 新田の知識に結衣が驚きの声を上げるが、彼はそれをさておき朱雀が土蜘蛛の化身に勝てるのかを心配する。

 すると将門は安心するように新田に伝える。

「大丈夫です、弱ってはいても朱雀は四神の一柱。土蜘蛛もどきには負けませんよ。ほら?」

 そう言って将門は朱雀たちの方を指差す。

「結衣、視せてくれ」

「はいはい……んっ」

 霊視のない新田の呼びかけに、結衣は手を繋ぐと霊力を流し視界を接続する。

 そこでは赤い夕暮れのような背景のなか、快進撃の元であった地脈との接続を切られた土蜘蛛の化身を、何度も地面に叩きつける朱雀の姿が視えた。

 嘴で掴み、何度も、何度も、執拗なまでに土蜘蛛の化身を地面へと打ち付ける朱雀。

 そしてピク、ピクと動かなくなった土蜘蛛の化身に近づくと、朱雀は妖力の塊であるその身を啄み始める。

「土蜘蛛を、喰ってる……」

「い、いくら霊力の塊とは言え、見ていて気分良いものじゃないわね」

 土蜘蛛を喰い尽くす朱雀の姿に、顔を青くする結衣と驚く新田。

 そんな二人を残し、将門は光に包まれる。

「……そろそろ時間のようですね。二人とも、後は任せますよ」

「社長!?」

 新田と結衣に後を頼むと伝えると同時に、将門の姿が光の粒子に変わる。

「……千紙屋に戻ったようだな」

「そうね……でも、後は頼むって言われても、何が出来るんだろ?」

 土蜘蛛をすっかり平らげた朱雀は、満足したのか鳳学園のグラウンドに戻ると丸くなり眠る。

「とりあえず……学校に戻るといい。その恰好で外を出回るのはマズイだろう」

 そう告げる新田の言葉に、結衣は今の自分がTシャツと短パン姿だったことを思い出す。

「こらっ! 見るな!! エッチ!!」

 恥ずかしそうに顔を赤く染めた結衣は、新田の背に回り込み突くように押す。そしてそのままこちらを向かせないように背中を叩き、時には蹴りつつ鳳学園への道を戻る。

 そんな二人の姿を、小名木と妲己は高層マンションの最上階からしっかりと見ていた。


「見たな、妲己」

「ええ、小此木……見習い二人の戦闘力は勿論、平将門の力。あれは我らが主の野望、その障害となる」

「これは、直接伝えねばなるまい。私は京都に戻る」

 そう告げると、小名木は学園が見える窓に背を向け歩き出す。

 ありのままを全て伝えなくてはなるまい。我らが主……『天海僧正』に。

「私はこの地で工作を続けるわ……幸い、この東京には利用出来るあやかしが数多くいるもの」

「委細任せる。傾国の美女の力、全ては我らが主、天海僧正の為に」

 妲己の暗躍……それは新田と結衣、二人の見習い陰陽師に新たな事件をもたらすことになる。

 しかし、当の本人たちはと言うと、じゃれ合うように崩壊したマンションの前を横切り、鳳学園の敷地内へと戻っていくのであった。


 なお、結衣が年上の異性を……新田のことだが、仲良さそうに学園へと連れて来たことから、彼女のクラスメイトであり友人でもある榊原愛さかきばら・あい藤堂舞とうどう・まい、そして星川美唯ほしかわ・みいの三人にあらぬ誤解を受けたこと……そしてその誤解を解こうとし、罪のない新田に無慈悲な暴力を振るったことをここに記しておく。


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